優しい散歩道2
もうすぐ公民館に着く、そんな時。
「おい。ちょっと待て、あれ!」
急にイケメンが立ち止まった。
「なぁに?」
「ちょっと、隠れろ。あいつ何か様子、変じゃね?」
隠れろって言われても…。田舎は障害物が少ない。とりあえず、木の陰に隠れてしゃがむ。
「何?あれ、後藤君じゃん。えーでも何してるんだろう?」
荷物を持ったまま、行ったり来たり。時々、上を見上げたりうつむいたり。
「全然、わっかんねー。」
木陰で隠れたまま、2人で顔を見合わせる…。
顔の距離が…近い。
「…甘いな。」
「えっ?」
急にイケメンは黙り込んだ。
「あー。これか。」
そう言うと、いきなり表情がほぐれた。
「甘い匂いがするな~って思ってたけど、お前じゃなくてホットケーキかよ!いや、お菓子みたいな匂いのする女って今までいなかったからさ~。なんだろ~って。」
「ちょっと!何でもあたしのせいにしないでよ。それに、今までって…。」
どれだけ、女がいたのよ…。
「シーッ!気付かれるって。」
口元に指を当てたまま、また顔が近づく。
「わかった!わかったって!」
わかったから、これ以上近づかないで。そっちはいいかもしれないけど、こっちは至近距離で顔を見られたくないの!…また他の女と比べられそうだもん。
「ねぇ。リョウ。」
「うん?」
「何であたし達、隠れなきゃいけないの?」
「…。」
「直接聞こうよ。じゃないと、こっちが不審者だよ。」
「…だよな。」
ゆっくり木陰から出る。隠れていた事がバレないように2人で、今来ました!って感じを装う。
「あ、あれぇ?後藤君。終わったのぉ?」
「お、おう。」
う~ん。不自然だったかなぁ?
あたしとリョウは、ぎこちない芝居をしながら後藤君に近づく。
「うわぁ!い、い委員長。」
驚いて、荷物を手から落とした。なんだか…怪しい。わかりやすいくらい動揺している。
リョウは荷物を拾い、後藤君に手渡した。
「…帰るのか?」
後藤君は軽く頭を下げ、荷物を受け取った。
「いや…そのぉ…。」
はっきりしない。
「どうしたの?用事ができたとか?強制じゃないんだから…はっきり言っていいよ。」
後藤君は、うつむいたままだ。
「あ、あのさぁ。リョウがいると話しづらいとか?」
「い、いや。そんな事ないっす。」
「じゃあ…。」
公民館の近くで、うろうろしていた後藤君。荷物を持ったまま…。もしかして、帰るかどうか迷ってる??
「ねぇ。後藤君。これ、ホットケーキ。さっきもらったんだけど、どこかで一緒に食べない?ここにいても…みんな帰ってきちゃうよ?」
提案と脅迫。
「えっ…。どこに行くんですか?」
「リョウ。どこかない?」
リョウはくるりと自転車の向きを変え、
「こっち。」
と言って歩き出した。
あたしはお皿を抱えたまま、後藤君は荷物を持ったまま後に続いた。
リョウは自転車を押しながら、右手で忙しそうに携帯をいじっている。
全く…。モテる男は忙しいんだから。
「おい。荷物、チャリにのせてやるから。そいつのお皿、代わりに持ってくれないか?」
「あ、うん。」
後藤君は荷物をリョウに渡し、あたしの山盛りホットケーキのお皿を持ってくれた。
「ちょっと、段差があるから。木村。気をつけろよ!お前コケるなよ。」
「はいはい。大丈夫だよ。」
リョウが連れて行ってくれた場所は、小さな土手だった。そのすぐ下には、水のキレイな寒そうな川が流れていた。
「俺、飲み物買ってくるから。木村。話聞いとけよ。みんなにはメールしといたから、散歩してくるって。」
「わ、わかった。」
あたしが、後藤君の話を聞けって事だよね。
「じゃあな。委員長。」
自転車が遠ざかる。自転車に乗っているリョウは、なんだか学校にいる時と雰囲気が違う。さわやかっていうか…すごく生き生きしていて…。好青年?みたいな。
「なんか…寒いのに…俺。迷惑っすよね。」
はっきりしない、後藤君。一体何をそんなに…。
「はい!おばあちゃんのホットケーキ。もう冷めちゃったけど。優しい味がするよ。」
1枚取り出して半分にちぎる。半分を後藤君にくわえさせて、もう半分をあたしが一口食べた。
「おいし。」
後藤君は口にくわえたまま、あっけにとられている。
「ああ!ゴメン。ちょっと下品だったかなぁ。手づかみで食べるなんて…。しかも…手洗ってないや…。」
「!」
一瞬、後藤君は驚いた顔をした。でもそのままホットケーキを食べた。半分のホットケーキはすぐになくなっていった。
「だ、大丈夫?」
「平気っス。おいしいです。委員長…優しいっス!」
「なんだぁ~それ。変なの。」
思わず笑ってしまった。後藤君は少し恥ずかしそうだった。
「ねぇ。迷ってるの?」
あたしは話を切り出した。
「…そうっすね。」
「何かあったの?」
うつむいた、後藤君。
「あのね。迷っているんだったら、話聞くよ。それに…。」
後藤君は知っているのだろうか?
