前日の狂想曲2
飛び出したまでは良かったんだけど……。
あたしは駅前で途方に暮れてしまった。
あの日、中野君に連れて行かれた海水浴場。
歩いていけないし……。
冬に海水浴場行きのバスなんて、走っているわけがない。
タクシーに乗り行き先を告げたら、運転手さんに断られた。
どうやら、家出か自殺か……怪しまれてしまった。
「どうしよう……」
とりあえず、一番近くまでいけそうなバスに乗ろう。
あたしは、ベンチに座ってバスを待っていた。
「寒い・・・・・・」
自販機に向かい、温かい飲み物を買おうと……。
「うぁ!」
急に携帯が鳴り始め、あたしは驚いた。
「も、もしもし」
「委員長。あたしよ。ウ・ラ・ラ。イッキから連絡があって、あたしも心配だったから~。で、中野君見つかった?」
ゴトンって自販機から音が聞こえた。
あたし、ボタン押したっけ?
片手で携帯を持ったまま、片手で飲み物を取り出す……。
「ウララー!中野君が死んじゃうよ。早く、見つけなきゃ……。」
「え?そうなの。委員長!今どこ?」
「駅前……きゃあ!」
冷たい!あたし、間違って違うボタン押してる……。温かいコーヒーを買うつもりだったのに、冷たいジュース……。
もう……泣きたい……。
「委員長!そこ、動かないでよ。あたし行くから。」
「え?ウララが来るの?」
「探すなら、足がいるでしょうが!!」
ウララの叫び声の後、携帯からは電話の切れた音が響いてきた。
あたしは冷たいジュースを取り出し、バッグにしまった。
「はぁ……」
息が白い。
辺りは、もうとっくに暗くなっていた。
駅前は年末年始のような華やかな電飾もなく、ただ帰宅する人々が行き来するだけだ。
こんなにたくさんの人がいるのに……あたしはたったひとり。
携帯が鳴る。
「もしもし」
「ゆい?中野と連絡ついた?」
「……うん。」
「そっか。俺、今から行くよ?ゆい、どこにいる?」
「いいよ!大丈夫。」
柴田の気持ちはうれしいけど……。
「だって、中野が死ぬとか言ってただろ?」
「あ、あれね……勘違いだったの。ゴメンネ。あたしちょっとウララと用事があるから。柴田は友達と楽しんできてよ。」
あたしはごちゃごちゃ言ってる柴田を言いくるめて、電話を切った。
柴田が来たら、中野君に会えないような気がする。
今までだって、中野君はあたしにだけ話してくれたから……。
中野君。お願いだから、無事でいて。
携帯を握り締めたまま、祈った。
空には、今にも折れてしまいそうな細い月。
中野君は、誰の目にもうつっていなかったと言った。
それはどういう意味なんだろう。
あたしは、中野君をちゃんと見ていた。
中野君を救えるのは、一体だれなの?
『両親は長男が一番』
『両親は兄しか見ていない』
一つ年上の中野君。
なのに……まるで子供みたいだ。
きっと、自分の事を一番に想ってくれる人を待っていたんだ。
「委員長!」
ウララが駆け寄る。
「ウララ……」
「話は後で。とにかく、乗って!うちのダーリンが、責任持って運転するから」
ウララはあたしを後ろの席に押し込むと、自分は助手席に乗った。
「どこに行けばいい?」
「海水浴場」
「オッケー!ダーリン、行っちゃってー!!」
ウララの掛け声で、車が動き始めた。
***********************
暖かな車内。
聞こえそうで聞こえない、ラジオの音。
あたしは、後部座席の窓に頭を寄せた。
驚いたり、泣いたり。
思った以上に疲れているみたいだ。
「大丈夫?委員長」
ウララの声で、ふと現実に戻る。
「あ、あのぉ。ありがとうございます。えっと……」
あたしは運転席に向かってお礼を言った。
この人が……ウララの彼氏。
「気にしなくていいよ。若いといろいろあるよね」
低い声。微かなタバコの匂い。スーツ姿が、まさに大人って感じ。
「そんな……。あの、わざわざ。本当にありがとうございます」
雰囲気も声も、大人なウララの彼。あたしはすっかり萎縮してしまう。
