表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/77

みずいろ水曜日2

「今日はマナがおごってあげる」


マナのおごりなんて……珍し過ぎる!

機嫌が良いのも、ここまでくると不気味だ。


「はい、どうぞ」


目の前に置かれたトレイには、コーラが二つ。

なんで?

あたし達は普段コーラを注文しない。


「無料券もらったの」


マナが笑顔で席に座る。

あたしは、お礼を言ってコーラを飲んだ。

口の中ではじける炭酸が、窓の外の寒さとミスマッチ。

外でだったら、絶対飲めない冷たさ。

久しぶりに飲んだけど、意外といいかも。

店内の暖かさに感謝。


「で、何があったの?超ゴキゲンじゃん」

「そう?」

「そーだよ」

「マナ、受験しようと思って」

「そっかぁ」


いつのもように相槌をうったあたし。


「えぇ?」


聞き間違えた?あたし?


「大学いくのやめて、専門学校にいこうと思うの」


ストローをくわえたまま、固まってしまったあたし。

マナは平然と話を続けている。


「ペコみたいに歯科衛生士とか……。それか思い切って看護学校でも目指そうかなって。バイトしながら、浪人してもいいし……。」


マナは手付かずのコーラを見つめながら、ひとりで話を続けている。


「マナ、そんなに頭よくないし……。大学いってもきっと勉強しないし。遊ぶために高いお金払ってまで、いくことないかなって。それだったら、手に職つけて働いた方がいいじゃん。バイトより給料良くなるしね!ホラ、有給とかボーナスとかもらえるしね」

「マナ……」


ふたりの間に、今まで流れた事のない空気が漂っていた。

あたし達は、毎日会って話していても会話が尽きた事なんてなかった。

おもしろい事があった時なんて、息継ぎをする間もなく話し込んでしまう。

お互い話したいことが多すぎて、競い合って話をしていたのに……。


今は、言葉が見つからない。


いつもうるさいあたし達なのに、今日は周りの笑い声ばかりが聞こえてくる。


「ゴメンネ、ゆい。一緒の大学にいこうって言ってたのに……」


マナはいつもと変わらないテンションで、話を続ける。

明るい、いつものマナ。

でも、本当は違うんだ。何かあったんだ。

じゃなきゃ、こんな時期に進路を変えたりしない。


「ゴメンネ。勝手に決めちゃって。担任には、もう言ってあるから。」

「マナ……。学校の事は、いいの。マナが決めた事だから、あたし応援するよ。でも、何かあったんじゃないの?」

「うん?」

「あったんでしょ。」

「へへー。」


マナはしょうがないって感じで笑っていた。


「うちのお母さんの仕事がね……最近上手くいってないみたいなんだ。貯金してあるから大丈夫なんて言うんだけど……。弟もまだ学生だし。お母さんはすっごく強がりだから。大丈夫じゃなくても大丈夫って言うのよ!素直じゃないからさぁ。だから離婚したんじゃないの?って思っちゃうくらい。」


母ひとり、子供ふたり。

マナの家は母子家庭。お母さんの離婚をネタにする事はあっても、悪く言ったりはしない。

お父さんの話が出た時だって、「いないから」の一言ですませていた。

きっと、あたしに出会うまでいろんな事を乗り越えてきたんだと思う。

ぬくぬくと育ってきたあたしには、何もしてあげられることなんかない。

家庭の事情の前に、あたしは無力だ。


「もう、決めたの?」

「そうだね~。とりあえず、浪人かなぁ。看護学校に入れたらいいけど……」

「看護士かぁ。白衣もカワイイもんね。」

「でしょ?ドラマに出てくるような白衣の病院がいいなぁ」


あたし達は不自然なくらい、普段どおりにふるまっていた。

だって……。

マナが進路を変更するという事は、あたし達の別れでもあるからだ。


「ごめんね。ゆい」

「なに言ってんの。」

「……合格辞退したから、共学クラスにはいれなくなっちゃった。」


マナはそれだけ言うとうつむいてしまった。

あたしも何か言おうとしたけど、鼻の奥がツンとして……。

まるで、泣きたくないのに体が泣く準備をしてしまったみたい。


「なんか、買ってくる」


あたしは、そう言って席を立った。

マナに見えないように一生懸命、鼻をつまんで。


カウンターの店員さんには、変な目で見られたけど関係ない。

制服を着ていると、少しくらい馬鹿な行動でも許される……ような気がする。


「ごでぐださい」


鼻をつまんだまま注文したあたしは、とんでもない鼻声だった。

不気味に思われたのか、注文したものがすぐに手渡された。

あたしは気合をいれてトレイを持った。

普段どおりの顔で、マナの向かいの席に座った。


「ゆい、何してるの?」


あたしは、手付かずのまま置かれていたふたりのコーラのふたを開けた。

そこに、買ってきたものをブチ込んだ。


「はい、マナ」

「うわぁ!」


コーラの上にバニラアイス。

即席のコーラフロート。

アイスがコーラと反応して、今にもこぼれそうなくらいぶくぶくと泡が立っている。


「こぼしたら、負けね!」

「いやーん」


『こぼしたら、負け』の掛け声で、ふたりは一気にストローをくわえた。

コーラフロートは、早く飲まないと泡で大変な事になってしまう。

去年の夏。

マナはコーラフロートを頼んだのに、携帯に夢中になってあふれさせた事があった。

その時はふたりで、汚いって文句言いながら片付けたんだ。


「飲んだー!」

「もー!ゆい!口の中が寒いよ。」


あたし達は飲んだ後、こぼしたあの日の話でもりあがった。


「マナ。共学クラスは10人で仲良しだから。マナが忙しくてこれなくても、マナは共学クラスの大事なメンバーだから」

「……ゆい」

「マナがいないとつまんないじゃん」

「……うん」


帰り道。

あたし達はたい焼きを買って、乾杯した。

100円の安っぽい味。

クリームなのか、生焼けなのか?なんて、文句を言いながらも完食したけど。


「がんばれよー!!」


さようならのかわりにエールを送る。


「まーかせーろりー!」


返ってきた言葉が、まかせろり。

セロリって、ダジャレかよ!!


あたしは少し笑って、少し寂しかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