第15話 「冷却ユニット停止!灼熱の処置室」
――機材室。灼熱の修理戦線。
その警告音は、朝の静けさを一瞬で吹き飛ばした。
《冷却ユニット 温度異常検知》。
モニターの赤ランプがゆっくり点滅し、「内部温度上昇中」の文字が揺れる。
「……あいか先輩、これってもしかしなくても……」
「うん。ジェル、ぜんぶダメになるやつ。」
私とお美々が青ざめ、温度計を確認する。有効温度ラインまで残り28分。
ゆぃゆぃ先輩はコーヒー片手に近づき、肩をすくめた。
「落ち着いて。こういう時こそ精神統一。はい深呼吸」
「深呼吸してる時間でジェル冷やしたいんですけど!?」
工具片手に機材室へ。パネルを開いた瞬間、灼熱の空気が噴き出す。
「ファン止まってます!」 「ホコリと……謎の白い粉ね」
「謎の粉って言わないでください!」
先輩は手際よく分解し、冷却コイルと循環ダクトの詰まりを掻き出す。
保冷タンクの温度ゲージはじわじわ上昇し、保護液に気泡が混じり始めている。
「よし、あと十五分で落ち着く……多分」 「その“多分”いらないです!」
――緊急搬送。ステージ3(高負荷)。
搬入口の自動ドアが開いた瞬間、冷たい朝の外気と救急サイレンの余韻が流れ込む。
ストレッチャーを押し込んできたのは、救命士二人。肩で息をしている。
「ヘブンズゲート科! 搬入します!」
ストレッチャー上の患者は二十代後半、細身で筋肉質。
黒のランニングウェアに夜間走行用の発光ライン。
足元はランニングシューズのまま、片方の靴紐はほどけ、廊下に引きずり跡が点々と続いていた。
時間帯と服装から、早朝ランニング中の発症が濃厚。
胸ポーチにはスマートウォッチ、抗ストレスサプリ数粒、小型のウォーターボトル。
そして内ポケットの隙間から、未承認ジェルの個包装がひとつ落ちかけているのを、
お美々が見逃さなかった。
救命士が低い声で報告する。
「ラン中に突然倒れ、意識レベルJCSⅡ。自発呼吸あり、発汗著明。バイタル圧、推定3.2域へ急上昇。
鎮静無効、反応過敏」
患者はストレッチャーの上で身をよじり、腹部から股間を押さえる。
噛み締めた歯の隙間から、短い呼吸が漏れた。
「……こ、こわい……止まら……ない……だれか……」
汗でウェアが肌に貼り付く。布越しでも分かる脈動――ステージ3の急性亢進型だ。
「搬送中の振動でバイタル圧がさらに跳ね上がり、車内ジェル処置は間に合わず」
救命士の声には悔しさが混じる。
私とゆぃゆぃ先輩は目を合わせた。
「……外部刺激で一気に跳ねたタイプ」 「未承認剤の可能性あり。急ぎましょう」
ストレッチャー脚のロックが外れ、処置台へスライドする音が乾いた。
修理音とアラームが重なる。
《搬送要請:E.O.S ステージ3 到着済》
「ジェルが……無いのに……?」 「じゃあ決まりね。今日は直感手技デー」
直感じゃなくて緊急医療です先輩。
処置室に入ると、患者の下腹部は固く張り、モニターの数値は跳ね上がる寸前。
「手袋外すわよ。あいかちゃん、右側」 「なんで私まで直で!?」
「二人のリズム合わせた方が早いでしょ」
十年選手のリズムに合わせ、私は回転補助と圧管理、呼吸誘導を担当する。
「深呼吸して、はい吐いて――!」
「テンポ変える! 1・2・3・4……緩めてっ」
灼熱の空気に汗が滴る。空調は不安定、吸引装置の反応も鈍い。
それでもテンポを崩せばバイタル圧が跳ね上がる。
お美々がタオルを抱えて走り込む。
「圧、限界域来ます! バイタル圧3.0域→3.4域!」
「ラスト入るわよ、あいかちゃん!」 「言い方ァァ!!」
最終加速。
機器のアラーム、患者の息、私たちの手首――全てが一点に集束する。
「10、9、8……3、2、1――!」
患者の全身が弾かれたように反り返り、波形が落ち着く。
《バイタル圧1.2域 安定》息を吐き、膝が笑う。
「……二人同時は、腕が取れる……」 「私は精神が削れました……」
――冷却ユニット復旧。しかし。
ポン、と機材室から復帰音。冷却ユニットは回り始め、保存ジェルはぎりぎり生存。
だが次に鳴ったのは通信端末だった。
《搬送予告:ステージ4前兆 複数名 到着まで14分》
私たちは固まる。
「……ジェル、足りないよね」 「足りないわね」
「ってことは――」 「**全員ハンドシェイク。**覚悟、いい?」
灼熱の処置室。静寂が、次の嵐を知らせていた。