「ははっ。そんな緊張しなくていいよ。久美子がキミにはお世話になってるって言っていたし。」
く、久美子。
ウララってそんな名前だったんだ。
「そうよ~。だっておせっかい委員長なんだもん。」
「お、おせっかいって……」
「ふふっ。冗談よ。委員長ったら元気ないんだもん。これからが勝負でしょ?ちゃんとがんばっておせっかいしてきてよ」
ウララは首だけ後ろに向けて、にっこり笑った。
久しぶりのウララのスマイル。
あたしは少しだけ、元気になった。
「車が一台停まっているけど……お友達の車かい?」
ウララの彼氏に言われ、外を見る。
車はいつの間にか海水浴場についていた。
駐車場に、見覚えのある車。
「あ、あれ!中野君の車。」
「キミ!ちょっと待って。」
「……はい?」
ウララの彼氏が振り向いた。
「もし、万が一の事があったらいけないから。僕たちは、少しここで待っているよ。大丈夫だったら、メールでもいいから連絡くれないか?」
万が一なんて……。
改めて言われると……。
「ありがとうございます。あたし、行きます。ちゃんと、連絡しますから!」
暗い海水浴場。
あたしは一人で車から降りた。
怖くなんかない。
だって、絶対に中野君がいるはずだから。
携帯を取り出し、中野君に電話する。
中野君が電話にでなくても、きっと着メロか何かが聞こえるはずだ。
あたしは、耳を澄ませ砂浜を歩いた。
風の音、波の音。
寒さで、耳が痛い。
「なかのくーん!!」
叫んでみても、響くのは波の音。
暗闇は延々と続いている。
静かで、寒くて、寂しい……。
中野君はどうして、こんな所にきたんだろう。
砂浜は歩くたびに、あたしの足を沈める。
一歩一歩、体力が奪われていくようだ。
「あっ」
ふいにバランスを崩して、砂浜に倒れた。
「いったぁーい」
足も、体も、顔も。
寒さと痛さのダブルパンチ。
もう……自分が情けなくて……。
「中野君のバカー!!もう、ヤダ。足も痛いんだから……」
砂浜に転んだまま、叫ぶ。
もう……中野君、どこにいるのよ……。
叫んでも、泣いても誰も助けてくれない。
あたしはゆっくりと起き上がり、バッグを拾った。
泣いている場合じゃない。
中野君はいつからここにいるんだろう?
こんな寒さの中、大丈夫なんだろうか?
携帯を拾い、また電話をかける。
しっかりしなきゃ。
遠くで、音が聞こえる。
風でも波でもない、電子音。
きっと中野君だ!
あたしはとぎれとぎれに聞こえる音を頼りに、歩いた。
もう少し。
もう少しで中野君に会える。
音はだんだん大きく聞こえるようになった。
「あっ!」
砂浜に一つの光。
携帯の光だ。
駆け寄り、拾い上げた。
中野君の携帯。
「中野君!!」
見つけた!
砂浜に横たわった中野君。
静かに目を閉じて……。
「中野君!」
あたしは荷物を投げ捨て、寝ている中野君の上にまたがった。
「起きて!中野君!起きて!!」
白い顔は、冷たすぎて……まるで人形のように血の気がない。
「中野君!中野君!」
あたしは中野君の首に手をまわして、抱きしめた。
すごく冷たかったけど、中野君が死んじゃいそうで……。
「中野君。お願い……」
祈るように、抱きしめた腕に力を込めた。
「き、きむらさん……」
声が、中野君の声が聞こえた。
あたしはゆっくりと、中野君の顔を見た。
青白い顔。でも、目は開いている。
中野君、生きてる。
「良かったー!!」
あたし、間に合ったんだ。
「良かった!本当に良かった!あたし……中野君が死んじゃうかと思って……。怖かったんだから!こんな真っ暗なところひとりで……」
「……木村さん。なんで……。何で泣くんですか」
「えぇ?」
冷たい顔に、暖かな涙が流れていた。
「だって、本当に怖かったんだもん。」
「木村さん……」
あたしは、やっと会えた中野君にしがみついて泣いていた。
怖かったのと、ホッとしたのと……いろんな気持ちがごちゃ混ぜで。
中野君は、そんなあたしをずっと抱きしめていた。




