第20話 莉美で温泉を沸かす その一
ブルームの所有する保養所にて、『白音、そら、一恵組VS佳奈、橘香組』の組み合わせで模擬戦をすることになった。
より実戦に近い訓練を行うためだ。
周囲の安全を確保するため、一恵が次元障壁を張ってくれている。
その向こうに、鬼軍曹が模擬戦に参加すると聞いた魔法少女たちが何人か、見学に来ているようだった。
「それじゃあ、行くねっ!!」
白音が戦闘開始の合図をすると、それとほぼ同時にいきなり橘香が発砲した。
そらを狙っていた。
白音たちの後方、障壁のギリギリ隅に出現させたスナイパーライフルで狙撃したのだ。
この前までのそらならなすすべなく、ひとたまりもなかっただろう。
その一撃で終わっていたはずだ。
しかし今は、魔力の気配でしっかり銃の動きを察知できていた。
白音たちがやっていたように、銃の方を見もせずに回避する。
「成長しているではないか。だが予測はできたとしても、基礎能力が低ければすぐに避けきれなくなるぞ」
橘香が次なる一手として、大量の軽機関銃を出現させる。
やはりそのすべてがそらを狙っていた。
橘香は白音チームの弱点はそらと見て、厄介な作戦を立てられる前に早々に排除しようと考えているのだ。
「大人げないんだからっ!!」
白音がそらの前に立ちはだかり、飛んでくる大量の弾丸をすべて叩き落とした。
手にした剣代わりの新聞紙から、少し煙が上がっている。
「嘘だろっ!?」
言い放ったその言葉とは裏腹に、佳奈はなんだか嬉しそうな顔をしている。
新聞紙は、人数が3対2になる模擬戦のハンディキャップとして、佳奈が白音に渡したものだった。
白音は得意の武器『魔力の剣』を封じられている。
しかし魔力を流し込み、達人の域に達した白音の剣技で扱えば、たとえ『今日の朝刊』だとて銃弾に対抗できるらしかった。
「そらちゃん、あなたが頭脳よ。わたしと一恵ちゃんを手足のように使って!」
白音の言葉にそらが頷きを返す。
「精神連携!!」
そらが弱点だなどととんでもなかった。
そらの能力がリーパーで底上げされると未来予測の精度が上がり、それを白音たちとマインドリンクで共有する。
戦っている佳奈と橘香からすれば、相手が全員予知能力者になったような感じだった。
戦略として当然そらを最初に狙うべきなのだが、未来が予知できるのに前衛の白音と一恵を抜いて狙えるわけがなかった。
それならばと、佳奈が新聞紙をへし折ってやろうとして白音に拳のラッシュを浴びせた。
一発一発が恐るべき威力のパンチを、超高速で何発も繰り出す。
白音の武器はただ丸めただけの朝刊だが、彼女の魔力によっておそらくはあのミスリルゴーレムのボディよりも硬くなっている。
だがたとえそれだとて、今の佳奈には破壊する自信があった。
そしてもちろん白音も、その拳の威力は十分感じ取っていた。
当然のように、まともに打ち合おうとはしない。
すべての攻撃を綺麗に受け流していく。
白音と喧嘩をすると、いつもこんな感じだった。
何を言っても上手くかわされる。
どんなに強硬な主張をしようとも、最後には佳奈の方が納得させられているのだ。
そして笑ってしまう。
この世には、力ずくでは決して砕けないものがあると教えられるのだ。
「行くぞっ!」
橘香が叫んだ。それは事前に決めていた合図だった。
橘香が一恵の相手をしながら、白音の方へ一発、閃光弾を放つ。
白音から視力を奪えれば、活路が開けるかもしれないと考えたのだ。
閃光弾の炸裂と共に一瞬目を閉じ、佳奈が全力を込めてハイキックを振り抜く。
さすがの白音もあまりの威力に受け流しきれず後ろへ下がる。
そして白音の目が眩むと、瞬時に姿勢を低くした佳奈が今度は脚を狙って掃腿を放つ。
だが白音は、あっさりそれを飛んでかわしてしまった。
確かに目は見えていないはずだ。
続く佳奈の流れるような体術も、すべて目を閉じたままかわしてしまった。
「なはは…………、どんな剣豪だよ」
佳奈はやっぱり笑ってしまった。
「精神連携……」
再びそらが、今度はぼそっと呟いた。
リンクする相手は佳奈と橘香。
実は戦いが始まる前から、その体に触れて準備はしてあった。
自分が白音の剣と並べられて、ちょっと釈然としなかった時あたりだ。
橘香は突然頭の中に魔法で侵入を試みられたので反射的に抵抗した。
しかし佳奈は、いつものことなので受け容れてしまった。
今は敵、だというのに。
佳奈の視界に、大量の白音が現れた。
莉美から聞いた噂の『激おこ白音ちゃん』も混じっている。
