第25話 凜桜(りお)のもたらしたもの その一
白音たちは誘拐されていた少女たちを無事救出し、少し休息を取っていた。
少女たちは地下50メートルにある、研究施設のような場所に囚われていた。
大深度地下であるその地点から地上の様子を窺い知ることはできなかったが、そろそろ夜が明けて空が白み始める時刻になっている。
少女たちは全員疲れて眠りに落ち、チーム白音の五人も交代で休憩を取ってかなり回復することができた。
転移魔法の使い手である一恵に地上との連絡係となってもらい、少女たちが眠っている間に移送の準備を進めていく。
早く無事な姿を見せないと、蔵間の胃に穴が空いてしまうだろう。
白音が正帰還増幅強化を再び投射して、莉美に強力な魔力障壁を張ってもらう。
少女たちを全員をそのバリアで覆ってしまい、ゲートを使わない直接転移で一気に病院のベッドへと送り込む。
眠った子たちを起こさないようにという配慮だった。
負担の大きいハウリングリーパーをもう一度維持するのはさすがにきつかったのだが、ひとりだけ目を覚ましていた怜奈がその手を握ってくれた。
一番年の近い妹から力をもらう。
体力と魔力以外の何かが満たされると表現する一恵の気持ちが、白音にも理解できた。
転移の先は、白音もお世話になったブルーム傘下の法貴総合病院だ。
蔵間にそうするように言われている。
少女たちはひとまず検査入院となるそうだ。
病院には予め捜査員が配置されていた。
彼らは多分外事特課だろうと白音は感じた。
夕べ若葉学園にいて誘拐事件の捜査に当たっていた一般の警察官とは、明らかに雰囲気が違う。
彼らは猫科のマスク三人衆を見ても動じた様子はなかった。
魔法少女のコスチュームはそれぞれの想いや願いを反映していることが多いから、奇抜なものもある。
ちょっと言葉は悪いが、珍妙な格好の魔法少女も見慣れているのだ。
彼らはチーム白音の五人に対して「ありがとう、お疲れ様」と言ってくれた。
病院に少女たちを連れて帰って来ることを予め知っている時点で、かなり踏み込んだ内容の情報を共有しているのだろう。
異世界事案であることを知っていて、一般の人にはただの誘拐事件だと思わせようという腹づもりらしかった。
ただ、この規模の事件にしては人員が少ないし、被害者が少女たちばかりなのに女性の捜査員もほとんどいない。よくよく考えればおかしな点があるのだが、多分そこまで疑う人間はいないのだろう。
リンクスは先に病院に来てずっと待っていたらしい。
素敵な笑顔で出迎えてくれたが、頭部の側面に少し寝癖がついていた。
夜通し心配していてくれたからなのだろうが、白音はそれを見て少し笑ってしまった。
「ふふ……」
「ん?」
彼によれば、少女たち無事保護の報せは既に関東各地の児童養護施設に届けられているとのことだった。
保護者の先生たちが急いで駆けつけてくれるらしい。
公安が出してくれた車両で来るから、二時間内外には集まれるだろうと教えてくれた。
少女たちや保護者の先生を迎え入れるに当たって、院内には『通常業務』という符丁が通達されている。
すなわち、『一般の人間が出入りするので異世界、魔法関連の秘匿は厳に注意せよ』という業務命令である。
特に業務で便利に使っている魔法は、うっかり使わないように注意が必要とされる。
普通の病院では当たり前のことなのだが、検査室への患者移動などもストレッチャーを使って人力で行わなければならなくなる。
人手が足りなくなるので、リンクスも腕まくりを始めた。
大勢の少女たちを、あちらこちらの検査室へと連れて回らなければならない。
それを手伝うつもりのようだった。
莉美の魔力障壁にくるまれて運ばれてきた少女たちを、順次ストレッチャーに移し替えていく。かなり騒々しいと思うがそれでも、少女たちはすやすやと寝息を立てたままでいる。
相当の疲れがあるだろう。
その穏やかな寝顔を守れて、本当によかったとチーム白音の五人は思った。
対外的には白音たち自身も一緒に助け出された被害者、ということにするらしい。
公安からの事情聴取は翌日以降になると伝えられた。
「蔵間もこちらへ向かっているけど、疲れているだろう? 話を聞かせてもらうのはしっかり休んでからでいいよ」
そう言うリンクスが一番額に汗している。
「いえ、到着され次第お話がしたいです。橘香さんは一緒ですか?」
白音がそう言うと、リンクスは少し顔を引き締めた。
「蔵間と一緒だよ。何かあったんだね?」
「はい」
白音は、凛桜と人形遣いの遺体を連れ帰ったことをリンクスに伝える。
「そうか…………」
