ギリギリベッドタイム
1月1日。お正月。
そう、お正月。餅つき大会当日。
なのに…。あたしは、母親の運転する車に乗っている。
窓の外は、延々と続く緑色の景色
「ほんっと、子供なんだから。泊まりに行って熱出しちゃうなんて。はしゃぎ過ぎたんじゃないの?」
後部座席に座ったあたしは、恨めしそうに外を眺めている。
「湊くんが連絡してくれたから良かったけど。あんた、黙って居続けるつもりだったでしょ?母さん、お見通しだからね。」
そう言って、ミラー越しにチラリとあたしを見た。
「はいはい。」
だって、熱っていっても微熱だよ?それをあの柴田のやつ…。勝手に親に連絡して!もう、許せない。あのまま参加して、今頃もちでもついていたのに…。あ~悔しい。ていうか、昨日の深夜徘徊。きっとあれが原因だ。朝になってあたしは、熱を出した。軽い微熱。当然黙っているつもりだったのに、柴田のやつ…。すぐに見破って、親に連絡しちゃった…。
「行きたかったなぁ~。」
リョウにはあの後、一度も会っていない。除夜の鐘つきには、参加していたらしいけど。公民館には泊まらず、自分の家に帰ったらしい。あたしはリョウとケンカしたまま、宙ぶらりんの状態だ。
「仲直りするタイミングなくしちゃうじゃん。」
ちゃんと、リョウと会って仲直りしたかったのになぁ…。
「何?何か言った?」
「…べーつーにー。」
母さんじゃないって。
「あらやだ。ふて腐れちゃって。」
「だってー。何で迎えになんか来るの?来るならあたしに連絡してから来てよ!」
母さんは、柴田から連絡を受けてやってきた。あたしはその事を、母さんが来るまで知らなかった。
「何言ってるの?ゆいは、すぐ隠すでしょ?肝心な事はな~んにも言わないんだから。そんな事より。どうなの?」
「なにが?」
不機嫌な顔でミラーを見ると、母さんは不敵な笑いを浮かべている。
「ゆい。湊くんとつきあってるんでしょ?」
「はぁ!?母さん何言ってんの?ていうか、そんな話家族にするわけないでしょ!」
「あら?そうなの。いいじゃない、湊くん。男前になってきたじゃない。あの子は、いっつもあんたの心配ばっかりしてるんだから。」
「はいはい。なんかもう、どうでもいいわ…。」
あたしの心配ばかり、かぁ。保護者みたいじゃん。うん。そうだ。保護者だ。柴田は彼氏というより、保護者だ…。
あたしは母さんとの会話が面倒になり、目を閉じた。寝たふり。いろんな事があり過ぎて、正直疲れてしまった。
****************
次の日。
さっそく、柴田がやって来た。まぁ、予想はしてたんだけど…。
ただ、タイミングが悪い。両親は、柴田と入れ替わるように出かけてしまった。家の両親は、お正月は親戚の家に出かけてしまう。帰りは夕飯の後。つまり、夜まで帰ってこない…。
部屋に柴田と…ふたりきり…。
ヤバくない?
だって。あたし、ベッドで寝てたんだけど…。
「具合はどう?」
なんて、柴田は優しく尋ねる。けど、そこあたしのベッドなんです。そんなところに腰掛けて見下ろさないで…下さい、よ。
「ぜ、ぜんぜん。大丈夫。超元気。」
「嘘。」
嘘じゃないんだけど。本当に昨日は微熱だったし、今日は朝から熱出てないし!
「熱…ないよ。」
「そっか。良かったな。」
なんだろう。この緊張感。あたしが、ひとりで緊張してるだけなんだけど…。
「何?」
「ゆい。何か変じゃない?」
「どこが?」
あたしはそう言いながら、掛け布団を引き寄せできるだけ柴田との距離を取ろうとした。
「まさか、警戒してる?」
はい。なんて言ったらどうなるかしら?部屋にふたりっきりなのよ!警戒するわよ!だって、ただの幼なじみじゃないじゃない。もう。
「いえ。別に。」
目をそらしてうつむきたい所だけど、隙を見せるのも危ないのかなぁ??
「ゆい。」
「ひっ。」
柴田が動いた瞬間、ベッドの隅に逃げたあたし。やだ、気まずい?
「お前。絶対、なんか考えてるだろ?」
「なーんにも考えてないけど?」
沈黙。
「絶対、俺を警戒してる。正直に言ってみろ。言わないと、何かするぞ。」
「やだ。」
「じゃあ、知らないぞ。」
柴田の手が伸びてくる…。
「い、言います!!」
柴田は伸ばした手を、元に戻して腕組みをした。
「よろしい。言いなさい。」
「じゃあ、言うから離れて。」
あたしは部屋の隅を指差した。
「はぁ?お前、彼氏に向かってそれはひどくないか?」
「いいから。じゃないと話しにくい。このままだと熱が出そう。」
しぶしぶベッドから離れる柴田。
「ほら。早く言え。」
「言えって言われても、別に何もないんだけど~。」
「じゃあ、なんでお前は俺を警戒してるんだ?」
「だって…。」
この前の事思い出しちゃって…。あっ!あたし大事な事忘れてた!
「女!柴田の女!どうするの?あたし、知らないからね。二股とか嫌だし。あれ、彼女?そうだったら、あたし申し訳ないじゃん。」
そうよ、そうだった。柴田の家の前で、イチャついていた女!あれ、だれ?
「だから、何でもないって。関係ない女。ちょっとした知り合いだよ。」
「うっそだー!知り合いと外でイチャつくの?そんな文化日本にはないわよ!あぁ。もしかして、遊びの女?ヤダ。怖いよ~。この人、遊びの女がいるよ~。」
腕組みをしたままの柴田。都合が悪いのか、黙っている。
「そうだよ。」
「ええっ?」
「遊びの女だよ。俺は誰ともつき合ってこなかった。全部、遊びだ。」
言い切ったよ…。なんだか、柴田のイメージじゃなくって…。ちょっと怖い。なんだろう。柴田は昔からいいやつだと思ってたのに…。遊びで女とつき合っちゃうんだ。
「でも、ゆいとはちゃんとつき合いたい。だから、遊びの女は全部切った。」
いつの間にか、柴田はベッドサイドにいる。
あたしは、想像もしていなかった柴田の言葉に驚いている。優しい、湊くんだったのに。
「遊びの女って何?向こうはそれでもいいの?なに。遊びって。遊びってなんなのよ。そんなの…知らない。」
柴田の事がわからない。
あたしの知ってる、柴田じゃないみたい。
ベッドサイドの柴田。ベッドの隅にいるあたし。
何か起こりそうなギリギリの距離。ギリギリの攻防戦。
あたし。どうなるの?
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