第31話 白音の尻尾 その一
魔法少女たちとギルドマスターが固唾をのんで、動かなくなった白音と佳奈のふたりを見守っている。
すぐにでも飛んで向かいたかったが、莉美がもう少し時間をあげようと言うので魔力障壁の向こうで焦れながら待っていた。
やがてふたりがゆっくりと立ち上がって、お互いの体を支え合いながら見守っていた者たちの方へ歩き始めた。 ふたりとも照れたような笑顔を浮かべている。
ちょっとした喧嘩をしてから仲直りした親友、えへ。……みたいな雰囲気を醸し出しているが、周囲の森林が破壊されて隕石でも落下したかと思うような惨状になっている。
笑って済まされるわけがない。
ブルームは人目に付かずに様々な用途に使うための広大な山林を所有している。
そのひとつを選んで一恵は全員を転移させていたのだが、それでもこれはどうにかしないといけないだろう。
今日はギルドの偉い人も一緒にいるからなんとかしてくれるとは思う。
山林の再建計画も練られることだろう。
魔法少女にはそんな能力を持つ者もいる…………はずだきっと。
我に返ってからもそらは、じっと固まったまま白音と佳奈の殴り合いを見守っていた。
そしてふらふらと皆の方に還ってくるふたりの姿を見て、真っ先に駆け出した。
走りながらそらは、白音に向かって両手を突き出す。
「んっ!」
白音は「ああ」という顔をして体を支え合っていた佳奈を座らせて両胸をそらに差し出す。
コスチュームだけではなく体もぼろぼろだ。
そらが白音の体に両の掌で触れる。
多分痛くないように気を遣って優しく触ってくれているのだが、それが余計にくすぐったかった。
白音は変な声が出そうになる。
佳奈が納得したんだから、まあそれはそれで個性だよね。
と白音の変貌ぶりをあっさりと受け容れたチーム白音だったが、やはり何がどうなってそうなったのかは知りたいと思っている。
そらの鑑定結果が出るのを興味津々で待つ。
「Dプラス。少し大きくなってる」
「…………いや、だからそれじゃないでしょ?」
ちょっとコスチュームが破けて見えそうになっている胸を両手で隠す。
「間違ってない。こんなに短期間で大きくなるのはおかしい。この変化量の意味は…………」
少し考えたそらがハッとしたように白音を見る。
「さてはリンクスさんと……」
「うわぁぁ!?、わぁぁぁぁ!!」
白音が慌ててそらの口を押さえる。
しかしチーム白音の中にあって、そらの口を塞ぐという行為はあまり意味を持たない。
佳奈に、そらからマインドリンクで声が聞こえてきた。
「ん? 今晩赤飯炊くのか? 白音が大人の階段? なんだそれ?」
そらが口を塞がれたままでフフンと笑う。
白音が無言で手に光の剣を出現させる。
多分英雄核と魔核、ふたつを得た影響なのだ。
魔力が枯渇寸前の今でさえ、その剣は立派になって随分殺傷能力が高そうに見える。
「さ、さすがにそれ、真っ二つでしょ。何、ホントにやめてって。赤飯って何なの? 何のお祝いなの?」
地面にへたり込んだまま後ずさりしていくずたぼろの魔法少女を、銀翼の戦士が追い詰めていく。
その様は、まさに悪魔の所行と見えた。
そらの分析の結果を交えて、白音も前世の記憶とおおよその事情を語って聞かせた。
ほぼ欠損無くふたり分の人生が頭の中にあるが、実はそらの分析の結果を一番聞きたかったのは白音本人である。
自分にふたつの核が存在するなんてデイジーの頃から知らなかった。
多分知っているとするなら異世界の両親くらいのはずだ。
自分がどうなっているのか知りたい。
そらによれば、以前修復中だと言っていた記憶の修復は完了しているとのことだった。
核はやはりふたつあって、それが話のとおりなら魔核と英雄核なのだろう。
だろうというのは鑑定の上では両者に決定的な差異はなく、ただエンジンがふたつあるようなものらしかった。
