第20話 莉美で温泉を沸かす その二
『白音、そら、一恵組VS佳奈、橘香組』の模擬戦は『白音、そら、一恵組』の勝利で終わった。
五人は握手を交わすと場所を食堂に移し、模擬戦を振り返った。
ちょうどお昼になったので食事の用意もお願いする。
リンクスと蔵間は別件があるので一緒には食べないと聞いている。
皆で将棋で言うところの『感想戦』のようなものをするつもりだったのだが、中身は半ば揚げ足の取り合いになった。
「そら、事前に準備したりアタシの性格利用するのずるい」
とか、
「一恵ちゃん、白音ちゃんのこと好きすぎなの」
とかだ。
先程拍手をくれた少女たちも、隣で昼食を食べながら一緒に話を聞いている。
どうやら元々鬼軍曹に憧れていたらしいが、目の前で激しい模擬戦を見せつけられてチーム白音のファンにもなってしまったらしい。
特に白音が目をつぶったまま弾丸を叩き落とした姿に痺れたらしい。
橘香から、白音たちもサインの練習をしておいた方がいいぞと笑ってアドバイスされた。
実は佳奈も、目が見えないのに白音が平気で戦っていたのは気になっていた。
できれば自分もその技を身につけたいと考えて、コツを教えろと白音にしつこく迫る。
白音としてはその絡繰りは内緒にして格好をつけていようと思っていたのだが、仕方がないので種明かしをしてやる。
閃光弾で目が眩んだあの瞬間、そらがマインドリンクを使って自分の目で見たものを白音の視覚に投影していたのだ。
位置座標による相対補正までしてくれているので、ほぼ自分の目で見たものと同じものを見ることができていた。
白音の達人技ではなくて少し残念だったが、それでも人の視覚を借りて弾丸を叩き落とす白音はやはりえげつないなと佳奈は思う。
そして、今回はっきりしたことがひとつある。
白音の魔力の剣は恐るべき威力を持つ武器だが、それ自体は白音の特別な能力ではなかった。
魔法少女なら誰でも使えるような基礎魔法で、エネルギーを剣状に収束させただけのものなのだ。
強いのは白音の剣技あればこそだった。
新聞紙であれだけの戦いができるのなら、多分フランスパンで勇者をボコれるだろう。
それは間違いなく白音の達人技だった。
昼食を終えて、少しぼーっとしていた白音たちのところへ莉美が元気よく駆けて来た。
まずは白音が食後に注文していたカフェラテを勝手に飲む。
ひと息に全部飲み干すと、
「見て見てー!!」
そう言いながらその場でくるりと回ってみせた。
どうやらお漏らしを卒業できたようだった。
もう体が光ってはいない。
さらに莉美が集中すると、その黄金色のコスチュームの表面にネオンサインで作った矢印のようなものが現れた。
それが背中側へ移動し、またおなか側へ戻るという風に移動している。
やがて数が増えてカラフルに明滅しながらコスチュームの上を魚のように泳ぎ回る。
器用に魔力で発光させて操っているらしい。
「もう源泉垂れ流しとか言わせない!!」
「いや、それ言ったのあんただし。でもなんで矢印?」
言いながら白音は、やはり莉美のやり遂げ方は想像の斜め上を行くなぁと感心していた。
「あれ? 矢印作るのって魔法少女のキホンなんじゃないの?」
確かに何故かみんな器用に使いこなしているが、それが必修技能なのかどうかは白音も知らない。
◇
午後もチーム白音は研鑽を続けた。
時折リンクスや蔵間も様子を見に来ていたが、日が暮れる頃にはリンクスに、
「既にSSSにしてもいいくらいの実力だが、一度に上げるのはいろいろまずいから少し待っててくれ」
と言わしめるほどに皆成長していた。
それを聞いた時に橘香が、いや鬼軍曹が我が事のように喜んでくれていたのがとても印象的だった。
夕食はまたチーム白音と橘香、リンクス、蔵間の八人で膳を並べて食べた。
みんなで浴衣を着て、座敷に上がって、すっかりリゾート気分だった。
白音はちらっと、こんなVIPの人たちを自分たちで長時間拘束していていいんだろうかと心配になった。
そのことを口にすると、橘香が本当のところを教えてくれた。
リンクスと蔵間が示し合わせて、橘香を誘って夏休みを取っていたらしい。
このまま行くと白音が仕事漬けの人間になりそうだったので、大人も休む時はしっかり休む、というお手本を見せようと蔵間が言い出したのだ。
結局休暇と言うには鍛錬に熱中しすぎてしまったが、皆それは苦にせず楽しんでいた。
多分莉美も楽しんでいた、はずだ。
少なくともいい気晴らしにはなっている。
リンクスと蔵間はふたりでそのまま宴会の第二部を続けるというので、白音たちはそこで退席した。
多分酒宴になるのだろう。
五人はそのまま大浴場へと向かった。
今日は雨に濡れ、たっぷり汗もかいてへとへとで、温泉を楽しみにしていた。
脱衣場でまた白音が、四人のかわいいならず者たちから追いはぎに遭っていると、後を追って橘香がやって来た。
