彼の説教部屋2
疑問符だらけの頭の中。
ドアに近づけた耳からは、電話が終わったような言葉が聞こえてきた。
あたしはすぐに、元の位置に戻り座った。
その直後に柴田が入ってきて、あたしの心臓は驚くほどドキドキしていた。
『あの事言えば、必ずリョウの事あきらめるだろ……』
柴田の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
あの事ってなんだろう?
リョウの事あきらめるって……もしかして、あたし?
だとしたら、柴田はあたしがリョウの事あきらめるような事を知ってるの?
ちょっと、待って。
柴田はあたしがリョウの事、好きだと思ってるの?
なんか、おかしくない?
だって……。
それに、リョウはペコと……。
あたしは、お店の中で仲良くするリョウとペコの姿を思い出していた。
あぁ。
そうだ。
だから、居心地が悪かったんだ。だから見ていられなかったんだ。
あたし。釣り合いとか、そんな事ばかり言い訳にして……。
自分の本当の気持ちに気付かないように、考えないようにしていたんだ……。
柴田も中野君も、周りはそんなあたしの気持ちがわかっていたんだ……。
じゃあ、柴田はわかっていてあたしにリョウとペコを近づけさせたの?
「ゆい?」
「……たい……」
変化に気付いたのか、柴田はベッドから降りてあたしの横に座った。
「……別れたい」
「えっ?」
さっきまで怒っていた柴田の顔色が変わった。
「別れたい」
「ど、どうした?ゆい、冗談だろ?」
「別れたい」
「ちょっと、待て。中野とは何もないってわかったし……。もう、怒らないから」
「別れたい」
あたしは、何度も同じ言葉を繰り返した。
リョウの事が好きとかいう事より、知ってたのにあんな事した柴田の方が許せなかった。
柴田はそんな事しないって思ってたのに……。
「だって、もう柴田がわかんないんだもん。」
「俺は、ゆいの事が好きだよ」
柴田はあたしの両肩に手をかけた。
「ゆいは俺の事が嫌い?」
「……嫌いじゃないけど……」
柴田の顔が近づく。
このままキスして誤魔化すつもりなんじゃ……。
あたしは柴田から、思いっきり顔をそむけた。
「ゆい?」
「おかしい!」
「なにが?」
「何で、柴田は好きか聞かないの?何で嫌いか聞くの?」
柴田はあたしから目線をそらすと、困ったように片手で頭を触っていた。
「……わかったよ」
柴田はあたしの肩から手を離した。
「じゃあ、卒業するまで待つから。その間にゆいは俺との事を考えて。それならいいだろ?嫌いじゃないんだろ?」
「何?それ……」
「俺はずーっとゆいが好きだったんだから、それは変わらない。だから、ゆいがその気になるまで待つから」
「そんな……」
「それに、いま別れたらあのクラスはどうするんだ?みんなが気まずい思いをするぞ」
そう……なのかなぁ?
あたしは、柴田の言葉に惑わされ自分の態度を決めかねていた。
「じゃあ。そうしよう。あのクラスは恋愛禁止だったんだし。俺たちの恋愛は卒業まで待つって事で」
柴田はそう言うと、さっさとあたしの荷物を持ちドアを開けた。
「おばさん、心配するから帰るぞ」
なんだか騙されている気分だったけど、家には帰りたかった。
仕方なく柴田について行った。
「あれ?もう帰るの?」
あいかわらずリビングには、隼がひとり。
「あ。」
思い出したことがあり、通り過ぎたリビングに戻る。
柴田兄弟。弟ってどうなんだろう?
あたしは隼に近づき、耳打ちした。
「はやと、柴田にいじめられてない?」
「はぁ?」
間抜けな隼の声をよそに、隼の腕をまくったり頭皮に傷跡がないか調べた。
「ちょ、ちょっと。兄ちゃーん!ゆいがセクハラするんだけど」
「何言ってるの。ちょっと見ただけじゃない」
見たところ、中野君のような傷はなかった。
そうだよね。
普通はそうだよね……。
「何やってるんだ?ゆい」
「ねえ。柴田は隼の事嫌い?傷がつくほどいじめる?」
「……何の話をしてるんだ?あれがいじめられているように見えるか?」
隼はリビングで、お菓子を食べながら大笑いしていた。
おもしろいテレビでも観ているらしい。
「だよね」
中野君はもっと……病んでる。
あたしは玄関に向かい、柴田に別れを告げた。
「じゃあね」
「ゆい!明日、学校行くんだろ。俺も一緒に行っていいか?」
「うん……いいけど」
「あのさぁ。みんなには、別れた事内緒にしてくれないか?仲の良い女友達には言ってもいいけど……。じゃないと、みんなが気を使うかもしれないだろ?」
「わかった」
柴田の家からあたしの家まで数メートル。
短い帰り道。
柴田と別れたあたしは、なんだか複雑だった。
リョウが好き、だけど気が付いた時にはもう遅くて。
柴田と別れても、それは内緒にしなくちゃいけなくって……。
でも。
あんなに好きだと言うくせに、どうして柴田はあんなに余裕なんだろう?
あたしは家につくと、すぐに2階へあがった。
携帯を取り出し、電話をかける。
「もしもし。」
相手は中野君だ。
さっきの柴田の話を聞かなきゃ。
「あのね。さっき柴田と何はなしたの?」
「……何って普通の話ですよ。」
「違う。あの事って何?」
携帯の向こうからため息が聞こえる。
「木村さん。盗み聞きしましたね。」
「ははっ」
「柴田君は、僕にあの事って言ったんですよ。だから僕も、あの事の内容はしらないんですよ。」
「えっ……」
あの事言えばって……。そっか。そうじゃん、中野君がそう言われてたんだ。
「で。木村さんはどうなったんですか、柴田君と。別れましたか?」
「えぇ?何で知って……。じゃなかった。」
「木村さん、しっかりして下さい。恋愛に関しては、木村さんより柴田君の方が何倍も上手なんですから。気付けば、柴田君の思い通りになってなきゃいいですけどね。」
「なに、それ」
柴田の思い通りに……なんて。中野君は怖い事を言う。
あたしは電話を切ると、携帯を持ったままベッドに横になった。
目を閉じて、少しだけリョウの事を思い出した。
自転車にふたり乗りしたクリスマス、ふたりで食べた山盛りの甘いホットケーキ。
「お腹空いたなぁ」
あたしはわざと声を出してそう言った。
元気が出ないのを、空腹のせいにしてしまいたかったから。
リョウを好きになっても、しょうがないのに……。
携帯のキティ。
あれは、リョウがつけてくれたんだった。
「はずそうかなぁ……」
あたしはストラップのキティをつまんで、眺めた。
油性ペンで無理やり笑顔にしたキティ。
あたしも、リョウの前ではこうやって笑わなきゃかなぁ……。
「あれ?」
キティの白い色が、汚れている。
バッグの中に入れっぱなしにしてたからかなぁ?
ところどころ、黒く汚れている。
キティの目の下にも汚れがついて……。
これじゃあ、まるで。
汚れたキティは、まるでボコボコになぐられたみたいに痛々しい顔になっていた。
中野君みたい。
キティをみていると、いつも中野君を思い出す。
思い出して……悲しくなってしまう。




