箱の中の過去1
「う~ん。」
机の上には、結城先生から渡されたノート。クリスマスの計画と、パーティの写真。活動報告は、まだたったの2ページ。学校自体が休みに入ってしまい、書く事が何も無い。いっその事、中野君の話でも書いてやろうか…。
「無理ぃ~。」
頭の中は、エンドレスに中野君の言葉が回っている。首に手をかけられた感触も、まだ鮮明だ。頬に触れた唇の感触だって…。
「いやぁ~!!」
なんて、恥ずかしい事を!思い出すだけで、叫びたくなる。今までの中野君は何だったの?2人きりになると、まるで別人…。キスされたのが頬だったからまだ良かったけど、あれが唇だったら…。
「無理ー!!」
近くにあったクッションを思いっきり投げた。もう、頭の中がパニックだ。
「痛てぇ!」
「誰??」
クッションを投げた先には…柴田。
「何すんだよ!」
「何で、部屋に柴田が入ってくるのよ!」
この家にはプライバシーは無いのか??
「一応ノックしたけど。お前がブツブツ言って気付かなかったんだろ!おばさんも言ってたぞ。ワケのわからん奇声が聞こえるって。」
「な、なにを!女子の部屋に勝手にはいんないでよ!バカ柴田。」
「バカはお前だ。今まで何してたんだよ。」
今までって…。あぁ、そうだった。柴田のデートに遭遇したんだったっけ?あの時は大げさに騒いじゃったけど、中野君との駆け落ち?に比べたら全然たいしたことじゃないじゃん。なんか、いまとなってはどうでもいいみたいな?
「べ、別に。家で読書を…してたわよ。ずっと?」
「嘘つくなって。お前、車で帰ってきたんだってな?」
「み、見たのー??」
嘘。どこで?いつ?見られてたの?
「おばさんに聞いたんだよ。あの子彼氏でもできたのかしら~?ってね。で、どうなんだよ!お前、年上とつきあってたのか?」
まぁ、年上っちゃー年上だけど…。柴田のやつ、中野君には気付かなかったのかな?雰囲気違うし、眼鏡かけてたからかなぁ?
「か、彼氏じゃないけど…。そっちこそ、デートしてたくせに!ていうか、家が近いんだからもっと違う所でデートしなさいよ!イチャつく柴田なんてキモイ!」
「キモイは言い過ぎだろ?別にそういうんじゃねーし。」
あんなに寄り添って歩いていたくせに!言い訳してるし!
「そういうのってどういうのよ?まさか、柴田。家に連れ込んでたんじゃないでしょうねぇ?ヤダヤダ。男はこれだから…。」
「バーカ。今はお前の話だろ!誰なんだよ!彼氏いないって言っていたのは嘘なのか?」
「…嘘じゃないもん…。」
なんなのよ!柴田のやつ自分の事は棚に上げて…。なんであたしが、こんなに怒られなきゃなんないのよ!
「じゃあ、あれは誰なんだ?」
「…誰でもいいじゃん。」
「はぁ?」
柴田の目が怒ってる。思いっきり、あたしの事をにらんでいる。本当は温厚なやつで、怒ったりしないのに…。なんか最近、怒ってばっかりだ。
「別に…。」
「はぁ?」
「別にそういうんじゃないもん。誰かさんと一緒で…。」
柴田だって女の子連れてたじゃん。それをそういうんじゃないって言うんだったら、あたしだってそう言うわよ!それに、柴田はあたしに怒る資格なんてないんだから。
「ゆい。俺は、ただお前の事が…。」
「心配ならしないでって、言ったじゃない。柴田は他人でしょ、保護者みたいに言わないでよ!」
「保護者みたいなもんだろ?幼なじみなんだから。」
「違う!保護者って言うんなら、なんであの時…。あたしの事。見て見ないフリしてたじゃない。居て欲しい時に居なかったくせに!信用してたのに…。」
あの日。中学生の柴田と目が合った。でも、あいつはそのまま目をそらした。あたしはその日からずっと、誰とも目を合わせないようにうつむいて歩いた…。
「ゆい…ゴメン。俺、言い過ぎたみたいだな…。」
苦しそうな笑顔。この話を持ち出すと、柴田は何も言えなくなる。あいつは優しいから…きっとまだ責任を感じているんだ。
「うん…。あたしも…言い過ぎたよ。」
3年前の事は、柴田のせいじゃないし…。ただ、あたしは…。柴田が助けてくれるんじゃないかって、勝手に期待していたんだ。
「…ところで、柴田何か用だったの?家に来るなんて何年ぶりだっけ?」
「小学校か…いや、中学に入った頃はまだ来てたか?少しは変わったかと思ったら、そんなに変わってねーな。」
柴田はベッドに腰掛け、部屋を見回していた。
「そうかな?あたしは毎日見てるから、変わったかどうかよくわかんない。」
「変わってねーよ。お前の部屋は本ばっかりで。もうちょっとカワイクしないのかよ。」
「ん?使いやすいのが一番よ。掃除する事考えたらね。」
「そっか。」
当たり障りのない会話。結局、柴田は家に何をしに来たのだろう?
「ねぇ、柴田。」
「ん?」
「人を笑わせるって、どうしたらいいんだろうね。」
「笑わせる?それは、俺よりお前の方が得意だろ?」
「うっそー。」
「だって、やっぱお前おもしろいよ。子供の頃から、お前と遊ぶの楽しかったし。ずっと離れている時は、平気だったけど…。俺。お前といると、楽しいよ。一緒に行動するようになって余計にそう思う。俺、もっとお前と一緒に…。」
「ゆーいー!お茶が入ったから、湊君と降りといでー。」
柴田は何か言いかけたけど、言うのをやめた。あたしも、それ以上聞かなかった。一緒にって言われても…彼女いるくせに…。
「はーい。じゃあ、降りようか。」
柴田の背中を押して、階段を下りる。リビングには温かい紅茶と、クッキー。何だか子供の頃のようだ。柴田とおやつを食べるなんて。3年前には想像もつかなかったよ。
3年前。
あの頃だったら、あたしは中野君の言葉を受け入れたかもしれない。あの頃のあたしの世界は灰色で、楽しい事なんて何もなかった。
何もなかったんだ。




