みずいろ水曜日1
水曜日は、なんだか憂鬱。
週休二日の、真ん中の日。
週の始まりのような気合もなくて、週の終わりのような達成感もない。
こんな気分になるのは、きっとあたしだけじゃない。
だって……。
なぜか、水曜日はみんなの集まりが悪い。
「そう思わない?」
いつもの茶道教室。今日のメンバーは、マジメ組。
イッキ、後藤君、山崎君、あたしの4人だ。
共学クラスについて、疑惑を持っている4人。
もう何度も集まっては、推理しているけど……。
黒幕は結城先生だ、という結論から先に進めない。
ここのところ、結城先生がお休みを取っているからだ。
あたし達は、そんなわけで暇を持て余している。
「はぁ」
ため息とあくびの日々。
柴田も、今日は来ていない。
きっと、色々と忙しいんだ。色々。
中野君は、あの夜景を見に行った日以来姿を見せない。
あたしは、その事に不安を感じていた。
まさか……お兄さんに何かされた……とか?
ここ数日、そんな妄想をしては頭を振っている。
考えたくないけど、考えてしまう。
「傷が増えてなければいいけど……」
あたしは、テーブルの上の携帯を恨めしそうに見つめた。
真っ白なキティ。
汚すと、余計な事を考えてしまうから……最近、毎日磨いている。
「はぁ……」
「委員長。どうしたんですか?誰かにいじめられてるんですか?」
テーブルの上にだらしなく頬杖をつくあたしを、山崎君が覗き込んだ。
「ん?あたしじゃないよ……」
まだ、見慣れない山崎君の顔。
彼は、最近メガネをやめた。後藤君のイメチェンに影響を受けたのか、コンタクトレンズにしたらしい。
マナが、ソフトかハードか聞いたらハードだと答えた。
その後で、コンタクトならソフトだよなんてワケのわからない事を言っていた。
山崎君もイメチェンしたいみたい。
なんだか後藤君も山崎君も、少しずつカッコ良くなっていってるかも?
「後藤君さぁ。なんでリーゼントだったの?今まで。」
「……木村さん。それ聞いちゃうの?」
気が緩んでいたのか、あたしは聞きたかったことを聞いてしまった。
後藤君は、読んでいた本から顔を上げた。
「いじめられないから」
すっかり丸くなってしまった後藤君。今は亡きリーゼント。
リーゼントの頃は怖かった顔も、今じゃ普通の高校生。
「いじめられないから?」
「はい。お父さんが、そう言っていたっス。あの髪で気合入れて睨んでたら、普通高校の奴らは寄ってこないって……」
「え?じゃあ、後藤君いじめられっこだったとか?」
「……恥ずかしながら」
少し、恥ずかしそうな顔をした後藤君。
「後藤君!仲間じゃないか!」
山崎君は後藤君の傍に駆け寄り、無理やり握手していた。
「そっか。みんな昔は色々あったって事かぁ。だよね~。あたしだって、友達ひとりもいなかったしね」
「い、委員長!!」
山崎君は、あたしにも無理やり握手をしていった。
その後、当然イッキも無理やり握手をしていた。
スネに傷ある同盟って感じかな。
「ねぇ。中野君って男子部でどんな存在だったの?」
「中野君ですか?僕は……一緒になる事がなかったので。どんなと言われても、わからないです。」
中野君とは今まで接点がなかったのか、誰も彼の事を詳しく知らない……。
「あのね……」
「何?イッキ」
「私のお姉ちゃんが、中野君の事知ってるって……。」
何度も髪を耳にかけながら、言い難そうにイッキが話しはじめた。
「私のお姉ちゃん。中野君と同じ塾だったって……。だから、中野君。あたし達より一つ年上なんじゃないかな。」
「なんですと?」
イッキ、知ってたんだ……。
「ごめん!本当はあたしも知ってた。だけど、なんとなく言いにくくて……」
中野君にも、聞けなかった理由。大学受験で一浪するのは珍しくないけど……。
なんとなくワケ有りな気がするし……。
「木村さんも知っていたの?」
「まあね。でも、理由は知らないよ。たまたま免許見て知っただけだから」
それ以上聞かれないように、偶然だった事を強調して言った。
後藤君は、静かに座ったまま話を聞いていた。そういえば、彼は噂話が嫌いだった。
それに引き換え、山崎君は……。
「委員長!中野君とも特別な仲なんですか?」
なんて、また恋愛シュミレーション。
まったく……困ったひとだ。
「特別な仲って……。そんなんじゃないよ」
「じゃあ、なんで中野君の事を聞くんですか?」
「それは……」
山崎君が、あたしの顔をじっと見ている。
イッキも興味があるのか、こっちを伺っているし……後藤君が止めてくれる気配も……ない。
「なんていうか……。中野君がね、意地悪なお兄さんがいるって言ってたから……。どんな人かなぁなんて……」
「お兄さん、横の大学らしいですよ。」
「そうなの?イッキどこまで知ってるの?」
「えっと……。お姉ちゃんが知ってる事ぐらいなら。中野君の志望校、男子部じゃなかったって。お兄さんと一緒は嫌だって……」
じゃあ、なんで?
「中野君。他の高校に合格したって、お姉ちゃんが。だから……」
教室に不穏な空気。
さっきまでの明るい雰囲気はどこへやら。
あたし達は、触れてはいけない話をしているのではないだろうか。
静かになった教室。
あたし達は、次に話す言葉が見つからない。
そんな時。
「ゆい、いる~?」
静かな教室に響く、能天気な声。マナだ。
「悪いんだけど、ゆい連れてっていい?」
「何?ていうか、あたしに最初に聞いてよ。」
「いいじゃん。ちょっと話があるから、一緒に帰ろ!」
あたしは、マナに連れ去られるように教室を後にした。
中野君の話は宙ぶらりんのまま。
やたらと明るい、マナ。
一体、どんな楽しい事があったのだろう?
いつものファストフード店に着くまで、マナは昨日見たドラマの話ばかりしていた。
憂鬱な水曜日。
それは、まだまだ続く。本当の憂鬱は、まだこれからだった。




