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賭けとタネ

別れは、あっという間にやってくる。

月日は、想いを簡単に追い越してしまうから。


マナからの連絡。

皮肉な事に、その日はバレンタイン。

ハートマークに浮かれる街を、沈んだ気分のあたしは歩いた。


教室が取り壊される。


その知らせは、昨日急に飛び込んできた。

受験の事で、学校に行ったマナが偶然聞いたらしい。


このままじゃいられない。


あたしは学校へ向かった。

先生にちゃんと話をきかなきゃ。

あいまいなまま卒業なんて、ゴメンだ。


******************


いつもは、人気のないこの棟。

どうやら取り壊されるのは、本当らしい。

入り口付近に、組み立て前の足場がたくさん置かれている。

あたしはそれを横目に、保健室まで駆け上がった。


「先生、木村です」


ドアをノックする。


「やっぱり来たわね」


開いたドアの向こうに、今日は白衣を着ていない結城先生がいた。


「どうぞ。もう、ほとんど何もないけど」


中に入ったあたしは、その広さに驚いた。

薬の入っていた棚、ベッド、先生の机。

それらは全部なくなり、代わりにダンボールが無造作に積み上げられていた。


「もう、終わりなんですか?」

「そうね。もう、終わりにしなくちゃいけないわね」


先生は優しくそう言うと、ダンボールに腰掛けた。

あたしも、近くにあったダンボールに座った。


「そろそろ、タネあかしをしなくちゃね。木村ちゃん」


タネあかし。


あたしは、やっと先生から本当の事を聞く事ができるんだ。


「いいわね。中野君」

「えぇ!?」


二人きりだと思っていた部屋の中。

中野君は、あたしの後ろに立っていた。


「な、中野君!いつの間に!」

「僕も待ってましたよ。木村さん」


目の前に結城先生、後ろに中野君。

この二人は一体……。


「ごめんなさいね、木村ちゃん。共学クラスなんて思いつきに参加してもらって」

「思いつき?」

「そう。中野君の思いつき」


あたしは座ったまま、二人の顔を交互に見た。

言ってる意味が、全くわからない。


「僕は先生と賭けをしたんですよ。先生が、僕に無理を言うのでね。共学にしてくれたら、先生の言う事を聞きますよって」

「ちょ、ちょっと待って!賭けって……中野君、あたしとも賭けをしようって……」


僕を笑わせる事ができたら……って。


「そうですよ。まぁ、先生との賭けは内容が少し違いますけど。」

「内容って……」

「結城先生はこう見えて権力者なんですよ。知らないですか?うちの学園グループのお嬢さんなんですよ。」

「はぁ!?」


確かにうちは私立だけど……。高校生のあたしは、校長先生より上の人なんて知らない!


「本当にゴメンネ。木村ちゃん」


学園グループのお嬢さん。そう言われれば、そう見えるかも。ていうか、そう言われると腕の時計も洋服も何もかもが高そうに見えてくる……。


「でも、先生でしょ?なんで生徒と賭けなんかするんですか!そんなの教師失格です!」

「それは……」


先生が何か言いかけたけど、中野君が阻止した。


「僕の口から言いましょう。木村さん、僕はなぜ1年留年したんだと思います?」

「えっ……」

「僕は中学の卒業式の後、病院に入院していたんですよ。薬の飲みすぎで。」

「薬って……」

「簡単に言うと、自殺未遂ですよ。」


中野君は笑い話でもするように、話を続けた。


「バカだったんですね、あの頃。薬を飲んで死ぬなんて……。おかげで、死ぬより辛い思いをしましたよ。胃の洗浄って知ってます?あれほど苦しいものを、他に僕は知りませんね。まぁ、そんなこんなで合格の決まっていた高校を辞めたんです。誰も僕の事を知らないこの高校を翌年受けて、現在に至るってわけです」


中野君の過去。

あたしは、ほんの少しの中野君しか知らない。

こんな過去があっただなんて……。


「中野君って、目を離すとすぐ死んじゃいような顔してるでしょ?いつも無表情で、退屈そうな。いつも死んだような目をしてね。だから、言ったの。どうしたら自殺を考えなくなるのって。そしたら……」

「共学にでもしてくれたらいいですよ。」


先生の話にあわせて、中野君がそう言った。

不思議だ。この二人。すごく仲が良く見える。先生と生徒というより……。


「そんなの無理って思ったけど……。ちょうど、少子化もすすんでるし。父に提案したのよ。高校を共学にして、中学をつくったらって。でも、卒業までに間に合わなかった。だから……」

「あたし達を騙したんですか?あたし達は……」


中野君の為に集められた……の?


「それだけじゃないわ。私だって、ここの卒業生なのよ。アレを……。男子と女子の間を遮ってるものを壊したかったのよ。まだ、ベルリンって言ってるのかしら?あれを壊すのは、女子部の夢だったのよ」


先生はどこか遠くを見るように話した。


「千葉は私の後輩なの。あたしは学園の理事の娘だし……無理やり協力してもらっちゃたのよ」

「そう……ですか」


事実を聞かされたあたしは、複雑な気分だった。


「じゃあ、中野君はもう自殺を考えたりしないのね?」

「僕は約束を守りますよ。先生の言うとおり、ちゃんと3年間大人しくしていましたし。」

「そう……。じゃあ。あたし達が共学クラスで過ごした事は、無駄じゃなかったって事よね?」


そうじゃなきゃ……なんか納得いかない。


「ちゃんと卒業する約束ですから。大丈夫ですよ」


中野君はそう言うと、あたしの頭を撫でた。


あたしは……今日の事を秘密にしようと思った。

中野君の話は、誰にもしない。

楽しいクラスのまま、卒業式を迎えようって。


あたしはこの時、頭が混乱していたんだ。きっと。

中野君は、そんな素直な人じゃない。

大事な事は、いつも言わない。

気付かないように、ヒントだけ残して。



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