そらが脳内に直接フェイク映像を投影しているのだ。
いきなりの拡張現実映像の氾濫に、佳奈はどれが本物か分からなくなってしまった。
閃光弾と目的は同じ。
どうやらそらも、相手の視界を奪おうと考えていたらしい。
さらに大量の偽映像の中にひとりだけ、ミニスカートを翻したメイド服姿の白音が混じっている。
佳奈はそれを見つけると、本能的に目で追ってしまった。
そして…………それが本物の白音であるはずがない。
大量のフェイク白音に紛れていた本物が、新聞紙で思いっきり佳奈の頭を叩いた。
インパクトの瞬間だけ魔力を消したので、すぱーんという小気味いい音が響く。
「ぐ…………。参った」
橘香の方も、一恵にかなり押されていた。
以前の訓練の時とは別人のように手強い。
白音とそらの能力を過小評価していたと思う。
どちらの魔法も味方全員の能力を上げることができる。
相乗効果もあって、単純に人数比で戦力を考えてはいけなかった。
もしハンディキャップを付けるとするならば、白音とそらを別チームとするべきだったのだ。
もちろんそんなことを言い出せば、そらに全力で拒否されるだろうけれど。
そらが橘香の銃の出現位置と弾道をほぼ完璧に予測できるために、転移ゲートによって確実に撃った弾が橘香本人へと返ってくる。
空間魔法は使い手の魔力が大きければ攻撃的な魔法によっても破られることはなく、逆に様々な影響を及ぼすことが可能となる。
リーパーによって強化されている今の一恵には、橘香の魔法を呑み込んで転移させることが可能だった。
銃撃が使えなくなった橘香は一恵に格闘を挑まざるを得ない。
一恵の特性は遠距離にも近距離にも対応できるため、非常に厄介だった。
遠距離では次元の刃――空間の断裂を発生させる斬撃――を飛ばしてあらゆるものを切り裂くことができる。
そして近距離にあってはその刃を手に纏わせて、剣のように扱うこともできるのだ。
その上刃には実体がなく、攻撃を視認することが困難ときている。
ただ唯一の救いは、一恵がちらちらと白音の方を気にしているので、攻め手が時折緩むことだった。
そして白音に向けて閃光弾を撃った瞬間、一恵の注意が明らかに大きく逸れた。
好機とみて、白音に向けてショットガンを出現させる。
マグネシウムの塊を詰め込んだ火炎放射器のようなシェルが装填されている。
竜の吐息と呼ばれているものだ。
意図的にほんの少しだけ時間を遅らせて引き金を引く。
[だめ!! 一恵ちゃん]
そらの忠告も空しく、一恵は白音の方へ向かおうとした。
白音であればひとりで対応できる攻撃だった。
まして火炎放射では陽動にしかならない。
しかし閃光弾に目を閉じてしまっている白音を見て、一恵は飛び出した。
よしてようやくできた一瞬の好機に、橘香が一恵の手首を取って投げ飛ばした。
倒れた一恵に大量の銃器を突き付ける。
「ま、参りました」
それでも一恵は、投げられながらも転移ゲートを出していた。
白音に向かった火炎放射をそのゲートですべて呑み込んで無効化する。
佳奈が新聞紙で倒されたのを見て取り、橘香は白音に向けて重機関銃を大量に発射した。
視力が回復して体勢を立て直されれば、おそらくもう勝ち目はない。
しかし、新聞紙に魔力を込め直した白音が、大量にばら撒かれた弾丸をすべてはじき落としてしまった。
目は閉じたままだった。
本来ならば、据え付けて撃たないと反動で跳ね回るような大口径の機関銃を何十発と撃ったのにだ。
さすがに橘香も絶句する。
「くっ…………」
視力が回復した白音は橘香の方へ走り出した。
しかし、何故か途中でやめた。
新聞紙から魔力を抜いてしまう。
そのおかげで橘香は微かな気配に気づくことができた。
慌てて身を逸らすと、すぐ側をディメンションカッターがかすめていった。
一恵はもう何もしていない。
おそらく事前に投げていたものがブーメランのように戻ってきたのだろう。
恐るべき攻撃だが、白音の行動のせいで回避することができた。
白音にしては賢明ではないな、勝ちを確信して気が緩んだのか? と橘香は思ったのだがすぐに後悔した。
背中に大量の銃弾が着弾して悶絶する。
かなり前に自分が撃ったものだ。
一恵が転移ゲートを使って真空の異空間に運動エネルギーごとこっそり保存し、遅れて出現するように罠を張っていたのだ。
そらの読みどおりの位置で全弾命中する。
「ぐう…………。うむ、見事。参った!」
決着がつくと、見学していた少女たちから自然と拍手が沸き起こった。
量産型白音に思わず目移りしちゃう佳奈でした。




