優しい散歩道3
デート。
デート?
「デート!?」
思わず、大きな声でリピート。
田舎でよかった…誰にも聞かれていない。
「そう。デートしようぜ。駅まで。」
「駅まで?」
「うん。そこから、また公民館まで。ついてきてよ~。ゆいちゃ~ん。」
ん?
ここから駅まで。駅から公民館まで。これって…。
「俺、ひとりで行きたくないんだよー。さっき、後藤に自転車貸しちゃっただろ?あれ、取りに行かないと…。すっげー不便じゃん。」
「あー。あれ。」
なーんだ。
ひとりで行きたくないだけじゃん。
「ひとりでこんなとこ、ずーっと歩くのたいくつだしさぁ。お前がついてきてくれたら、たいくつはしないし。それに…。ここからひとりで帰すわけにもいかないし。」
それって、デートじゃないじゃん…。別に…いいけど。
「わかった!ついて行けばいいんでしょ。…ほら。行くんなら、早く行くよ!」
「おいおい!そっちじゃなくて、こっち!」
なんか、ムカつく。
あたしは、リョウを置いてさっさと歩き出す。
何がデートだ。やらしい言い方しちゃって!
「木村!」
「…なんか用?」
「あれぇ。怒ってる?とか?」
「怒ってませんけど。」
「それって怒ってるよねぇ?」
「ぜんっぜん。怒ってません。」
早足で歩くあたしを、リョウが横から覗き込む。
「もしかして、期待してたとか?」
「はぁ?」
「デートしたかったの?」
な、なんて事を言うの!この男は…。もう、頭にきた!
あたしは立ち止まり、リョウの顔をにらみつけた。
「全然したくありません。ちょっと、ほーんのちょっとだけ顔が良いからって調子に乗らないで下さい。あたしはあなたの事なんて、これぇーっぽっちも想っていませんから!これまでたーっくさんの女の子に言い寄られたかもしれませんが、あたしは違いまーっす!」
丁寧に、早口で言い返す。
リョウの事なんか…ぜんっぜん何にも想ってないんだから。
「顔が良いから、調子にのってるだとー?お前に、俺の何がわかるってんだよ!お前なんか、幼なじみだとか友達に守られてばっかなんだろ?どうせひとりじゃなにもできないくせに!」
…ひとりじゃ何もできない?
…守られてばっかり?
何言ってるんだろう?
この人、あたしの事なんか何も知らないくせに…。
「おい。どうした?…言い返さないのか?」
急に勢いをなくして、黙り込んだあたし。
「どうしたんだよ…。おい!」
リョウも、あたしの変化に戸惑っているみたいだ。
でも…あたしは。
力が抜けていくように、感情がなくなっていく。
「帰る。ひとりで。」
くるりと向きをかえ、歩き出す。
もう、何も話したくない。
「帰るって…。」
リョウが何か話しかけるけど、そんなのどうでもいい。
今は何を話したって無駄だ。
あたしは振り返らなかった、一度も。
リョウの顔も見たくなかったし、あたしの顔も見せたくなかった。
************
寒いとか、疲れたとか。
そう思う事すら、面倒臭い。
あたしは、ただ頭を空っぽにしていたかった。
規則正しく、歩く。
田舎の道はどこまでも続いていて、邪魔な音も邪魔な景色も何もない。
冷たい風と、澄んだ空気。
…鼻の奥がツンとする。
「いーいーんーちょーうー!」
遠くから、呼ぶ声が聞こえる。
振り返った瞬間、ピンク色の世界。
「うぐっ!」
顔面にピンクの塊。
い、息が…苦しい…。
「あ、ごーめんなさーい。死んじゃう?」
息が出来ないあたしは、この塊をどうにかしようと顔を動かす。
「ぷはっ。」
「あ、生きてる~。」
そこにいたのは…。
「ペコ!」
「せーいかーい♪」
元ヤン…じゃなかった。元やんちゃな女の子。
「し、死ぬかと思った。これ、何?」
あたしの顔面を覆っていた、ピンクの物体。
それは…。
「これ?めんたい子ちゃん。」
明太子?あの、辛いやつ?
「でも、これピンクだよ。たらこじゃ…。うぎゃ!」
ピンクの世界。再び。
く、苦しいんですけど…。
「ぷはぁ。…めんたい子ちゃんで、正解だと思います。」
「でしょう?ペコこれがないと、寝れなくって。」
めんたい子ちゃんは、ピンク色のふわふわの生地。
明太子というより、ただの細長いピンクのクッション。
もしかして、凶器じゃないの?
さっきみたいに、端っこを持って振り回すと…。立派な凶器だよ!
「でも、なんでペコはここにいるの?」
たしか、おばさんの車で駅まで迎えに行ったはず…。
「途中で、ケンカしてるバカップルを見かけちゃったのよ~。で、もうひとりのバカップルの片割れは今頃…。」
「いまごろ?」
「ウララとマナの説教部屋行きよ♪」
ウララとマナの説教部屋って…。
「車で通りかかったから。事情を聞いて、ペコがリョウ君とチェンジしたの。ほらあそこに自転車。」
ペコの指差す方には、無造作に乗り捨てられた自転車。
なんだか、ちょっと気の毒。
「リョウ君は、そのまま車にのったから…。多分、おばさんにも怒られてるんじゃないの?あっちは地獄だねぇ。」
…確かに。
「じゃあ。帰ろう。もう、いいでしょ?」
ペコは自転車のカゴに、めんたい子ちゃんをつっこみ自転車を起こした。
「後ろにのったら?」
「…うん。」
ペコと2人乗り。
リョウと違って、やわらかい。
細い肩も、茶色くてふわふわとした髪も。
「チャリなんて久しぶりー!」
ペコは愛らしくて、カワイイ。
おまけにやんちゃで…素敵だ。
あたしには無い、魅力がいっぱいだ。
「ちゃんと笑顔で帰るんだよ~。」
「…うん。」
「やっぱ、笑顔じゃなくてもいいや。」
「なんで?」
ペコはちらりと後ろを向いて、あたしと目が合った。
「バカップルが破局したら、柴田君が喜ぶ。」
そう言ってニヤッと笑った。
「小悪魔みたい!」
あたしがそう言うと、
「だーれが小悪魔だってぇ?男の間でフラフラしてるのは、小悪魔じゃないの?」
男の間でフラフラ…。
「な、なにそれー?」
「ペコが小悪魔なら、委員長は大悪魔。サターン!」
そう言ってスピードを上げた。
「サターン!」
「サターン!」
誰かが聞いていても、まぁいいや。
あたしとペコは、怪しい宗教のようにサタンと繰り返した。
別に意味なんかないけど、おもしろいからいいや。
めんたい子が赤でもピンクでも、大差ないように…。