「ここ、電車少ないから。はやく決めないと、電車なくなっちゃうなんて事も…。」
「ええっ!!」
後藤君は驚いたのか、大きな声。
「俺…。帰っても大丈夫ですか??」
あ、帰りたいんだ。あたし達に気を使って言い出せなかったんだ。
「大丈夫だよ。誰も無理に引き止めないよ。」
「俺の…。家から電話があって…。具合が悪いって。」
「家族が具合悪いの??大変じゃん。すぐ帰んなきゃ!」
どうしよう。リョウに言わなきゃ。
あたしは早くリョウに伝えたくて、辺りを探す。
「どこまで行ってんのよ。リョーウー!!」
「呼んだか。」
土手の裏にいた。
「そこに、いたの??まさか…。」
そこに隠れて聞いていたんじゃ…。
「まあ、いいや。後藤君、家族が具合悪いから早く帰してあげて?自転車、のせてあげて?」
「マジで?ていうか、男2人乗りは…。おい!後藤!」
「は、はい。」
「チャリ。貸してやるから早く行け。後で取りに行くから、駅に置いとけ。ここには盗むやつなんかいねーから。」
「ありがとう!」
後藤君はすぐに、自転車に荷物をのせた。
「ロッキーの具合がわかったら、連絡するから!」
「ロッキー??」
リョウと顔を合わせる。まさか…。
「俺の弟っス。でも、もう12歳のおじいちゃんで…。」
12歳のおじいちゃん…。
「犬?」
「はい!」
「…そうなんだぁ。」
「じゃあ。おふたりとも、ありがとうございました!」
自転車にのっても、良い姿勢の後藤君。
人騒がせな…って言いたいところだけど。大事な犬だったらそうだよね、家族同然だよね。
愛犬の為に自転車を走らせている、後藤君。
リーゼントなのに、ちょっとかわいい。優しい人。
「犬だったのかぁー。後藤も人騒がせだよな。それなら早く言えっての!すっげー悩んでますオーラなんか出しやがって…。」
「…ねぇ、飲み物。本当は買いに行ってないでしょ?」
「…。」
だって、買いに行った形跡が無い。もしかして、さっきみたいに隠れていたんじゃ…。
「何してたの?ここで。ずっとここに隠れていたんじゃないの?」
「…バレた?」
「バレてる。」
「買いに行こうと思ったけど…。ふたりっきりは、マズイかなぁって。後藤は、見かけがゴツイし。もし、万が一何かあったら…なんて。」
「あるわけないじゃん。バーカ。」
そんなのあるわけないのに、何考えてるんだか。
「何か疲れたな。あ、ホットケーキ。食べちゃおうぜ。」
山盛りのホットケーキ。
「そうしよっか。」
こうやって、外で食べるのは久しぶりだ。子供の頃の遠足みたい。
土手で、ふたりっきり。
「どっちがたくさん食べるか競争だからな!」
「ちょっと!少しはハンデちょうだいよ!」
本当に子供みたい。
田舎はいいなぁ。人の目が気にならない。
いつの間にか、ホットケーキを平らげお皿はからっぽだ。
「…しよっか。」
立ち上がりながらリョウが言った。
「なぁに?」
あたしも立ち上がる。
「これからデートしよっか。ゆいちゃん。」
いたずらな顔をしたリョウが、こっちを見ていた。




