恋よりずっと…
最近、夜になるときまって携帯がなる。
「もしもし」
相手はいつも同じ。
「リョウだけど」
この後もいつも同じ。
「だから、番号出るから名乗らなくてもわかるって」
「うるせーなー」
夜の11時を過ぎた頃、なぜかリョウはあたしに電話してくる。
いつも用事はこれといってない。
「おもしろいテレビがなかったからさぁ。お前の方がおもしろいじゃん」
喜んでいいのか、悪いのか。
リョウはあたしとの電話で、いつも笑っている。
あたしはおもしろい話をしているつもりはないけれど……。
「おまえさぁ。バレンタイン、誰にやるんだ?」
「えぇ。誰もいないし……。義理チョコとか、面倒だし。あ、マナに友チョコあげよ」
マナとは、あの日以来会ってない。
浪人覚悟の受験だけど、ベストを尽くすと勉強漬けの毎日を送っている。
みんなには受験の事を内緒にしたまま、ひとりで頑張っている。
あたしは……最近、学校に行っていない。
なんとなく、いき辛いのだ。
「俺がもらってやろうか?」
「何言ってんの?お腹壊すわよ。どーせ、山のようにもらうくせに」
季節はもう2月。
街はバレンタインの準備で、どこもかしこもハートマーク。
「ていうか、リョウは暇なの?友達いないの?毎日電話してきてんじゃん」
「はぁ?お前なんだよ。普通、喜ぶだろ?」
「バーカ」
あたしは、リョウの事が好きだ。
だけど、告白とかそういう気にはなれない。
なんていうか……やっぱり釣り合わないし……。
電話で話すだけで充分だよ。
「学校、こないのかよ」
「ん?リョウは行ってるの?」
「まあな」
携帯から聞こえるリョウの声。
耳元から直接聞こえてくるようで、一緒に自転車に乗ったあの日を思い出す。
あっという間だったなぁ……。
卒業まで、もう一ヶ月もない。
「……12日、学校に来いよ。」
「12日?」
携帯を耳にあてたまま、カレンダーを見る。
予定ははいっていないけど、なんで12日?
「14日はバレンタインだろ?13日はフライングでチョコを持ってくるやつがいるから……。12日が暇なんだよ。」
「何?その発言。チョコもらえない男子が聞いてたら、殺されちゃうわよ!」
バレンタイン。リョウは毎年、恐ろしい数のチョコをもらう……らしい。
柴田がそう言ってた。
「お前、ちゃんとチョコ持って来いよ」
「……ヤダ」
「なんで?」
「リョウにあげると、みんなにあげなきゃいけないじゃん」
あたしはカレンダーの12日に、ペンでしるしを付けながらそう言った。
シールでもはろうかな?って思ったけど、はりきってるみたいでやめた。
「とにかく、来いよ」
「はいはい」
あたしはわざと面倒くさそうに返事をして、電話を切った。
********************
約束の12日。
あたしは、律儀に約束の時間の5分前にやってきた。
カバンの中には……。
リボンのかかった小さな箱が入っている。
大き過ぎず、派手過ぎず。
だって、本命だけど本命だと思われたくないんだもん。
遅刻魔のリョウは、どうせ遅れてくるだろう。
あたしは教室のドアを開けた。
「うわっ!」
急に中から風が吹いてきた。
窓が開いていたらしい。
正面の窓際。
ベージュ色のカーテンが大きく波打つ。
ふわり、ひらひら、衣擦れの音。
「よう!」
ふわりと波打つカーテン。
窓際に立つ人影。
後ろ手でドアを閉めると、カーテンが元の位置に。
やっと、顔が見えた。
久しぶりの……。
「リョウ!」
サラサラとした、茶色がかった髪の毛。
気のせいか、少しのびたようだ。
「……お前、また小さくなった?」
「えぇ!」
「……嘘だよ」
「もう!」
「……元気そうでよかった」
リョウはそう言うと、窓の外を向いた。
教室にはふたりきり。
あたしは、リョウの横に立って一緒に外を見た。
「この景色も、もうすぐ終わりだな」
「そうだね」
今日のリョウは、なんだかいつもと様子が違う。
声のトーンも落ち着いていて、笑顔も穏やかだ。
「俺さぁ……。卒業したら、東京に行くから。あっちで学校行くんだ。」
「えっ……」
初耳。
リョウは付属の大学に行くんだと思ってた、あたしや柴田と一緒に……。
「そうなの?」
「ごめんな。隠してたわけじゃないんだ」
「うん」
「こんなに仲良くなるなんて、思ってなかったから」
「そっか」
あたしは、できるだけ普通にふるまっていた。
「俺。もう少し、お前と一緒にいたかったよ」
「そう?」
「もっと早くに知り合いたかったかな」
「うん」
「……お前、そっけないなぁ」
あたしはいつの間にか、リョウに背中を向けて話していた。
リョウがいなくなる……そのことが思ったよりもショックで……。
「お前、俺の事どう思ってる?」
「……別に」
「そっか。俺は結構、好きだったよ。お前の事」
「そんなこと……ないもん」
「……俺は、好きだよ」
あたしはリョウの話を聞きながら、うつむく事しかできなかった。
リョウの顔なんて……見れない。
「おい」
リョウは、両手であたしの顔をはさんだ。
リョウの顔を見ようとしないあたしの顔を、無理やり自分の方に向けさせるためだ。
「いだい……」
無理やり顔を向けさせられたあたしは、頬をつぶされ変な顔。
「お前。人が話をしてる時はこっちを見ろ」
「ヤダ!」
頬が熱い。
あたしはどうしようもなく、恥ずかしくなってしまう。
あんなキレイな顔でこっちを見られたら……どんなにリョウの事が好きだか、思い知らされてしまう。
「顔、赤いぞ」
「う、うるさい!」
「まぁ、いいか」
そう言うとリョウはあたしの顔を解放した。
「握手」
リョウはあたしに右手を差し出した。
あたしも手を差し出した。
ゆっくりと握られる手。
「木村」
リョウは握手したまま、あたしを引き寄せた。
目の前に、リョウの制服の胸ポケットが見えた。
あたし、抱きしめられてる?
そっと目線をあげると、リョウの細いあごのラインが見えた。
暖かい、日向のようなにおい。
あたしは、きっとこのにおいを忘れないだろう。
一瞬なのに、強く記憶に残ってしまう。
「最後まで、友達でいような」
頭の上からリョウの声が聞こえた。
「俺たちつきあわないまま、別れよう。その方が、きっと良い思い出にできそうじゃん。遠距離恋愛って無理だし。俺、絶対傷つけると思うし……。」
東京は、遠すぎる。
「友情だったら、永遠だろ?」
「……うん」
リョウはあたしなんかより、たくさんの恋を知っている。
そのリョウが言うんだから、きっとそうなんだ。
簡単に恋愛関係になるより、友達でいたほうが……。
あたし達の恋は成就する前に、そっとお互いの心の中に封印した。
「柴田はいいやつだよ」
リョウは最後にそう呟いた。
あたし達は、いつもどおり教室で別れた。
******************
心臓はやっぱり、心なんだ。
あたしはリョウと別れてから、ずっと胸が痛い。
何か得体の知らないものを詰め込まれたみたいに、苦しい。
右手で胸を押さえ、急いで帰る。
「ゆーいちゃーん!」
駅前で、あたしを呼ぶ声が聞こえた。
「し……柴田。なんで、ここにいるのよ!」
「俺は、ゆいの事ならお見通しだよ」
「何?」
あたしはたった今、失恋したばかりなのよ!
柴田の相手なんて……ん?
まさか……。
「柴田。あんた、まさか……」
「はぁ?俺は何にも知らないよ」
柴田はわざとらしいリアクション。
「嘘?じゃあなんでここに……」
あたしがそう言うと、スッと近づいてきてあたしのバックを奪った。
「行くぞ!女は失恋したら、ケーキをドカ食いするんだろ?おごってやるよ!」
「し、失恋って!」
柴田とあたしは、なぜかハイテンション。
もしかして……。
あたしは、最後にリョウが呟いた事を思い出していた。
多分……きっとそうだ。
リョウは柴田とも友達なんだ。
友情だったら永遠。
あたしは、あのにおいを忘れる事はないだろう。




