彼の説教部屋1
柴田まで、数メートル。
どうしよう……。超、気まずい。
車を降りてから、あたしはなかなか次の一歩を踏み出せずにいた。
柴田と目が合うのも怖くて、うつむいたまま。
頭の中はフル回転、この状況をどうにかできないか考えていた。
思い切って……。
あたしは、柴田に背を向けて一歩踏み出した。
「おい!何、逃げようとしてるんだ」
やっぱり……。柴田があたしに実は気付いていないんじゃないかなんて、考えが甘かった。
「いやぁ……。柴田君。偶然だねぇ……」
恐る恐る、振り返る。
「そんなわけ、ねーだろ」
いつの間にか、柴田はあたしの真後ろまで迫っていた。
「ですよねぇ……」
暗い夜道に、あたしの愛想笑いが空しく響いた。
現状は、少しも変わらず柴田は怒ったまま。
あたしは、柴田に引きずられるように柴田の家に連れて行かれた。
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「あ、ゆい。何やってんの?」
柴田家に入ると、柴田と同じ声が聞こえた。
弟の隼だ。
「うわっ。はやとデカっ!」
幼い頃はあんなに小さくてかわいかった隼も、いつの間にかあたしよりもでかくなっていた。
時々は見かけていたけれど、近くで見ると余計に迫力がある。
柴田の両親はまだ帰っていないようで、リビングには隼ひとりきりだった。
ここで、リビングにお邪魔してお話でも……なんて事になるはずもなく、鬼の柴田に2階へと連れて行かれた。
「兄ちゃん!ゆいとデキてんのー?」
一階から隼がそう叫んでいたけど、柴田はその声を無視して部屋の扉を閉めた。
「は、はやと。なんか、柴田に似てきたねぇ……」
「……そこ」
柴田はあたしの話には一切触れず、床を指差している。
座れってことだよね。
「はぁい」
逆らっても怖いから、言われたとおりに座った。
柴田はベッドの上に腰掛け、上から見下ろしている。
「何で、急に帰ったんだ?」
怒っているくせに、冷静な声で柴田が言う。
「だってぇ……。なんか、居心地悪いんだもん。」
「何で、居心地が悪かったんだ?」
「……わかんない」
そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ。
「じゃあ、俺と一緒に帰ればよかったじゃないか」
「……ひとりになりたかったんだもん」
「ひとりになりたかったのなら、何で中野と一緒にいたんだ?」
あー言えば、こー言う。
柴田が聞くから答えてるのに、答えても答えても終わらない。
まるで、刑事の取調べみたい……。
「中野といつ仲良くなったんだ?そんなに仲良くしてる所、見た事ないぞ!」
「そう……かなぁ?」
「もしかして、前に車で帰ってきたって……。あれも、中野だったのか?」
柴田が上からこっちをずっと見ている。
あたしは、気まずくて部屋の隅ばかりを見ていた。
「いや……あれは……どうだったかなぁ?」
正解だけど、それを認めたら嘘をついたことがバレる。
でも、中野君との事はもうバレてるし……。
「お前の嘘なんか、すぐわかるんだぞ!絶対、中野だな。」
柴田に言い当てられ、もう絶対絶命。ていうか、どう嘘つけばいいかわかんない!
「中野とどういう関係なんだ?」
中野君ねぇ……。どういう関係なんだろ?
あたしは考えながら、ぼんやりと部屋の中を見ていた。
目に付いたマンガ雑誌、週刊の少年向けのもの。
そういえば、借りて読んだ事があったなぁ。あのマンガはまだ載っているのだろうか?
「おい。人が真剣に話してる時に、何ぼーっとしてるんだ?」
「うん?」
想像以上にまぬけな声が出てしまった。
そのせいか、柴田の眉間の皺がより濃くなって見えた。
「もう、いい。中野に直接聞くから」
柴田は携帯を握ると、そのまま部屋を出て行った。
「はぁー」
気が緩んだあたしは、大きく背伸びをした。
何か、すっごく疲れる。柴田はどうして、あんなに怒ってばっかりなんだろう……。
ぼーっとしてる……かぁ。
中野君も言ってたなぁ。ぼーっとしてたら他人の思うままだって……。
今のあたし、他人の思うまま??
あたし、誰かの思い通りになってる?
『好きでもない人とつきあえる木村さん』
そう、中野君が言ってた。
あたし、柴田の事……好き? 嫌いでは、無いけど……。特別好きって事でも……。
流されてる……のかなぁ??
考え事をしていると、ドアの外から声が聞こえた。
ゆっくり、忍び足でドアに近づき耳を当てる。
かすかに聞こえる、柴田の声。
耳に神経を集中させるけど、聞こえてくるのは相槌ばかりだ。
「……別に」
別にって、何?
「……俺、まだあるし」
何があるんだよ……。
聞こえるのに、内容がわからなくてもどかしい。
「あの事言えば、必ずリョウの事あきらめるだろ……」
聞き間違い??
何で、ここでリョウの話が出るの?
あ、あの事って……一体なに?