「すみません」
「いや。辛い役回りをさせて申し訳ないのはこちらだよ。よくやってくれたね。感謝している。ご遺体の処置を、病院にお願いしようか?」
白音たちにはあまり馴染みのない話だったが、それはエンジェルケアと呼ばれる処置で、清拭などをして遺体を綺麗にするのだそうだ。
「蔵間たちは一時間ほどで来るだろうから、それまで少しでも眠るといい。ベッドを用意して貰おう」
看護師たちが広めの四人部屋に、ベッドをひとつ追加して白音たちに提供してくれた。
五人一緒にしておかないと文句が出ることをよく知っているのだ。
チーム白音はすっかり有名で、取り扱い方を心得てくれているらしい。
多分好意的に。
五人は落ち着いて深く眠ることができた。
ほんの少しの時間だったが、心が安まる。
白音が優しく呼ばれる声に目を覚ますと、傍で見守る名字川敬子と目が合った。
病室では回復を早めるため変身を解かなくても構わないということだったので、魔法少女の姿のまま眠っていた。
慌てて毛布でコスチュームを隠す。
「いいのよ。白ちゃんが寝ている間に全部教えていただいたから」
敬子は微笑んでそう言ったが、隣に立っていたリンクスがばつの悪そうな顔をしている。
まるで完落ちした犯人みたいだ。
「その衣装かわいいわねぇ。私も若かったら着てみたいわ」
敬子がそんなことを言うから、白音はつい想像してしまった。
「あらやだ。若い頃は私だって結構いい線行ってたのよ?」
敬子が白音の手を取った。母の手はいつだって温かい。
「さっき、寝ているあの子たちを見てきたわ。ありがとうね。白ちゃんは大丈夫なの? 衣装がぼろぼろだけど」
多分寝ている間に傷は誤魔化せるくらいには治ってきていると思う。
しかし疲れてそのまま潜り込んだので布団は泥だらけだ。
洗ってくれる人にちょっと申し訳なく思う。
「あ、いえ、ほら、こうすれば」
毛布をかぶって変身を解いて、そのままもう一度変身する。
現在は『通常業務』中なので、見えるところでやると多分看護師さんに大目玉を食らうだろう。
毛布から漏れ出す桜色の光が収まって、中から白音が出てくるとコスチュームが完全に元どおりになっていた。
「まあ、洗濯がいらなくて便利ね」
「ですよね!!」
敬子のその既視感のある感想に、なんでか得意げに莉美が合いの手を入れてきた。
やっぱりみんな起きていて、聞き耳を立てていたのだ。
四人がもぞもぞとベッドから起き上がる。
既に全員変身を解いていた。
「あんまりその格好のままうろつかない方がいいと思うよ、白音ちゃん」
「んだねー」
莉美が得意げな顔で忠告すると、佳奈もしっかり相槌を打って乗じてくる。
「うぐぅ」
どうも変身するしないの話では、莉美によく一本取られている気がする。
白音はもう一度毛布を被って変身を解いた。
敬子はそんな三人のやり取りを楽しそうに見ていたが、ふと佳奈のことが気になったようだった。
佳奈だけはまだ体のあちこちに包帯を巻いている。
やはり一番の重傷だったので、まだ完全に治りきってはいないのだ。
「佳奈ちゃん、怪我は大丈夫なの?」
「へーきです。アタシたち怪我の治りも早いんですよ。すごいでしょ?」
そうやって強がる佳奈のことを、敬子がじっと見つめる。
「ちょ、ちょっとだけまだ痛い……です」
敬子は小一時間の間に、ほとんどの事情をリンクスから聞き出しているようだった。
リンクスの方でも、『白音たちが力に目覚めたせいで学園の子供たちを巻き込んだ』という誤解を与えたくなかったので、特に異世界事案とは何なのかについてはほぼ喋らされている。
だから魔法少女の力のことや、怪我の治りが早いことなどもしっかりと聞き及んでいる。
「あまり無茶しないでね」
次に敬子は、そらと一恵の方を見た。
視線を受けたふたりは、自然と直立不動になる。
敬子は小柄なそらと、自分より頭ふたつ分以上背の高い一恵の手を、順番に両の手に取ってしっかりと握る。
「そらちゃんと一恵ちゃん、よね? 夕べはお話ができなかったわね。あなたたちも本当にありがとう。でも無理しちゃダメよ。それから白音をよろしくね」
ふたりが恐縮して敬子に頭を下げる。
そらと一恵は多分、敬子が『白音のお母さん』だからことさらに緊張していた。
「そろそろよその先生方も集まって来られてるだろうから、行ってくるわね」
私服になった白音の身なりを整えてやってから、敬子がそう言った。
「うちの子がみんなを助けましたのよって自慢して回りたいんだけど、ダメなのよね。ほほ」
敬子の尋問技術は超一流です。ギルドマスターと言えど逃れるすべはありません。




