スマイル★キティ
公民館のドアを静かに開ける。
なんだか後ろめたい思いのまま、あたしは柴田と帰ってきた。
そっと、そおーっと。
どうせ見つかっちゃうに決まっているんだけど。
なんだろう?この説明のつかない、後ろめたさ。
「なぁ~に?こそこそしちゃって。」
玄関には、仁王立ちしたマナ。横には、涼しい顔をした中野君。
部屋の中から、イッキと山崎君が顔だけ覗かせていた。
「ふ~ん。二人で帰ってきたんだ?あれ?おっかしいな~。リョウ君から連絡あったのっていつだっけ?」
わざとらしい口調のマナ。
あぁ。もう…。
「1時間前です。」
携帯を見ながら、やっぱり涼しい顔の中野君が答えた。
「リョウ君の家から、ここまで1時間もかかっちゃうの~?」
「ゆっくり歩いても15分です。」
あぁ。きっと中野君、グルだ。今日はいつもの無表情よりも、イキイキとしてる。意地悪な目をしてる。
「あれぇ?じゃあ45分間、二人で何してたのかなぁ?こんな冬の夜に!」
「マナさん。それは、やっぱりアレですよ。アレ。」
どうしちゃったの!?中野君!マナとの小芝居、ノリノリじゃないですか?
「えぇ?そうなの?ゆいちゃん…。マナをおいて大人になっちゃって…。マナ。悲しい。」
どこまでも芝居を続けるふたり。何だか、あたしのいない間に仲良くなっちゃって。
「もうそれくらいでいいだろ?ゆい。早く暖かいところに行って。体が冷えてる。」
柴田はなんだか余裕で、あたしをひっぱり部屋につれていく。
「ちょっと!本当に?ゆい、柴田君と…。」
マナがそう言い掛けると、みんなの視線が集中した。
…視線が痛い。
「そう。ゆいは俺とつきあう事になったから。」
あっさり。柴田はそう言った。何だか変な言い回し。
あんまりにもはっきり言うから、みんな驚いてこっちを見ている。
視線が…痛い。
「そっか~。マナ、最初から怪しいと思ってたの。そうよね。幼なじみだもんね。うんうん。手堅い感じで、お似合いじゃない?」
「そうよね。私もそう思うわ。木村さん、おめでとう。」
なぜか、みんな祝福モード。
「委員長。ハーレムじゃなくても、クリアーですね。まぁ、良かったんじゃないですか?」
何か、カチンとくる山崎君。
中野君は何もコメントしなかったけど、怪しい笑顔でこっちを見ていた。
これって笑った事にはならないのかしら??
ぼんやりする頭を抱え、みんなで歌合戦を観た。
今頃、格闘技はどうなったのかなぁ?
メインの試合が終われば帰ってくるのかなぁ?
リョウの首筋のキレイなライン。ペコの茶色くてふわふわした髪の毛。
歌合戦の間中、そんな事を考えていた。
***************
「さぁ!そろそろ行くわよ!」
暖かい部屋の中。
睡魔と闘っていたあたしに、容赦なくマナの声が響いた。
「あれ?ゆい。眠いの?鐘の時間よ!」
ハイテンションのマナの声が、頭にキンキンと響く。
あ~。頭痛いかも。
「鐘?」
鐘、鐘。
除夜の鐘?叩けばあたしの煩悩、吹き飛ぶかしら?
「ゆい。具合でも悪いのか?」
馴れ馴れしく、柴田がおでこを触る。
「ううん。ちょっと疲れた。眠いし。」
「大丈夫?ゆい。じゃあ、留守番する?ひとりだと寂しいよね…。」
「いや。大丈夫!ひとりの方が寝れるし。」
とっさに言葉が出た。柴田とふたりきりにされる気がしたから。
「俺も、残るよ。」
やっぱり。
「いいから。柴田は行ってよ。ふたりだと緊張するから、寝れない。あたしの分も鐘をついてきてよ!」
なんとか、理由をつけてみんなを送り出す。
柴田のかわりにイッキが残ろうとしたけど、それも断った。
除夜の鐘なんて、今日を逃したらいつつけるかわからない。
だから、行って欲しかった。
みんなが出て行った後、部屋にはあたしひとり。
合宿も、明日で終わり。
最後に神社の餅つき大会を手伝ったら、この町ともサヨナラだ。
「おばあちゃんに、お礼言わなきゃ。」
リョウとふたりで食べた山盛り、ホットケーキ。
自転車を乗り回した、田舎道。
思い出がたくさんできたなぁ。
こもった鐘の音。
除夜の鐘の音が聞こえてきた。
きっと、みんな交代で鐘をついている頃だろう。
この鐘の音を全て聞き終えたら、あたしの煩悩はどこかへ行くかしら?
なんちゃって…。
「きゃっ。」
ひとりぼっちの部屋に、携帯の着信音が鳴り響いた。
「あ、あたしの携帯。」
急いで確認すると、中野君からだ。
「もしもし。」
「木村さん。今、ひとりですか?」
ひとりだと、わかって電話してきたくせに。
「なぁに?中野君、今日はすっごくご機嫌だったじゃない。」
「そんな事ないですよ。ただ、おもしろくなってきましたね。」
どこが…。
「木村さん。お人好しですね。」
「なに?いきなり。」
「どうして、柴田君とつき合う事にしたんですか?」
どうしてって…。だって、柴田はあたしの為に…。ずっと想ってくれてたし…。
「そんなの、中野君に言わなくていいじゃん。」
「木村さんは誰が好きなんですか?」
そんなの…わかんない。
「中野君。中野君は、一体何を考えているの?」
「別に。ただ、腹黒い人間は僕ひとりで十分なんですよ。」
ひとりでって。ひとりじゃん。
「わかりませんか?」
「はい。」
携帯の向こうから、ため息が聞こえる。
「しょうがないですね。今日はこれくらいにしておきましょう。」
「ちょっと!中野君。」
肝心な事は教えてくれないの?
「木村さん。あなたのおかげで、少し楽しくなってきました。お礼に…。」
「何?」
「僕もキャラを変えようと思います。腹黒いキャラは、ふたりもいらないでしょう?」
「じゃあ、中野君何になるの?」
だから、中野君以外の腹黒い人ってだれ?
「もっともっと…。腹黒い人間ですよ、僕は。」
「はいはい。それであたしはとりつかれているんでしょ?」
押し殺した笑い声。
「ねぇ。今、笑ったでしょ?」
「いいえ。木村さん。あなたは本当におもしろい人だ。」
そう言って電話が切れた。
中野君は結局、何が言いたかったのだろう?
腹黒い人間。あたしの事はお人好しって…?
「あ~もうわかんない。」
携帯をたたんで、テーブルに置く。
「あっ。」
ストラップのキティ。リョウからもらったもの。
あたしは、バッグから油性ペンを取り出しテーブルに向かう。
リボンをつけた無表情なネコ。リョウも言ってた。ポーカーフェイスは腹黒いって。
無表情のキティ。まるで、中野君。
あたしは油性ペンで、キティに口を書いた。
強引なスマイル。
「絶対、中野君を笑わせてやる!!」
除夜の鐘を聞きながら、煩悩だらけのあたしがいた。




