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残酷な救世主2

残酷な救世主3が短かったので2の後ろにつなげました。

中野君は、この前と同じようにあたしを車に乗せた。

行き先は……知らない。どこに行くのか聞かなかったし、中野君も言わなかった。

眼鏡をかけた、中野君は無表情のまま真っ直ぐ前を見ていた。

あたしは話をする気分になれなくて、下唇を軽く噛んだまま下を向いていた。


「落ち込むのは勝手ですけど……」


なかなかしゃべらないあたしに、中野君から話しかけてきた。


「うつむいていると、酔いますよ」

「はい?」


何かと思えば……。


「車酔い。吐きそうになったら、窓から捨てますよ。」


まったく。中野君は何を言わせても同じ口調。酷い事も、面白い事も。いったい、どういう神経構造なんだか……。


「捨てたくなったら、捨てたらいいじゃん。」


今日のあたしは、反抗的。いつものあたしはどこかに行って、卑屈なあたしが出てきてしまう。


「捨てられるのには慣れているから……とか言うつもりですか?悲劇のヒロインですね」


今日の中野君は、容赦ない。卑屈なあたしにイラついているのかもしれない。


「ヒロインだなんて……。あたしなんか、その他大勢。名前もない脇役だよ。」


どうせ、あたしなんて……。


「それが、3年前の木村さんですか。つまらないですねぇ。」


中野君は、眼鏡にかかる前髪をそっと指先ではらった。

外はもう真っ暗で、車内のライトが中野君の肌をより白く見せていた。


「あなたはもっと、根拠のない自信で動いている人だと思っていたのに」

「……ご期待に添えなくてすみませんでした」


やる気のないあたしは、ぶっきらぼうに答えた。

どうしようもない、マイナス思考。根拠のない自信と言われて、自分はそうだったのかなんてまた落ち込んで……。


「はっきり言ってあげましょうか?」


中野君はそう言うと、急にハンドルをきった。

さっきまでとは、まるで違う速度。

ギアにも触ったように見えたけど、よくわからない。

中野君の腕が、二本じゃないみたいな速さで動いたから。


「きゃっ」


思わず両手で、かばうように頭を押さえた。

体がガクッと横に移動し、耳にはタイヤが立てる音だけが響いた。


ドリフト。


なにかの車のテレビで観た単語が頭を過ぎった。

気が付いた時には、車は停まっていた。


「なんだったの……」


運転席の中野君は、何もなかったかのように正しい姿勢で座っている。


「何があったか知りませんけど。どうせ、男がらみでしょう。でも、彼らが木村さんに何をしました?何かしたかもしれませんが、木村さんに非はありませんか? 自分の事なんですから、自分でどうにかしないと。ぼーっとふらふらしていたら、他人の思うままになるんですよ。」

「そ、そんなこと……」


いつもとは違う中野君。意地悪なのに変わりはないけれど、本当の事をこんなにズバズバ言われても……。


「泣きますか。木村さん。泣いて言う事を聞いてくれるのは、木村さんの事を好きな男だけですよ。それも、下心があったら……」


そう言う中野君は、無表情なんかじゃなかった。怒っているような話し方なのに、微笑んでいるようだった。シートベルトをはずして、ゆっくりとあたしに近づく。


「煽られて、襲われちゃいますよ」


中野君の頬があたしの頬に触れた。最後の一言は、あたしの耳元でささやくように言った。静かな車内。中野君の唇の動く音さえ、聞こえるような静かさ。


ほぼ、同時に聞こえた金属音。

冷たくて、無機質な音。


シートベルト。


中野君は、あたしのシートベルトを外してくれていた。まるで、ささやく事よりそっちの方が目的だったと言わんばかりに。


「少し、外の空気を吸いましょう。車酔いされては困りますから」


そう言うと、さっさと車を降りて行った。

あたしは、何も言い返すことも考える暇もなかった。追いかけるように車を降りた。


「うわぁ」


前回、海に連れて行かれたと思ったら今日は山。

山といっても、山道というより緩やかな上りの道路だった。これじゃあ、気が付かないはずだ。あたしはうつむいていたから、外なんか見ていなかった。


ミニチュアの街。

ライトだけが点々と光って見える橋。

繁華街は、うるさいくらいに色とりどりの光の粒が並んでいる。

そこから離れていくほどに、光は少しずつ減っていた。

リョウの住んでいる所は、ここから見えない。

もっと、光が少なくて星がきれいなはずだから。

ここは地上ばかり明るくて、星は光の強いものしか見えない。


「木村さん。今日の僕は、なんだか残酷なようです。あなたを傷つけたくて仕方がない」


キレイな夜景。


暗闇の中、中野君はまた微笑んでいた。


下を覗けば、色とりどりの夜景が広がっているのに……。

彼が見つめているのは、その上の空間。

真っ暗で、星さえ見えない……そんな空。


「僕の事、聞かないんですか?」

「え……」


ゆっくりとこっちを向いた。

白い肌、大きな瞳。見ているようで、きっと誰も見ていないような……。


「木村さんが、いくら鈍感で騙されやすくても。そろそろ、気付いているんじゃないですか?僕に聞きたい事が、あるんじゃないですか?」


聞きたい事。

あったはずなんだけど……それは、聞いちゃいけないような気がする。

怖くて、聞けない。


ゆっくりと、風が吹いた。

真っ黒なあたしの髪が、風に吹かれて中野君の方へ流れていく。


「木村さんの髪は、どうしてそんなに黒いのですか。」


中野君は、ひとすじの髪を絡め取った。


「僕は、黒髪が嫌いです。まるで、自分で清楚だと言っている様で……。」

「そ、そんなんじゃ……。ただ。風紀の検査に、引っかかりたくないから。」


絡め取られた髪が、中野君の指の間をはらりと滑り落ちていく。


にぎやかな夜景。

ぽっかりと空いた夜の隙間。


あたし達は、何を話せばいいんだろう。


「木村さん。知ってますか? 幽霊にだって、理由があるんですよ。恨みとか、未練とか。せっかくだから、今日は昔話をしてあげましょう。」


中野君の目は笑っていなかった。

大きな黒目。

どこまでも真っ黒な、今日の夜空のようだった。


星さえ見えない夜空。


中野君は、相変わらず虚空を見つめたまま。

静かに話し始めた。




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