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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
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第24話 黄金の獅子の魔法少女 その三

 彩子にそらと一恵がかなり消耗しているということを知られるのはまずい。

 気づかれる前に、佳奈はこのいかれた魔法少女を無力化しようと考えていた。


 彩子が怒り狂っている間に、佳奈は背後から徐々に近づいていく。

 そして切断髪(ギロチン)の射程ぎりぎりのところまで来ると、そこから一気に距離を詰めた。

 拳を魔力の防御で固め、かわせるものはすべてかわし、かわしきれないものを拳に纏った魔力で弾いていく。

 予想どおり攻撃に重さがないのでいなすのは簡単だった。


 初見の時はその圧倒的な物量に攻めあぐねてしまったが、落ち着いて見極めれば自分に裁ききれないものではない。

 佳奈はそう考えていた。

 多分全員が、あの日からずっと彩子の倒し方を何度もシミュレートしてきているのだ。



 彩子は怒りにまかせて何度も莉美の魔力障壁を打ち据えていたので、少し対応が遅れた。

 自分の喚く声のせいで接近する足音が聞こえず、切断髪(ギロチン)を押しのけようとする外圧がかかるのを感じて初めて佳奈に気づいた。

 慌てて振り返ろうとしたが、その前に背中を蹴りつけられた。

 反射的に切断髪を蹴り足に絡みつかせて防御しようとするが、佳奈は痛みに構わず脚を振り抜いた。

 彩子は再び莉美のバリアの方へ吹っ飛ばされたが、手には力が入らず庇うために上げることも叶わなかった。

 彩子はまたガラスに押しつけたような無様な顔を晒すのかと思ったが、違った。

 顔面を大量の短射程ビームが焼いていく。


「うに」


 再びバリアではなく、剣山のような破壊エネルギーの地獄に入れ替えられていた。


「うぎゃああああああ!」


 顔面を押さえることすらできず彩子が転げ回る。


 彼女はチーム白音がいるらしいと察知して、持ち前の嗜虐(しぎゃく)心を(たぎ)らせながら意気揚々ここへやって来たのだが、目論見は外れたようだった。

 ここには白音たちの怒りが渦巻いている。

 情け容赦のない指弾に曝されるのは彩子の方だった。


 彩子の最大の武器は恐怖だった。

 ひと束ひと束が致命打になりかねない切断髪(ギロチン)を無数に振り回し、相手が攻めあぐねて(すく)んだところに一気に攻勢をかける。

 先手を取れば後は、反撃を許さない圧倒的な手数で虐殺ショーの始まりとなる。


 しかし今、チーム白音は誰も怯えてなどおらず、彩子のおかげでむしろ成長し、結束が強まっていた。

 前回白音を殺し損ねたことで、彩子の敗北は決定していたと言える。

 地面を這いずりながら呻く彩子に対し、じりっと佳奈がその距離を詰める。

 甘いことなのは十分わかっているが、それでもやはりこうなってしまっては降伏を勧めようと思う。



「待って、佳奈ちゃん! また何か来る!!」


 一恵が叫んだ。彩子が現れた時と同じ感覚だった。

 二度間近で敵の出現を見せられ、魔力が揺らぐ特徴を掴んだ。

 これは転移だろうと一恵には感じられる。

 転移を使ってまた何かがここへ現れようとしている、そう察知した。


 現れたのは体躯の大きな、身長も一恵よりさらにひと回りは高い魔法少女だった。

 彼女は彩子の様子を目にし、それからぐるっと辺りを見回すと、佳奈を選んで突進した。

 まるで襲いかかる相手を品定めしていたようだった。


 見せられた資料にはあまりはっきりと顔が写っていなかったが、逆巻彩子の妹、京香(きょうか)と酷似している。

 最強と呼ばれる魔法少女だ。

 白音は直感的にやばいと思った。


「お願い、正帰還増幅強化(ハウリングリーパー)!!」


 まだ完全には回復しきっていなかったが、体の奥底から力を絞り出す。

 ぎゅっと体が締め付けられるような感触があって視界が真っ赤に染まる。

 充血を通り越して目の毛細血管が切れていた。

 しかしおかげでなんとか標的にされた佳奈と、それに莉美だけは強化できた。


 莉美はそれに呼応して同じく最大の出力で魔力障壁(バリア)を作り出す。

 佳奈も相手の力量を認めたのだろう。

 体の前で腕を交差させて全力で攻撃を防ぐ構えだ。

 その腕を守って盾となるように莉美のバリアが出現する。


「フン。いい盾だね!!」


 その魔法少女は突進し、特に工夫もなく全力で振りかぶって右ストレートを佳奈に叩きつけた。

 速度は速かったが、素直な拳だったので受け止めることはできた。

 しかしその威力は異常だった。

 莉美の渾身のバリアを易々と粉砕し、さらに佳奈の腕にめり込む。

 めきめきと佳奈の肘から下が砕けていくのが分かる。


