残酷な救世主3
新作です。
前の残酷な救世主3は2の後半部分につなげています。
「僕には、4つ上の兄がいたんだ。それが、よく出来た兄でね。何かにつけて長男だから、長男だからって……大事にされていたよ。」
初めて聞く、中野君の家族の話。
そういえば家庭環境が複雑だって、前に言っていた。
「兄のために何かをするのが当たり前で、僕の事はいつも後回し。兄の受験の時なんかは特にひどくてね。僕はいつも部屋にいたよ。ヘッドフォンを使わないと、テレビさえ観れなかったしね。」
白い息。
中野君は、小さなため息を吐きながら淡々と話した。
「勉強もできたんだろうけど、神経質な人だったよ……」
「……仲は良くなかったの?」
「4つも年が違うからね。話も合わないし……。何より、兄は僕の事が嫌いでね。」
中野君は、あたしの方を向き目を合わせた。
「兄は、僕のこの顔が嫌いなんだって。女みたいに白くて気持ち悪いってね。今はだいぶマシになったけど、小さい頃はよく女の子に間違われたよ。」
「そんな……。中野君はキレイな顔してるよ!あたしなんかより、ずっとキレイだよ!」
あたしは真剣にそう思って言った。
なのに。中野君はあたしの顔をチラリと見て、またどこか遠くを眺め始めた。
「兄は機嫌の悪い時、僕によく当り散らしてね。今でも、体のどこかにはその時の傷が残っているよ。頭がいいからさぁ、深い傷はつけないんだよ。親は、ただに怪我だと信じていたけどね。」
中野君は腕をまくり、その傷の一つを見せてくれた。
白い肌に、そこだけ斜めにひきつったような痕。
静かにそっと触れると、そこだけが異質な手触り。
「頭にも、足にもあるよ。体の方はお見せできなくて残念だけど。」
中野君はおもしろがって言ったみたいだけど、あたしは笑えなかった。
ただ、会ったこともない中野君のお兄さんへの怒りがふつふつと沸いていた。
「お母さんに言わなかったの?」
「信じないよ。それに言っただろ?家は長男が一番だって。」
「そんな……」
「それに。いじめられてるなんて、言えますか?親には隠すんじゃないですか?木村さんだって、そうでしょう?」
「そう……だけど……」
中野君は、めくっていた袖を下ろし腕をしまった。
「帰りましょうか」
何事もなかったみたいに、元の顔に戻っていた。
「中野君……」
何か言わなきゃと声を掛けたけど、迷っているうちに中野君が話しはじめた。
「木村さん。なんで、柴田君とつきあっているんですか?」
「え?」
柴田とキスしたから。頭にそう答えが浮かんだけど……そんなの理由じゃないか?
「流されてなんとなく……じゃないですか?」
「ええっ」
そう言われれば、そうかもしれない。
「木村さん。好きな人に振られるのと、好きでもない人とつき合うのどっちがいいですか?」
「何?それ。振られるのは嫌だけど、好きでもない人とつき合えないよ。」
あたしがそう答えると、中野君は夜景の見える崖の端までゆっくりと歩いていった。
「僕は、木村さんが好きです。つきあってくれないと、僕はここから飛び降りてしまいます。」
「ちょ、ちょっと!何やってるの!」
「考えて、木村さん。」
「……中野君の事、嫌いじゃないし。そう言われたらつき合うかもしれない」
「やっぱり」
中野君は崖からゆっくりと戻り、車に向かった。
「帰りますよ。好きでもない人とつきあえる、木村さん。」
「な、なによー!そんなのそっちがズルしたんじゃん。」
ドアを開けて車に乗り込む。
帰りの車の中。
あたしは、中野君に言われた事を考えていた。
中野君のお兄さんの事。
あたし自信の事。
柴田とつきあったのは、柴田があたしの事を思ってくれていたから。
好きかどうかは……。
中野君は途中で、あたしに飲み物を買って来てくれた。
なぜか、冷たいペットボトル。
中身はスポーツドリンク、ビタミン入り。
「木村さん。あんまり悩むと皺がとれなくなりますよ。」
運転席から中野君が言う。
あたしは、あわてて顔を押さえた。
「それから……。それ、飲んでくださいね」
「あぁ。ありがとう。いただきます」
でも、なんでスポーツドリンク?
「木村さん。頑張ってくださいね。」
「なにが?」
中野君は口の端で軽く笑っただけで、教えてくれない。
真っ直ぐ、前を向いて運転していた。
「もうすぐですよ。」
車は見覚えのある風景の中を走っていた。
「頑張ってくださいね」
今度は念を押すように言われた。
「だから、何?」
中野君はウインカーを上げ、車を止めた。
家までは後、数メートルある。
「柴田君」
「ええ!!」
「連絡しときましたから。心配して、何度も連絡くれてたみたいですよ」
恐る恐る前を見る。
家の前に人影。
「頑張ってくださいね。」
中野君はなぜかファイティングポーズであたしを見送って、自分はさっさとUターンして帰っていった。
夜道に、ふたりぼっち。
痴漢より怖いかも……。




