さよならスプラッシュ
「卒業おめでとー!!」
卒業式を終えたあたし達は、あの茶道教室に来ている。
もちろん、男子も一緒に。
部屋の中はがらんとしていて、カーテンさえもう無い。
畳はそのまま残されているけど、備品は何一つ残っていない。
教室のある棟にはしっかり足場が組まれていて、さっそく明日から取り壊しにかかる。
「何にも残んねぇんだなぁ……」
畳に寝転んだリョウが呟いた。
「ま、いっか。そんなもんだよな。よし!委員長、話をすすめろ」
「あたしー?」
「最後くらい、委員長らしい事をしろ!」
「えーっと。じゃあ、みんな一言ずつスピーチね。今後の進路とか……」
「やっぱ、カタイなぁ。お前」
リョウは、あの日が嘘のように憎まれ口をたたいていた。
昔ほどムカつかないのは、仲良くなった証拠かなぁ??
「じゃあ。マナからね。マナから時計回りね。で、最後がゆいね」
隣でマナが手をあげた。
「マナは今、看護学校の受験に向けて勉強中です!なんとか、合格してペコみたいに開業医をゲットします!っていっても、なかなか難しいみたい。ペコが勉強を教えてくれてるから、がんばります!」
マナは、ずっと受験勉強をしている。あんなに勉強嫌いだったのが嘘のようだ。
「えっと、僕は県内の歯科大学に行きます。家からは通えるんで、なにかあったら僕も誘って下さい。あと……僕、もっと人とちゃんと向き合おうと思います。二次元とか……楽しいけど、趣味にします。た、楽しかったです。僕にも仲間ができたみたいで……」
山崎君は少し痩せて、すっきりした顔になった。眼鏡もコンタクトにかえた。
ただ……まだ人前で話すのは緊張するみたいだ。変な汗をかいている。
「私は絵が好きなので、絵画のコースがある短大に進みます。残念ながら、また女子校なんです。だから、ここで共学みたいな事ができたのは貴重でした。男の人も平気だって思えたし……。ありがとうございました」
優しいイッキ。昨日は、中野君のために家まで行って探してくれてた。自殺しそうだったって気付いているのに、ウララの嘘を信じてくれている。
「俺は、付属の大学に進みます。将来は家業を継いで、一人前の男になります。せっかく髪型を変えたので、このままロン毛にしようかなぁ……なんちゃって」
ロン毛?
後藤君のロン毛発言に、教室が一瞬凍りついた。
でも、冗談だよね?
後藤君はみんなに見つめられて、やっぱり真っ赤な顔をしていた。
「は~い。ペコで~す。ペコは、歯科専門学校にいって衛生士さんになりまぁ~す。未来の夫探しもあるから、これからは山崎君と合コンしようかな~って思ってます。あと、ペコはリョウ君と付き合ってません!失恋男をなぐさめていただけで~す。ね、委員長」
え?あたし?
「バーカ!俺は失恋なんかしてねーよ。その場の雰囲気に流されただけだって!」
リョウが叫んでいた。失恋?それって、あたしが柴田と消えたから?
柴田の奴ー!!
あたしが心の中で怒っていたら、柴田は涼しい顔をしていた。
柴田って……もしかして腹黒い?
「俺は失恋なんかしてないからな!このクラス全員、友達だと思ってるから。だから……みんな応援しててくれよ。俺、東京の学校に行くんだ。進学は建前。都会に行きたかったんだ。俺んちド田舎だろ?懐かしいな、合宿!俺、最後に地元で良い思い出ができたよ。みんな、ありがとう」
初めて、リョウがみんなに頭を下げた。
田舎はリョウにとって、本当は良い所だったんじゃないかなぁ。
不便でも、離れると思うと切なくなるみたいに。
「はーい。次はあたし、浦沢久美子です。えっと、この名前も今日が最後です。明日からあたしはダーリンと同じ苗字になります。ちなみに今、大事な体です。」
ダーリンと同じ苗字って……。
みんなワケがわからないのか、静まり返る教室。
「ウララは年上の彼と結婚します。寿卒業?みたいな?」
「えー!!!!」
やっと理解できたあたし達は、叫び声を上げた。
その後はウララに質問攻め。
だって、そんな事になってるなんて誰も知らなかったのに!!
「大事な体って……」
「そういう事よ。まぁ、委員長には刺激が強かったかしら?」
キスぐらいで、大人になった気でいたあたしって……。
「結婚の後じゃ、俺の話なんてつまんねーよ。俺も、付属の大学にいきます。これで小学校から大学まで、ゆいとは同じ学校。幼なじみどころかすっげー腐れ縁。このまま、ずっと一緒かも?」
柴田は笑顔でこっちを見たけど、あたしは気付かないふりをした。
中野君との事。
まだ、誰にもはっきりと言ってない。
しかも、次は中野君!!
「僕ですか。僕は……付属の大学に進みます。……大事なものが見つかったので、僕は前向きに生きていこうと思います」
「……大事なものってなんだよ?」
柴田がつっかかるように言った。
昨日の一件。ウララが誤魔化したとはいえ、柴田は中野君の事を疑っている。
「唯一、無二のものですよ」
中野君はサラリと答えた。
「はい!はい!」
あたしは、柴田がそれ以上なにも言わないように手をあげた。
「次はあたしね。あたしも……付属の大学にいきます。短い間だったけど、委員長をやれて良かったです。……みんなにはえらそうな事言ったり、おせっかい焼いたり。あたしてって面倒くさいやつだったと思う。けど、このクラスのおかげで友情ってあるんだなって思った。あたし……みんなと会えてよかった。」
最後のスピーチ。
あたしは泣かないように、笑顔で言った。
「なーに言ってるの、ゆいが委員長で良かったよ!」
マナが背中を叩く。
「お疲れ、委員長!」
誰からか、拍手がおこった。
「じゃあ乾杯しようぜ」
リョウの掛け声に、ジュースが配られる。
「せーので開けよう」
缶ジュースに指をかける。
「せーの!」
一斉に吹きあがるジュースの泡。
これって……。
横目で中野君を見ると、怪しい笑顔を返してきた。
「きゃー!」
昨日と同じ、噴水のように吹き上がる炭酸水。
教室の中に、飛び散る様はまるで優勝した野球チームみたいだ。
明日には取り壊される教室。
あたし達は、子供のようにはしゃいだ。
もう、終わってしまうのがわかっていたから。
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翌日。
あたし達は壊されていく校舎を見つめていた。
今日が、本当に最後だ。
あたし達は、今日、ここに思い出を埋めに来た。
タイムカプセルみたいだけど、ちょっと違う。
掘り返す事はしない。
ここに、思い出が埋まっている。
あたし達はここを心の拠り所にして、これからを過ごしていくのだ。
缶に、校章をいれる。
女子部の校章が5つ、男子部の校章が5つ。
そっと、蓋を閉める。
工事現場の大きな穴に、缶を置いた。
みんなで、土をかけた。
きっと、明日には瓦礫が撤去される。
ここには、新しい建物が建つのだろう。
あたし達は、ここでお別れだ。




