賭けとタネ
別れは、あっという間にやってくる。
月日は、想いを簡単に追い越してしまうから。
マナからの連絡。
皮肉な事に、その日はバレンタイン。
ハートマークに浮かれる街を、沈んだ気分のあたしは歩いた。
教室が取り壊される。
その知らせは、昨日急に飛び込んできた。
受験の事で、学校に行ったマナが偶然聞いたらしい。
このままじゃいられない。
あたしは学校へ向かった。
先生にちゃんと話をきかなきゃ。
あいまいなまま卒業なんて、ゴメンだ。
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いつもは、人気のないこの棟。
どうやら取り壊されるのは、本当らしい。
入り口付近に、組み立て前の足場がたくさん置かれている。
あたしはそれを横目に、保健室まで駆け上がった。
「先生、木村です」
ドアをノックする。
「やっぱり来たわね」
開いたドアの向こうに、今日は白衣を着ていない結城先生がいた。
「どうぞ。もう、ほとんど何もないけど」
中に入ったあたしは、その広さに驚いた。
薬の入っていた棚、ベッド、先生の机。
それらは全部なくなり、代わりにダンボールが無造作に積み上げられていた。
「もう、終わりなんですか?」
「そうね。もう、終わりにしなくちゃいけないわね」
先生は優しくそう言うと、ダンボールに腰掛けた。
あたしも、近くにあったダンボールに座った。
「そろそろ、タネあかしをしなくちゃね。木村ちゃん」
タネあかし。
あたしは、やっと先生から本当の事を聞く事ができるんだ。
「いいわね。中野君」
「えぇ!?」
二人きりだと思っていた部屋の中。
中野君は、あたしの後ろに立っていた。
「な、中野君!いつの間に!」
「僕も待ってましたよ。木村さん」
目の前に結城先生、後ろに中野君。
この二人は一体……。
「ごめんなさいね、木村ちゃん。共学クラスなんて思いつきに参加してもらって」
「思いつき?」
「そう。中野君の思いつき」
あたしは座ったまま、二人の顔を交互に見た。
言ってる意味が、全くわからない。
「僕は先生と賭けをしたんですよ。先生が、僕に無理を言うのでね。共学にしてくれたら、先生の言う事を聞きますよって」
「ちょ、ちょっと待って!賭けって……中野君、あたしとも賭けをしようって……」
僕を笑わせる事ができたら……って。
「そうですよ。まぁ、先生との賭けは内容が少し違いますけど。」
「内容って……」
「結城先生はこう見えて権力者なんですよ。知らないですか?うちの学園グループのお嬢さんなんですよ。」
「はぁ!?」
確かにうちは私立だけど……。高校生のあたしは、校長先生より上の人なんて知らない!
「本当にゴメンネ。木村ちゃん」
学園グループのお嬢さん。そう言われれば、そう見えるかも。ていうか、そう言われると腕の時計も洋服も何もかもが高そうに見えてくる……。
「でも、先生でしょ?なんで生徒と賭けなんかするんですか!そんなの教師失格です!」
「それは……」
先生が何か言いかけたけど、中野君が阻止した。
「僕の口から言いましょう。木村さん、僕はなぜ1年留年したんだと思います?」
「えっ……」
「僕は中学の卒業式の後、病院に入院していたんですよ。薬の飲みすぎで。」
「薬って……」
「簡単に言うと、自殺未遂ですよ。」
中野君は笑い話でもするように、話を続けた。
「バカだったんですね、あの頃。薬を飲んで死ぬなんて……。おかげで、死ぬより辛い思いをしましたよ。胃の洗浄って知ってます?あれほど苦しいものを、他に僕は知りませんね。まぁ、そんなこんなで合格の決まっていた高校を辞めたんです。誰も僕の事を知らないこの高校を翌年受けて、現在に至るってわけです」
中野君の過去。
あたしは、ほんの少しの中野君しか知らない。
こんな過去があっただなんて……。
「中野君って、目を離すとすぐ死んじゃいような顔してるでしょ?いつも無表情で、退屈そうな。いつも死んだような目をしてね。だから、言ったの。どうしたら自殺を考えなくなるのって。そしたら……」
「共学にでもしてくれたらいいですよ。」
先生の話にあわせて、中野君がそう言った。
不思議だ。この二人。すごく仲が良く見える。先生と生徒というより……。
「そんなの無理って思ったけど……。ちょうど、少子化もすすんでるし。父に提案したのよ。高校を共学にして、中学をつくったらって。でも、卒業までに間に合わなかった。だから……」
「あたし達を騙したんですか?あたし達は……」
中野君の為に集められた……の?
「それだけじゃないわ。私だって、ここの卒業生なのよ。アレを……。男子と女子の間を遮ってるものを壊したかったのよ。まだ、ベルリンって言ってるのかしら?あれを壊すのは、女子部の夢だったのよ」
先生はどこか遠くを見るように話した。
「千葉は私の後輩なの。あたしは学園の理事の娘だし……無理やり協力してもらっちゃたのよ」
「そう……ですか」
事実を聞かされたあたしは、複雑な気分だった。
「じゃあ、中野君はもう自殺を考えたりしないのね?」
「僕は約束を守りますよ。先生の言うとおり、ちゃんと3年間大人しくしていましたし。」
「そう……。じゃあ。あたし達が共学クラスで過ごした事は、無駄じゃなかったって事よね?」
そうじゃなきゃ……なんか納得いかない。
「ちゃんと卒業する約束ですから。大丈夫ですよ」
中野君はそう言うと、あたしの頭を撫でた。
あたしは……今日の事を秘密にしようと思った。
中野君の話は、誰にもしない。
楽しいクラスのまま、卒業式を迎えようって。
あたしはこの時、頭が混乱していたんだ。きっと。
中野君は、そんな素直な人じゃない。
大事な事は、いつも言わない。
気付かないように、ヒントだけ残して。




