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疑惑の新学期2

「おう、木村。元気にしてたか?」


保健室の中。

茶色いソファが、低いテーブルを挟んで向かい合わせに置いてある。

片方に千葉ちゃんが座っていた。テーブルには、コーヒーのカップが二つ向かい合わせに置いてある。


「どうぞ、好きな方に座りなさい。」


結城先生は今日も完璧。爪の先まで手入れの行き届いた……大人の女。保健の先生なのに、長めに切り揃えられた爪は上品なピンクとホワイトのフレンチネイル。小原先生が見たら、なんと言うだろう?案外気付かないかもしれない。


あたしは千葉ちゃんの向かい側の席、結城先生の隣に腰掛けた。


「どうだ、木村。委員長として頑張っているか?……何か困った事はないか?」


千葉ちゃんはいつもの教師の話し方、さっき聞こえてきた声のトーンとは全然違う。さっきの方が気軽っていうか、砕けた印象だったんだけど。


「頑張っているかと言われても……。学校、自由登校ですから。あたし、何をしたらいいんでしょうか?」


千葉ちゃんの目を真っ直ぐ見つめる。


「そうだな。また、何か集まって考えたらどうだ?」


おかしい。何をしたらいいか聞いているのに、何か考えろって……。


「先生。ところで、保健室で何してるんですか?怪我とかじゃないですよね。」

「ま、まあな。その……あれだ。保健体育って言うだろ?それだよ。その打ち合わせだよ。」


テーブルの上にはコーヒーカップ。書類の一枚も置かれていない。保健の授業っていったら、プリントくらい使うでしょ?


「ふ~ん。そうなんだ。」

「じゃあ、俺は……。これで。そうだ、授業の準備しないとな。じゃ、木村。またな。先生はこれから授業に行くからな。」


手ぶらで、保健室を出て行く千葉ちゃん。打ち合わせだったら、手ぶらでくる?不自然だよ。


「まったく。千葉は大根ね。」


ため息をつくように、結城先生がつぶやいた。


「あなた、木村ちゃんだったわよね。」

「はい。」

「特別にコーヒーいれてあげるわ。さっきのコーヒー、もうぬるくて飲めないわ。」


カップを手に立ち上がった先生。動くと香る、甘い香り。甘い……。あの日のホットケーキとは違う、香水の香り。高そうな女の匂い。


「木村ちゃん。どう?がんばってる?」


どう?っていうのはクラスの事、それとも……。


「一応がんばってます。ウララも元気になったし。合宿の時も、夜は帰ってました。無理はしてないと思います。」

「そう。やっぱり、あなたに頼んで正解だったわね。」


先生はコーヒーをテーブルに置いて、さっきまで千葉ちゃんの座っていた椅子に座った。


「どうぞ。」


カップの中のコーヒーは相変わらず白くて、一口飲むと胸焼けしそうな甘さ。


「先生。いくらなんでも甘すぎです」

「あら?そう。木村ちゃん、男でもできたの?」

「なっ!!」


なんなの?この、恐ろしいほどの勘の良さ。あたし、この人を探ろうなんて絶対無理!


「いいわねぇ。初めての彼氏。でも、大変ね。あなたの彼氏。」

「ちょっと!なんで、彼氏が大変なんですか?」


先生はコーヒーを飲みながら、横目でチラリとあたしを見た。


「だって、木村ちゃん。カタそうじゃない。」

「へっ?」

「良く言えば純情。簡単に言えば、面倒くさい女。いいわよねー、子供は。大人になったらそんな事……。違うわね。そう言う話じゃないわ。」


結城先生はサラっと失礼な事を言って、勝手に話をやめてしまった。


「話は変わるけど、あの子どうしてる?この前、保健室に来た男の子。あの、無表情な子。」


無表情って言ったら、中野君じゃん。先生、まさか。


「中野君ですか?中野君は元気ですよ。合宿した時も、ちゃんと参加してたし。」

「そうなの?楽しくやってるの?」


楽しそうな顔はしてないけど、人をおもちゃにして遊んでる感じだから……。


「楽しいかどうかなんて、その人にしかわからないじゃないですか。見た目じゃ何にもわかんない……時もあります。」


人は、見かけじゃわかんない。


あたしは、白くて甘いコーヒーを一気に飲み干した。熱い液体が喉を駆け下りていく。


「はぁ。」


熱い、ため息。


「先生。実は、聞きたいことが」


探れないなら、直接聞いてみよう。あたしは、さっきの会話の意味を聞こうとした。


「木村ちゃん。中野君をよろしくね。それだけ。それだけ、お願い。」


結城先生が、頭を下げている。あの、高飛車で上から目線の先生が。


「あの、先生?聞きたいことが……。」


先生は急に顔を上げた。


「ダメ。ノーコメント。」

「はい?」

「知らないの、ノーコメント。悪い政治家がよく言うでしょ?」


ノーコメントくらい知ってますよ。高校生ですよ?つまり、聞くなってこと?


「先生。中野君は、嫌です。中野君は、すっごく意地悪です。まるで、先生みたい……。」

「何?木村ちゃん。それって、私の悪口?」

「……すみませんでした。」


結城先生、中野君。つながらないなぁ。二人は何か、関係あるのかしら?


「木村ちゃん。ちょっと長居し過ぎじゃないの?用の無い生徒に長居されちゃうと、あたしの評判も下がるでしょ?」


右手をフリフリ。帰りなさいの合図?


「わかりました。先生って、先生なんですか?本当に。」


高飛車だし、派手だし、勝手だし。


「失礼ね。でも、木村ちゃん。あなた、面倒臭い女だけどすごくいい子ね。また、いらっしゃい。」

「……失礼しました。」


あたしは、立ち上がりドアの方へ向かう。なんだかどっと疲れが……。


「気になるなら、探偵ゴッコでもしなさい。答えは自分で探しなさい。」

「えっ。」


振り返ると、先生は笑っていた。


「またね。木村ちゃん。」


手を振る右手は、バイバイじゃない。

まるで、犬でも追い払うようにシッシって振っていた。

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