「くうっ!!」


 そして佳奈の体を軽々とピンポン球のように後方へ吹っ飛ばす。

 白音が佳奈の体を受け止めるが、もろともに地面を転がっていく。


「佳奈っ!! 大丈夫??」

「んあ、ありがと。へーき」


 両腕とも骨が粉砕されているだろう。

 この黒豹はノラ猫と一緒だ。

 弱みを人に見せたがらない。


 幸いなことに追撃はなかった。

 京香とおぼしき魔法少女は彩子を優しく抱き上げている。

 その魔法少女のコスチュームは彩子と雰囲気が似ていて、黒い革のような質感の素材で出来ていた。

 金属(メタル)パーツが多用されていて、威嚇するような雰囲気も同じだ。

 彩子と違うのはスカートではなく、キャットスーツのような形状になっていることだった。

 より動きやすさを追求した戦闘的なスタイルだと思えた。



「京香、良く来てくれた。一緒にこいつらぶち殺そう」


 息も絶え絶えのはずだが、彩子の殺意は少しも衰えていない。


「だめだ姉さん。姉さんの治療が先だ」

「うるさい、うるさい、うるさい!! ここまでされて黙ってられるかっ!! いいからやるんだよっ!」


 ちょっと京香が悲しそうな顔をする。


「らしくないよ姉さん。冷静に。このままじゃ死んじゃう。約束だろ、アタシを独りにしないって」


 それが魔法の言葉であったかのように彩子の怒りは沈静化する。


「分かったよ…………」



 京香が誰かと話しているようなそぶりをする。

 インカムのようなものは付けていない。

 相手側にも遠距離での会話を可能にするような魔法使いがいて、転移か何かで帰ろうとしているのだろうと白音たちは判断する。

 数秒経っても睨み合いが続いたままだったので、再び京香が誰かと通信をしている。

 それを見た一恵がインカムで白音に囁く。


「わたしがこの地下空間に干渉して、転移を妨害するような結界を張ってたの。これ以上の増援を阻止するためだったんだけど、そのせいで彼女たちを逃がさないようにしてるって思われたかも」


 京香は重傷を負った姉をこの場から救い出そうとしている。

 だからこのままではおそらくその結界を突破するため、全力で白音たちに立ち向かってくるだろう。

 先程の佳奈への攻撃を見せられると、今この状態で戦いたくない相手ではある。

 チーム白音のリーダーとしては皆を守るため、このまま彼女たちを行かせるべきなのかもしれない。

 しかしその一方で、相手が強いからと言って、道を譲ってどうぞと行かせてしまうのは魔法少女として違う気がしていた。

 ここで取り逃がせば、またどこかで誰かが犠牲になるかもしれないのだ。

 懊悩(おうのう)の末に、白音は京香にひとつの提案をした。


「もうやめませんか。大人しくしてくれれば、治療はちゃんとします」


 白音は自分でも、それは卑怯な言い方だと思った。

 言い換えれば、『彩子の命を救いたければ降伏しろ』と言っているのと同じだ。


 では白音たちに、有無を言わせず姉妹をねじ伏せられるだけの実力があればよかったのかというと、それも何か違う気がする。

 少なくとも今、白音の目の前にいる京香は、姉を救おうと必死になっているだけなのだ。

 それをわざわざ叩き伏せるような真似はできないと想う。

 結局正義とは、白黒はっきり付けたい者同士の間でのみ、声高に主張できるものなのだ。

 戦う意思のない相手に力尽くで自分の正義を押しつけるのは、もはや悪であろう。


 京香は鋭い眼光を白音に向けた。

 白音の迷いを見透かしたようにフンとその言葉を鼻で笑うと、彩子をしっかりと抱き直した。

 すると京香のその動きに合わせたように、軽い地響きのようなものが起こる。

 すぐに収まったが誰が何をしたものかは分からなかった。

 そらや一恵も首を横に振っている。


「お前らのことは気に入ったよ。姉さんが執着するのも少しは分かる。近いうちに決着を付けよう。お互い万全の状態でやりたいね」


 そう言う京香に、怒りや恨みの感情は籠もっていなかった。


『絶対に似てはいないのだが』と前置きをして白音は思う。

 この京香という魔法少女も、佳奈と同じように勝とうが負けようが戦いを楽しむタイプなのだろう。

 佳奈と決定的に違うのは、それがたとえ『命を賭けることになろうとも』ということだ。


 京香がその場で思い切り地面を踏みつけると、地面が崩落してそこに姉妹が落下していった。


「は? なんで?!」

最強と呼ばれる魔法少女登場です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなに同情したくなるけど 当事者だったら自分の帰属している側に立って戦うしかないなあ。 と思いました。 [気になる点] 軽い地響きした時に地下を掘削しといたのかな!? [一言] 訳アリ姉…
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