魔核、英雄核という区別は性質上のものではなく、やはり誰が持っているかという表面上の定義に過ぎないらしい。
「炉がふたつもあれば何層にも重畳させた使い方ができる。単純に二倍するだけでは留まらない影響がある。怪獣というのは的確な比喩なの」
白音はどうもずっとそらからトゲトゲしたものを感じる。
まあ仕方がないんだけれども、とちょっと落ち込む。
「そして!」
そらがびしっと白音の方を指さす。
「妊娠はまだ陰性判断できない」
「ふあっ!!」
白音が深々と頭を下げて謝る。
「ホントに心配かけてごめんなさい。でももう、公開処刑はやめて…………」
あれだけ乱闘しておいて普通に和気藹々? としているのがいつきにはすごく不思議なのだが、部外者である自分があまり深入りしてはいけないようにも感じる。
あの噂のイケメンギルドマスターが一緒に恐縮しているだけでもびっくりなのだ。
「一恵姐さん、僕ひと足先に帰るんで、ゲートをお願いできれば……」
一恵は、ふん、と考えて白音を見た。
「ああいえ、いつきちゃんも居てちょうだい。ここまで巻き込んでおいてあなただけ蚊帳の外なんて言わないから。でも嫌なら聞かなくてもいいよ?」
白音の言葉に、いつきがぱあっと笑顔の花を咲かせる。
「なんか運命の分かれ道みたいな感じがするっすけど、姐さんたちになら、喜んでどこまでもお付き合いしますよっ!」
初めはHitoeのいるチームとして白音たちに興味を持っていたいつきだが、今ではチーム白音全員が好きだった。
『箱推し』という奴だ。
見ていて飽きる気がしない。
そしてそんな風に笑顔で応えてくれたいつきを見て、とりあえず後でぎゅっとしようと白音は思う。
願わくば機嫌を直してくれたそらとふたり、両手に抱えるのが良い具合だろう。
白音がひと通り、皆にいきさつを説明した。もちろん曖昧にすべき所はしかるべくしてある。
白音も浮かれすぎていたと反省はしているのだけれど、赤裸々に語りたくはないと思う部分も当然ある。
白音の説明はどうしても半分のろけのように聞こえたが、それを聞いて今度は佳奈が謝罪した。
白音とリンクスに対して土下座までする。
特にリンクスに対しては心から反省していた。
変身していなくてもその腕力は十分な凶器たり得るので、振るう時は慎重にならなければならない。
それは幼い頃から一番長く魔法少女をしている佳奈の信条だった。
それが、白音のこととなって周りが見えなくなってしまった。
変身をし直してコスチュームは綺麗にしている。
ぼろぼろの姿で哀れみを誘うこともしたくないのだ。
「ごめんなさい。彼氏さんが白音に酷いことしたんだと思いました。でも多分嫉妬だったんだと思います。自分がこんな気持ちになるなんて思ってもいませんでした。ごめんなさい。それに、見た目で白音が悪に染まったって勝手に判断しました。偏見だと思います。でも全力でケンカしたの、途中から楽しんでました。ホントにごめんなさい」
リンクスは怒ってなどいなかった。
そもそも自分がすべて悪い。
殺されていたとしても仕方がないことだとすら思っている。
だから佳奈に謝られるのはかなり居心地が悪かった。
白音にももちろん佳奈を責める気持ちなど無い。
むしろ佳奈がすごく本質をついた謝罪をしているのに驚いた。
ちゃんと謝りたくてそらに内容を相談したのだろう。
マインドリンクで台詞を伝えているに違いなかった。
『彼氏さん』の部分は莉美あたりの入れ知恵だろう、どうせ。
さすがに莉美も怒られそうだから、土下座魔法少女の姿は慎重にこっそり撮っている。
レア映像ゲットだ。
白音が莉美のお尻を軽く叩いてたしなめる。
「やめてよ佳奈、謝らないで。むしろわたしこそ、こんなでごめんなさいって、思ってる」
自分の尻尾を掴んで白音がおどけてみせる。
「私、人じゃなかったみたい。ハハ」
そんな中、そらだけがこっそりと拗ねています。




