疑惑の新学期1
お正月も終わり、また普段通りの生活が始まった。
テレビもいつも通り。特別番組が消え、連ドラが始まった。
冬休みの間、あたしは柴田と時々会った。マナは年末年始を取り返すように、バイト三昧。うららとイッキからは、お見舞いの電話があった。以来メールのやり取りをするくらいで、会う機会はなかった。リーゼント、じゃない後藤君は具合の良くなった犬のロッキーの写真つきメールを送ってきた。おじいちゃんと言ってたけど、おじいちゃんには見えない。かわいい、ミニチュアダックスだった。山崎君からは、年賀状。しかも家にあったものを使ったのか、差出人の所に歯科医院の名前がプリントされていた。直筆で、「元気ですか?」の一言が添えられていた。
リョウとペコからは、何の連絡もなかった。
もともと、ペコは携帯やメールをあまりしない。用事がないと、メールはしてこない。
たしか簡単な用事はメール、メールのやり取りが長くなりそうな時は携帯。そう使い分けているって言っていた。きっと、ペコはあたしに用事がないのだろう。だから、連絡がないのだ。
「学校どうしようかなぁ」
3年生以外は、授業が始まっている。あたしは吊るされたままの制服を見ながら、行くかどうか迷っていた。
「する事ないしなぁ……」
クリスマスパーティ、合宿。次に目指す事が見つからない。さて、どうしよう?
ふと、制服に目をやる。この制服もあと、2ヶ月かぁ。今まで、毎日着ていた制服。2ヵ月後には、着れなくなる。卒業して制服を着るなんて、ただのコスプレにしかならない。
「今のうちに着るか……な。」
いつも通りの制服。先生のチェックが入っても大丈夫。あたしはいつも、真面目な着こなし。
急ぐ必要はなかったけど、いつもより遅い時間に通学するのはサボっているみたいで性に合わない。駆け足で出かけた。もう、じゅうぶん遅刻していたけど。
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学校についた時、他の学年は授業中で3年生の下駄箱だけが空っぽ。
もしかして、誰もきていないかも。
あたしは職員室を覗き、千葉ちゃんを探した。
「しつれいしまーす」
小さな声で呟き、職員室を覗く。
「何か用ですか?」
「いえ。あの、千葉ちゃ……千葉先生は?」
ヤバイ。国語教師の小原先生だ。年齢不詳の独身女性。平安時代かモナリザか、前髪のないロングヘアが恐ろしい。
「千葉先生?何の用?まさか……」
「いえ。違います。私用じゃありません。雑用を頼まれていたので。」
小原先生は、結構な年に見えるのに結婚していない。そのせいか、生徒の色恋に厳しい。千葉ちゃんなんて、いつも目の仇にされている。千葉ちゃんファンの女子生徒なんて、怒られっぱなしだ。
「そう。まぁ、あなたは大丈夫よね。」
あたしは、小原先生の授業を真面目に受けていた。みんなが捨ててしまいそうな参考程度のプリントも、きちんとノートに貼り付けていたくらい。多分、あの頃に先生の信用を得たのかもしれない。それ以来、注意される事はなかった。
「千葉先生なら、保健室に行ったわよ。」
「ありがとうございます。失礼します。」
小原先生のいる職員室に、長いは無用だ。あたしはすぐに、職員室から出ようとした。
「木村さん。」
なぜか、小原に呼び止められた。
「あなた、合格決まってるわよね。先生のお手伝いをするのは良い事だけれど……。校舎をうろうろするのは良くないわ。まだ、受験中の生徒もいるのよ。少しは配慮しないと。」
「配慮……ですか?」
小原先生は静かに、何度もうなずいた。
「空き教室の作業なんて、業者にやらせればいいものを。わざわざ男子部から生徒を連れてきてまでやる事かしら?まったく。」
「はぁ……。」
「まぁ。歴代の生徒が使ってきたものだから、生徒の手で片付けさせろだなんて。学園長ったら……。ケチなのかしら?まぁ、もういいわ。行きなさい。男子は別棟から出ないように。木村さん、千葉先生は頼りにならないからあなたに頼んだわよ。こっちの校舎に男子は入れないでよ。」
ぶつぶつと、小原先生は小声で何か言いながら職員室に戻っていった。
「しつれいしましたーっと」
残されたあたしは、小原先生の言葉を繰り返し考えていた。
空き教室の作業。片付け。学園長はケチ。男子は入れるな。配慮。
「んん?」
なんだろう、小原先生。共学クラスの件から、外されているのかな?まさか、知らない?
「う~ん。あ、千葉ちゃん。」
そうだ!千葉ちゃんを探していたんだ。千葉ちゃんに聞けば話は早いじゃん。
あたしは、千葉ちゃんに会うため保健室に向かった。もちろん、配慮しながら。他の生徒に見つからないように、足音を立てず。静かに隠れながら。頭の中には、いつか観たスパイ映画の音楽。
背中を壁に、両手をひろげ機敏に動く。
知らない人が見たら、お馬鹿な3年生だと思われそう。あたしは今、結構ノリノリだ。
本校舎を抜け、保健室のある別棟へ向かうと急に静かになった。歩くと擦れる制服の音さえ、気になるくらい。誰もいないような静けさ。
保健室はすぐそこだ。
あたしはドアをノックしようとした。
「……無理だよ、これ以上。」
あたしはノックしようと握った手を、ドアにぶつける寸前で止めた。
中から千葉ちゃんの声が聞こえたから。いつもの軽い明るい声じゃない。普段の先生と違う。もっと砕けた感じの声。
「他に、方法があるの?お父様にも了解を得ているのよ。私は、あのクラスに賭けるわ。」
高飛車な物言い。結城先生だ。千葉ちゃんと結城先生。二人は一体……。
「絶対、死なせないわよ!」
絶対死なせない。何?それ。ここは学校の保健室だよ?救命病棟じゃないよね……。死なせないって、なんだ?
「しょうがないなぁ。俺も、共犯かぁ……。」
諦めたような、千葉ちゃんの声。この話……。秘密なんじゃないの?共犯って言ってたよね!
静かな保健室。
あたしは、何か聞いちゃいけない話しを聞いてしまったんじゃ……。ゆっくり、ゆっくり保健室のドアから離れた。音を立てないように、廊下の端まで移動する。心臓がばくばくとしている。耳の鼓膜からも、その音が聞こえてきそうな……。
「はぁ……。」
どうしよう。二人の会話が、頭の中をぐるぐる回っている。
「よし。」
あたしは廊下の端から、改めて歩き出した。もちろん、保健室に向かって。今度は、わざと音を立てて。
小走りにパタパタと、スリッパの音を響かせて。カバンをわざと揺らして、持ち手の金属音をさせながら。
「せんせーい」
ドアの前で呼びかけながら、ノックする。
結城先生の返事が聞こえてきた。さっきとは違うトーンの声。
「あら。久しぶり。」
中から出て来た結城先生は、いつもどおり余裕のある笑顔。
絶対、怪しい。何かある。
あたしは、好奇心でいっぱい。
二人を探ってやろう。そんな、思惑を胸に。保健室に乗り込んだ。




