みずいろ水曜日2
「今日はマナがおごってあげる」
マナのおごりなんて……珍し過ぎる!
機嫌が良いのも、ここまでくると不気味だ。
「はい、どうぞ」
目の前に置かれたトレイには、コーラが二つ。
なんで?
あたし達は普段コーラを注文しない。
「無料券もらったの」
マナが笑顔で席に座る。
あたしは、お礼を言ってコーラを飲んだ。
口の中ではじける炭酸が、窓の外の寒さとミスマッチ。
外でだったら、絶対飲めない冷たさ。
久しぶりに飲んだけど、意外といいかも。
店内の暖かさに感謝。
「で、何があったの?超ゴキゲンじゃん」
「そう?」
「そーだよ」
「マナ、受験しようと思って」
「そっかぁ」
いつのもように相槌をうったあたし。
「えぇ?」
聞き間違えた?あたし?
「大学いくのやめて、専門学校にいこうと思うの」
ストローをくわえたまま、固まってしまったあたし。
マナは平然と話を続けている。
「ペコみたいに歯科衛生士とか……。それか思い切って看護学校でも目指そうかなって。バイトしながら、浪人してもいいし……。」
マナは手付かずのコーラを見つめながら、ひとりで話を続けている。
「マナ、そんなに頭よくないし……。大学いってもきっと勉強しないし。遊ぶために高いお金払ってまで、いくことないかなって。それだったら、手に職つけて働いた方がいいじゃん。バイトより給料良くなるしね!ホラ、有給とかボーナスとかもらえるしね」
「マナ……」
ふたりの間に、今まで流れた事のない空気が漂っていた。
あたし達は、毎日会って話していても会話が尽きた事なんてなかった。
おもしろい事があった時なんて、息継ぎをする間もなく話し込んでしまう。
お互い話したいことが多すぎて、競い合って話をしていたのに……。
今は、言葉が見つからない。
いつもうるさいあたし達なのに、今日は周りの笑い声ばかりが聞こえてくる。
「ゴメンネ、ゆい。一緒の大学にいこうって言ってたのに……」
マナはいつもと変わらないテンションで、話を続ける。
明るい、いつものマナ。
でも、本当は違うんだ。何かあったんだ。
じゃなきゃ、こんな時期に進路を変えたりしない。
「ゴメンネ。勝手に決めちゃって。担任には、もう言ってあるから。」
「マナ……。学校の事は、いいの。マナが決めた事だから、あたし応援するよ。でも、何かあったんじゃないの?」
「うん?」
「あったんでしょ。」
「へへー。」
マナはしょうがないって感じで笑っていた。
「うちのお母さんの仕事がね……最近上手くいってないみたいなんだ。貯金してあるから大丈夫なんて言うんだけど……。弟もまだ学生だし。お母さんはすっごく強がりだから。大丈夫じゃなくても大丈夫って言うのよ!素直じゃないからさぁ。だから離婚したんじゃないの?って思っちゃうくらい。」
母ひとり、子供ふたり。
マナの家は母子家庭。お母さんの離婚をネタにする事はあっても、悪く言ったりはしない。
お父さんの話が出た時だって、「いないから」の一言ですませていた。
きっと、あたしに出会うまでいろんな事を乗り越えてきたんだと思う。
ぬくぬくと育ってきたあたしには、何もしてあげられることなんかない。
家庭の事情の前に、あたしは無力だ。
「もう、決めたの?」
「そうだね~。とりあえず、浪人かなぁ。看護学校に入れたらいいけど……」
「看護士かぁ。白衣もカワイイもんね。」
「でしょ?ドラマに出てくるような白衣の病院がいいなぁ」
あたし達は不自然なくらい、普段どおりにふるまっていた。
だって……。
マナが進路を変更するという事は、あたし達の別れでもあるからだ。
「ごめんね。ゆい」
「なに言ってんの。」
「……合格辞退したから、共学クラスにはいれなくなっちゃった。」
マナはそれだけ言うとうつむいてしまった。
あたしも何か言おうとしたけど、鼻の奥がツンとして……。
まるで、泣きたくないのに体が泣く準備をしてしまったみたい。
「なんか、買ってくる」
あたしは、そう言って席を立った。
マナに見えないように一生懸命、鼻をつまんで。
カウンターの店員さんには、変な目で見られたけど関係ない。
制服を着ていると、少しくらい馬鹿な行動でも許される……ような気がする。
「ごでぐださい」
鼻をつまんだまま注文したあたしは、とんでもない鼻声だった。
不気味に思われたのか、注文したものがすぐに手渡された。
あたしは気合をいれてトレイを持った。
普段どおりの顔で、マナの向かいの席に座った。
「ゆい、何してるの?」
あたしは、手付かずのまま置かれていたふたりのコーラのふたを開けた。
そこに、買ってきたものをブチ込んだ。
「はい、マナ」
「うわぁ!」
コーラの上にバニラアイス。
即席のコーラフロート。
アイスがコーラと反応して、今にもこぼれそうなくらいぶくぶくと泡が立っている。
「こぼしたら、負けね!」
「いやーん」
『こぼしたら、負け』の掛け声で、ふたりは一気にストローをくわえた。
コーラフロートは、早く飲まないと泡で大変な事になってしまう。
去年の夏。
マナはコーラフロートを頼んだのに、携帯に夢中になってあふれさせた事があった。
その時はふたりで、汚いって文句言いながら片付けたんだ。
「飲んだー!」
「もー!ゆい!口の中が寒いよ。」
あたし達は飲んだ後、こぼしたあの日の話でもりあがった。
「マナ。共学クラスは10人で仲良しだから。マナが忙しくてこれなくても、マナは共学クラスの大事なメンバーだから」
「……ゆい」
「マナがいないとつまんないじゃん」
「……うん」
帰り道。
あたし達はたい焼きを買って、乾杯した。
100円の安っぽい味。
クリームなのか、生焼けなのか?なんて、文句を言いながらも完食したけど。
「がんばれよー!!」
さようならのかわりにエールを送る。
「まーかせーろりー!」
返ってきた言葉が、まかせろり。
セロリって、ダジャレかよ!!
あたしは少し笑って、少し寂しかった。




