オトナの思惑コドモの憂鬱4
『また来週。』
あの日。ウララは、そう言った。
来週。
なのに、今日も来ていない。
ここのところずっと休んでいる。
電話も、メールも…返事がない。
「風邪でもひいちゃったのかなぁ~。」
それとも…。
あたしはぼんやり、うわの空。
ウララの来ない、ここ数日。
存在を埋めるかのように、教室はクリスマス仕様へと変化していった。
畳の上に、クリスマスツリー。
天使やら雪の結晶がぶら下げられた、天井。
カラフルなテープで飾り付けられていく、壁。
「アメリカンって言っても、ここ和室なんだよね~。」
畳でクリスマス、少し違和感。
「なんか、気分乗らないなぁ~。」
今日は、リーゼントに連れられみんなは買い出し。
明日のクリスマスに向けて、俄然やる気。
あたしは…。
「はぁ~。」
もう、何度もため息ばかりついている。
最近よく聞く、昔の有名なクリスマスソング。
さっきからずっと、頭の中でループしている。
『きっと君は来ない』
そこばかり何度も。
「はぁ~。」
ため息ばかり。
「委員長。お・ひ・さ・し・ぶ・り。」
この声は…。
「ウララ!」
振り返ると、笑顔のウララがそこにいた。
「もう!心配したよ~!元気になったの??」
「元気よ~。…病気じゃないんだから。それより、これお土産。」
渡された紙袋。
中身は四角い箱の…。
「クッキーよ。帰りにお土産屋さんで買ったから、期待しないで。どこにでもありがちな味のクッキーよ、きっと。」
お土産…。
「旅行に行ってたの?」
「…うん。」
そう言ったきり、ウララは黙ってしまった。
もう話しかけないで。
そんな雰囲気だった。
窓辺に座って、何をするでもなく。
クリスマスツリーの飾りをいじっていた。
「キレイね。」
気持ちのこもっていない、ウララの言葉。
心ここに在らず、そういう感じだ。
「…うん。」
あたしはウララに何か言わなくては。
そう思いながらも、出来ないまま焦っていた。
気の利いた返事もできないまま。
「クリスマスパーティーするんでしょ?あたしも行こうかなぁ。クリスマスの予定もないし…。」
意味ありげな発言。
脳裏に浮かぶ『浦沢の彼氏』という言葉。
ここで切り出すべきか…。
「そ、そう??えっと。あ、あのリョウのヤツなんかね。俺は忙しいから、5時までしか付き合えないぞって言うのよ!それって…ねぇ…。なんか、嫌味よねぇ?」
「そう。リョウ君はかっこいいからね。女の子がほおっておかないでしょ。」
それはそうだけど…。
そういうことじゃなくって…。
ウララの話をしなくちゃ。誰にも言えない悩み事について…。
「うらやましいよね!あ、あたしなんて彼氏出来た事ないから…。もう、高3なのに。本当にヤバイよね…。リョウなんてあたしの事、小学生みたいって言うし…。」
何を言えばいいか、わからない。ウララはきっとあたしよりも色んな経験していて、あたしの知らないこともたくさん知っているはず。そんなウララの相談にのろうなんて…。
『一生懸命がんばりなさい。』
先生の言葉。そうだ、あたしは頑張ればできる子だ。ツライ思いなら、あたしにだって経験がある。
「ねぇ。ウララ。彼氏がいるって、楽しい事じゃないの?」
好きな人に好きになってもらえる。そんなの、あたしから見れば奇跡だ。
「あたし、昔好きな人がいたんだ。でね。その頃ってつまらない事でもすごく楽しかったの。何もなくても。その人を見かけただけでうれしかったし、目が合った時なんて大ハシャギしちゃったもん。」
ウララが近づく。真剣な顔のウララ。正面からあたしの顔に近づいてくる。
「…キスしていい?」
もう、2人の距離は数センチメートル。
「えっ…。」
ウララの顔が少し右に倒れ…。もう、くちびるが間近…。
「ちょ。ちょっと、待ったー!!」
ゴンッ。
「大丈夫?委員長?」
…痛い。
あたしは触れる寸前に仰け反り、後ろの壁で後頭部を打った。
頭の固さには自信があったのに、とっさの事で勢いがつきすぎていた。
ゴーンゴーンって痛みが響いている。
「委員長って本当に子供ね。」
ウララがクスクス笑っている。
「ちょっと!あんな事ウララがしようとするから…。」
「…あんな事。」
ウララはもう笑っていなかった。
「あんな事。たいした事じゃあないのよ。あたしには。」
「えっ…。」
「あれくらい誰とでもできる。平気なの。もう、なれっこ。最初だけよ。緊張も、ドキドキも何もかも。全部。」
誰とでも…。まるでキスなんてなんの価値もない。そんな口調だった。
「大人はね。ズルイの。こっちがいくら初めてだろうが、ドキドキしていようが関係ないの。経験した事あるから、余裕なの。恋愛の手順も、あっちで勝手に決めているのよ。つきあって、どれくらいでアレしてコレしてって。…本当にズルイ。」
ウララは、早口で吐き出すように話し始めた。
「あたし、つきあい始めた時まだ中学生だったのよ。彼は…あたしの…。家庭教師の先生だったんだから。」
「家庭教師…?」
「そう。有名大学の学生。あたしが2年生の時、向こうは大学3年生。家庭教師のアルバイトで家に来ていたの。ありがちな話かな?合格したらつきあってってやつ。」
…頭が痛い。中学生の頃のあたしには、考えられない話だ。中学生と大学生なんて、話としてはありそうだけど、実際にいたとは…。
「最初の頃は楽しかった。自分も大人になれたみたいで…。でも…。」
「でも?」
「大人は自分のペースなのよ。」
「うん?」
ちょっとわからない。
「だから…。大人と付き合うって言う事は、こっちが背伸びしなきゃいけないのよ。相手は、キスのタイミングもわからない中学生男子じゃないんだから。」
「う、うん。」
ていうか、あたしキスのタイミングもわからない高校女子なんだけど…。
「あたしは高校生だけど、彼はちゃんとした社会人なの。」
え~っと。中2の時、大学の3年生。と言う事は、今24~25歳くらい??
「そろそろ、結婚したいって言われたの。」
そうか、結婚。
結婚?
結婚!!
「ええー!!!」
結婚?嘘?マジで?いやありえないって。こっちはまだ彼氏すらいないっていうのに…。
「そろそろって…。なんかヤダ。あっちはそろそろかもしれないけど、こっちはまだでしょ?」
「う、うん。そうだね。はやい、早い。」
「キスだって、結婚だって、何だって。いっつも勝手に、そろそろいいかって決めちゃう…。もう、ずっと背伸びしているみたいで…疲れちゃった…。」
窓辺に座るウララ。
顔を窓の外に向け、また黙り込んでしまった。
『憂い』
多分。こういう顔の事を指しているんじゃないかな?
憂いを帯びた顔。
あぁ。ウララは大人なんだなぁって思う。羨ましいような、そうでもないような。
年は同じなのに、もうこんな表情をするんだ。
「委員長。大事にしなさいよ。早く大人になる方がいいとか思わないで。どうせなくしてしまうなら、手放すのは遅いほうがいいんじゃない?委員長はまだ、手をつなぐだけで、ドキドキできるでしょ。」
うん。多分。緊張するし…。
「あたし、うらやましいわ。委員長が。」
ウララはそう言って、いつものスマイル。
少し憂いのある笑み。
あたしは、この人に何を言えばいい?
かける言葉が見つからない…。