「男たちは盛り上がってたわ。こっちはこっちで楽しみましょ」
服を脱いでも照れることなく堂々としている橘香を、全員でこれ幸いと凝視する。
「あなたたちって、女の子の裸好きよね…………。そんなに見られるとさすがにこそばゆいわ」
「お、大人の色香……」
思わず莉美が呟いたが、無理もない。
均整が取れてすらりとした美しいプロポーションなのだが、褒め言葉は数あれど、一番しっくりくるのは『エロい』であった。
確か橘香の年齢は白音の三つ上だったと思うが、たった三年でこんな色気を身に纏えるものだろうか。
それとも『婚約者』という肩書きがそうさせるのか。
「橘香さん見てると、自分がまだまだ子供なんだなって思いますね……」
もちろん裸や見た目だけの話ではないのだが、白音もしみじみとそう言った。
「いや、何言ってるのあなたたち。そんなに若くて綺麗なくせして。大人になんて放っておいてもなってしまうわよ」
結局橘香は何ひとつ隠すことなく、堂々と浴場へ入っていく。
「さあさ、入りましょ。あなたたちにお願いがあるのよ。昨日露天風呂を沸かしてたって聞いて、なんでわたしにも声かけてくれないのよって思ってたんだから」
橘香はちらっと浴場に誰も人がいないのを確認してから、露天風呂へと向かう。
既に大浴場への入り口には、『本日はボイラー故障のため、湯温を上げるのに少し時間がかかります……云々』と張り紙があって、人払いがされている。
そういう裏工作は魔法少女ギルドの得意とするところであろう。
「よろしくね、莉美ちゃん」
「了解でーす!!」
莉美が金の輝きにキラキラと包まれながら露天風呂に飛び込んだ。
白濁したお湯の中から浮かび上がると変身を完了している。
昨日沸かしたお湯は『源泉掛け流し』なので、すっかり元の温度に戻ってしまっていてぬるかった。
そらと一恵が手伝おうとしたが、莉美はしたり顔でそれを止める。
そしてひとりで昨日と同じ事をやってのけてしまった。
湯温もピタッと適温で止めてみせる。
見ていた五人が我知らず拍手した。
「みんな、入ろ、入ろ?」
莉美が変身を解き、湯気の立ち上り始めた温泉の中から手招きしている。
「ふふ、さすがね」
橘香は莉美に感謝を捧げ、白音たちと共に露天風呂を堪能する。
「…………白音ちゃんがね、あ、白音ちゃんて呼んでいいかしら?」
「はいもちろん。ではわたしたちも橘香さんで」
白音の言葉に、にっこり笑って橘香は続ける。
「白音ちゃんが大けがをした時に、このまま放っておいたら、もしかしてチームが崩壊してしまうんじゃないかって思ってたのよ」
「ほーかいほーかい」
すかさず莉美が年寄り臭いだじゃれを言ったが、その瞬間佳奈が手で水鉄砲を作って口の中に白濁湯を流し込む
「わぶっ、あばばば………もう! これ飲んでいい奴? ねえ、飲んでいい奴なの!?」
逃げる佳奈を莉美が追い回す。
このふたりに露天風呂で泳ぐなというのは無理がある。
「白音ちゃんを中心にすごくよくまとまったチームだったし、それだけに白音ちゃんに何かあったらどうなるんだろうって、それは初めから心配だったのよ」
橘香の危惧はもっともなことだった。
確かにリーダーとしての白音の存在は非常に大きい。
しかしチーム白音の魔法少女たちからしてみれば、崩壊するだなんてあり得ない話だ。
「コイツがとち狂ってたからそう思ったんだろ? でも白音があんななってた時に、アタシたちまで白音に心配かけるような真似するわけないじゃん」
反撃に転じた佳奈が莉美を捕まえ、頭を押さえて温泉に沈めながら応じる。
「そうなのよね。わたし、見当違いをしてた。魔法少女としての手ほどきはいろいろしたつもりだけど、チームとしてのあり方はもうとっくに、それこそ幼い頃から完成してたのね」
橘香は感慨深げにそう言って白音の方を見る。
しかし白音は、先程から自分の話を目の前でされているのがかなり気恥ずかしかった。
少し居心地の悪い思いをしていると、その手をすすっと一恵が取った。
「わたしも白音ちゃんと完成したい」
「幼い頃から」と言われると、どうしてもそらと一恵が勘定に入っていない。
しかし一恵は、どうしてもそこに入りたいのだった。
「何言ってんだ。とっくに完成してるだろ」
そんな一恵の気持ちを知ってか知らずか、莉美を埋設し終えた佳奈が事も無げにそう返した。
すると、一恵の端正な顔が見る間にゆるゆるに緩んでいく。
「佳奈ちゃんたら、嬉しいっ!」
一恵が派手に水しぶきを上げながら佳奈に飛びついた。
必然的に莉美にかかる重みがさらに増す。
「…………ぶっはあぁぁぁぁ!!」
莉美がじたばたともがいて暴れ、どうにか白い闇の底から生還した。
「死ぬ!! ごめんなさい。反省してますから沈めないで!!」
橘香は肩を揺らしてクスクスと笑った。
本当に見ていて飽きない魔法少女たちだ。
停電時にもお湯が沸かせます。




