夕暮れビスコ2
昼休みが終わると、あたし達3年生は下校。
残って勉強したい人はそうするし、合格が決まった人達はご自由に。
ハメをはずし過ぎて、合格取り消されない程度に遊んでいいですよってコト。かな。
「ゆい。千葉ちゃんとこ行こうよ。詳しい話、聞きたいじゃん」
マナは、千葉ちゃんがお気に入り。
千葉ちゃんが赴任して来た頃は、よくはしゃいでいた。
他の千葉ファンから嫌味を言われることも…日常だった。
「うん。いいけど……。断ったりできるかなぁ?」
恐る恐る呟くと、マナに睨まれた。
「絶対ヤダ!これを機会に千葉ちゃんと仲良くなるの。そして男子部とも仲良くなって……。ゆい!今まで、あたし達にこんなチャンスあった??」
「……ないと思う。」
「思うじゃないでしょ!!無かったわよ!」
チャンスかぁ……。
出会い、そういえばなかったなぁ…。
「ゆい!この3年でわかったでしょ?努力しないと、彼氏どころか男と話もできないわよ!いいわね。駅で見知らぬ男子に告白されるとか、そんなの超美人じゃなきゃないのよ!それに!うちには、秋山さんという美人がいるんだから。み~んなそっちばっかり見てこっちはだたの引き立て役なんだよ!」
こぶしを握り締め、力説するマナ。
圧倒されっぱなしのあたし。
言ってる事はもっとも。
駅で告白されるなんて、目立たないあたしにはありえない。
見た目で勝負なんて、絶対無理。
だけど、中身を知ってもらうチャンスは無い。
「そうだよね~。うちは共学じゃないもんね~。文化祭の準備で仲良くなって……恋に発展とかありえないもんね。」
「そうよ!」
「よし!行くよ、マナ。」
マナに乗せられ、俄然やる気。
なんだか、楽しくなってきた?
「しつれいしま~す」
他の学年はまだ授業があっているせいか、職員室はガランとしていた。
「あれ?千葉ちゃんは?」
「授業かなぁ~?」
マナが窓の外を指差す。
窓の外は校庭。
千葉ちゃんは体育教師。
体育館?だったら行くの面倒なんだけどなぁ。
「見える~?」
マナはコンタクトだけど、視力が良くない。
あたしは、検査で適当な扱いを受けるくらい視力がいい。
ある程度見えればOKなのか、1.0以上は調べてくれない…。
「ん~。いないよ~。ちば~どこにいったぁ~」
女の中に男がひとり。
千葉ちゃんがいれば、すぐわかるんだけど……。
「オイ!」
「いたっ!」
どうやら、千葉ちゃん後ろにいたようで……。
呼び捨てにしたあたしは、千葉ちゃんの持っていたファイルで叩かれた。
「せんせ~い!」
千葉ちゃんの腕に絡みつく、マナ。
今日はうるさい他の先生がいない。
チャンスを逃さない女だ。
「おう。吉井に木村。お前達……。あ、そうか。引き受けてくれたんだったよな」
千葉ちゃんはそう言いながら、あっさりとマナの手を解き自分の机に座った。
「しかし、引き受けてくれて助かったよ。こういうのって、やりたくてもやりたいって言えないだろう」
微妙な顔の千葉ちゃん。
もしかして……千葉ちゃんも押し付けられてこの役やってるんじゃないの?
「もし、何か言われたら俺のとこに来いよ!俺がどうにかしてやるから。いいな!特に木村。」
あ、あたし?
「吉村は何もなくても来るだろ……。」
そう言われれば、そうかも。
横目でマナを見ると、かわいくふくれていた。
きっと、練習済みの顔。
こういうのが、アレなんだろうけど……言わないでおこう。
それより。
「先生。何で今さら共学なんですか?」
あたしにはそこが疑問だった。
今は12月。
来年から共学になるのは、もう決定。
男子が何人か知らないけど、女子は5人。
ひとクラスにしては少なすぎる。
それに、今頃実験して何になる?
「実は……。」
千葉ちゃんは言いにくいのか、眉間に皺を寄せていた。
新卒の、男としてはまだ幼い顔。その辺の大学生みたい。
「俺、知らないんだよね。女子部と男子部は、今まで全く別だったから……。多分、そういうのは学園の上の方の人が決めたんじゃないか?まぁ、とにかく。お前達には感謝してるよ。」
千葉ちゃんは話を簡単に切り上げ、引き出しを開けた。
なんか……誤魔化された気分。
「これ、木村。お前、委員長だからな。吉村はこれでよし。」
勝手に納得しながら、あたし達に小さな袋を手渡す。
ん?これって……、
「ビスコ?」
「ゆい、ビスコなの?何で?あたしふりかけよ??」
赤い包み紙のビスコ。子供の笑顔が眩しい。
マナには小さなふりかけ。昔ながらの、のりたま味。
「俺の机の中には、そんなものしか入ってなかったからな。感謝のしるしだぞ。遠慮するな。じゃ。もう行け。俺も暇じゃないんだから。詳しくは明日だ、明日。お前達、明日は学校休むなよ。明日は顔合わせだからな!他のやつにも連絡頼んだぞ!」
「は~い。」
千葉ちゃんはあたし達を追い出すように、背中を押した。
しょうがなく、2人でやる気の無い返事。
職員室を後にした。
「ていうか、感謝がビスコってなくない?なんで、そんなの机にはいってんの?」
「ゆいはまだいいじゃん。すぐ食べれて。あたしのこれどうよ?」
のりたま…。
「ゆうごはんで、使いなよ。千葉ちゃん味のご飯になるから?」
「ビミョー。」
なんだかおかしい。
あたし達はいつも通り、笑いながら帰った。
千葉ちゃんにもらったビスコを食べながら。
「あ、1個余る。マナ、食べていいよ。」
「じゃあ、こうしよ~」
マナは残りビスコを半分に割った。そして、クリームの多い方を、ぱくっと食べた。
あたしは、クリーム無しのビスコを食べた。
素朴で、懐かしい。
笑顔になれる味。
あたし達の放課後は、ちょっとシアワセな味がした。




