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彼の説教部屋1

柴田まで、数メートル。


どうしよう……。超、気まずい。


車を降りてから、あたしはなかなか次の一歩を踏み出せずにいた。

柴田と目が合うのも怖くて、うつむいたまま。

頭の中はフル回転、この状況をどうにかできないか考えていた。


思い切って……。


あたしは、柴田に背を向けて一歩踏み出した。


「おい!何、逃げようとしてるんだ」


やっぱり……。柴田があたしに実は気付いていないんじゃないかなんて、考えが甘かった。


「いやぁ……。柴田君。偶然だねぇ……」


恐る恐る、振り返る。


「そんなわけ、ねーだろ」


いつの間にか、柴田はあたしの真後ろまで迫っていた。


「ですよねぇ……」


暗い夜道に、あたしの愛想笑いが空しく響いた。

現状は、少しも変わらず柴田は怒ったまま。

あたしは、柴田に引きずられるように柴田の家に連れて行かれた。


********************


「あ、ゆい。何やってんの?」


柴田家に入ると、柴田と同じ声が聞こえた。

弟の(はやと)だ。


「うわっ。はやとデカっ!」


幼い頃はあんなに小さくてかわいかった隼も、いつの間にかあたしよりもでかくなっていた。

時々は見かけていたけれど、近くで見ると余計に迫力がある。

柴田の両親はまだ帰っていないようで、リビングには隼ひとりきりだった。

ここで、リビングにお邪魔してお話でも……なんて事になるはずもなく、鬼の柴田に2階へと連れて行かれた。


「兄ちゃん!ゆいとデキてんのー?」


一階から隼がそう叫んでいたけど、柴田はその声を無視して部屋の扉を閉めた。


「は、はやと。なんか、柴田に似てきたねぇ……」

「……そこ」


柴田はあたしの話には一切触れず、床を指差している。

座れってことだよね。


「はぁい」


逆らっても怖いから、言われたとおりに座った。

柴田はベッドの上に腰掛け、上から見下ろしている。


「何で、急に帰ったんだ?」


怒っているくせに、冷静な声で柴田が言う。


「だってぇ……。なんか、居心地悪いんだもん。」

「何で、居心地が悪かったんだ?」

「……わかんない」


そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ。


「じゃあ、俺と一緒に帰ればよかったじゃないか」

「……ひとりになりたかったんだもん」

「ひとりになりたかったのなら、何で中野と一緒にいたんだ?」


あー言えば、こー言う。

柴田が聞くから答えてるのに、答えても答えても終わらない。

まるで、刑事の取調べみたい……。


「中野といつ仲良くなったんだ?そんなに仲良くしてる所、見た事ないぞ!」

「そう……かなぁ?」

「もしかして、前に車で帰ってきたって……。あれも、中野だったのか?」


柴田が上からこっちをずっと見ている。

あたしは、気まずくて部屋の隅ばかりを見ていた。


「いや……あれは……どうだったかなぁ?」


正解だけど、それを認めたら嘘をついたことがバレる。

でも、中野君との事はもうバレてるし……。


「お前の嘘なんか、すぐわかるんだぞ!絶対、中野だな。」


柴田に言い当てられ、もう絶対絶命。ていうか、どう嘘つけばいいかわかんない!


「中野とどういう関係なんだ?」


中野君ねぇ……。どういう関係なんだろ?

あたしは考えながら、ぼんやりと部屋の中を見ていた。

目に付いたマンガ雑誌、週刊の少年向けのもの。

そういえば、借りて読んだ事があったなぁ。あのマンガはまだ載っているのだろうか?


「おい。人が真剣に話してる時に、何ぼーっとしてるんだ?」

「うん?」


想像以上にまぬけな声が出てしまった。

そのせいか、柴田の眉間の皺がより濃くなって見えた。


「もう、いい。中野に直接聞くから」


柴田は携帯を握ると、そのまま部屋を出て行った。


「はぁー」


気が緩んだあたしは、大きく背伸びをした。

何か、すっごく疲れる。柴田はどうして、あんなに怒ってばっかりなんだろう……。


ぼーっとしてる……かぁ。


中野君も言ってたなぁ。ぼーっとしてたら他人の思うままだって……。

今のあたし、他人の思うまま??

あたし、誰かの思い通りになってる?


『好きでもない人とつきあえる木村さん』


そう、中野君が言ってた。

あたし、柴田の事……好き? 嫌いでは、無いけど……。特別好きって事でも……。


流されてる……のかなぁ??


考え事をしていると、ドアの外から声が聞こえた。

ゆっくり、忍び足でドアに近づき耳を当てる。

かすかに聞こえる、柴田の声。

耳に神経を集中させるけど、聞こえてくるのは相槌ばかりだ。


「……別に」


別にって、何?


「……俺、まだあるし」


何があるんだよ……。


聞こえるのに、内容がわからなくてもどかしい。


「あの事言えば、必ずリョウの事あきらめるだろ……」


聞き間違い??

何で、ここでリョウの話が出るの?

あ、あの事って……一体なに?


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