第2話 ヒンメルブラウの魔法少女 その二
(なんでそらちゃんの方が佳奈のことに詳しいのよっ!!)
白音は幼なじみである佳奈について、いろいろとそらから教えてもらった。
ふたりは最近知り合ったばかりのはずである。
なんだか白音だけが蚊帳の外に置かれたような、少し複雑な気持ちになった。
しかし、それだけそらが熱心に調べてきてくれたということなのだろう。
『魔法少女ギルド』について集めてきた情報に独自の考察を加え、相当深く掘り下げた分析をしてみせてくれる。
「私は、魔法少女ギルドは魔法少女たちが自身の身を守るために組織した互助組織のようなものだと予想してる」
「運営の側にも魔法少女がいるってことね?」
「そう。だから一般人への情報漏洩がないよう見張っているのも、魔法を使っているんじゃないかと思うの」
一般のネット上に魔法の存在が明るみに出るような情報が上がれば、即座に消去や隠蔽がなされる。
それはただの噂ではなく、本当の事らしかった。
ギルドは情報の秘匿には細心の注意を払っている。
だからギルドに加入するには、魔法少女に関連する情報の守秘義務を負うことが条件となっているらしい。
「そうやって秘密の厳守が担保されているから、ギルドのアプリ上でなら秘匿情報のやり取りもできる。ということみたいなの」
「今時、スマホも使えないじゃ、魔法少女もやりにくそうだものね」
「うん。私も先日佳奈さんから聞いたばかりで、とりあえず調べられたのはこの程度。あとはブルームという企業が関わりがありそうなの」
「ブルーム?」
「そう。日本国内の非接触通信の規格策定とスマホ搭載用チップの開発を一手に引き受けている」
「う…………」
一気にきな臭くなってきたなと白音は思った。
国家規模の陰謀だと思わせられる元凶は、いかにもこの辺りにありそうだ。
「非接触通信規格における日本国内のガラパゴス化は、政府とブルームによる意図的なものと聞いてる。多分何らかの形で協力しているの」
「分かった。今更後には引かないわ。みんなが登録してるのならわたしも異存なしよ」
白音は必要な情報を入力して『加入する』をタップした。
「…………」
登録が終了したとメッセージが出ているのだが、まだそらが白音の手元、そのスマホをじっと見つめている。
「ん?」
「登録だけ? 一緒に魔法少女のチームを……その…………」
そらの声が途中から消えてなくなった。
「あれ? それは初めからそのつもりだけど?」
ぱーっと明るく咲く、そらの満面の笑顔を白音は初めて見た。
◇
大量に積み上げられていた、廃棄予定らしい木材の上にふたりで並んで座った。
そらは地面に届いていない脚をぷらぷらとさせている。
「意外だったの」
「何が?」
「忙しいから魔法少女とか無理、って言われるかもって佳奈さんたちが」
「あー……、実は結構わくわくしてるのよね。赤い奴のせいで小さい頃から魔法少女が好きだったんだぁ。……でもバイトどうしよっかなって言うのはホント」
「なるほど、じゃあ昨日作った甲斐があった」
そらが側に置いていた通学鞄の中から、携帯メモリを取り出した。
「これは?」
「魔法少女ギルドから任務を請け負ったりすれば、報酬が出る。一般的なアルバイトと比べた場合のメリット、デメリット、時間効率なんかをまとめてある。ネットで送るのはいろいろまずそうだったから、ここに入れてあるの」
「あはっ。断ったらこれで乗り気にさせる予定だったのね。うん、ありがとう。助かるわ」
要はアルバイトより魔法少女の方が効率よく稼げますよ、というプレゼン資料だろう。
白音が時間的なことを理由に魔法少女チーム入りを拒んだ場合に備えて、わざわざ用意してきたのだ。
白音にはその手回しのまめさが、とてもそらっぽいと思える。
「それで白音ちゃん、もし言いたくなければ言わなくていいんだけど……」
「なあに?」
「記憶喪失とか経験してる?」
「ん? 何のこと?」
白音は唐突なことを聞かれて戸惑った。
確かに物心つく前の話とかで思い出せない事はあるけれど、それは誰にでもあることだろう。
記憶喪失とかではないはずだ。
それとも佳奈とか莉美とかが、また変なことでも言ったのだろうか?
「あのね、さっき白音ちゃんの中身調べた時に」
(確かにわたし、色々調べられてたみたいだけど、中身って……。言い方!)
「記憶の欠損があるらしくて。それが修復されてる途中みたいだったの」
ますますよく分からなくなった。
身に覚えのない欠損があって、それが知らない間に勝手に治っている、ということだろうか?
「魔法少女は体に宿った星石の力で強力な生体恒常性を発揮するらしいの。だから大きな古傷を持った子が魔法少女になると、その傷が消えるって話もある」
(なるほど、それで最近お肌がすべすべなのかもしれない)
記憶の話とは別に、白音は魔法少女になってちょっと嬉しい特典が付いてくることを知った。
「それでね、白音ちゃんの脳は記憶が修復中だったの。つまり昔怪我とか強い衝撃とかで記憶を失ってるんじゃないかなって」
「ん~、そんな記憶は無いなぁ。って、記憶が無いから記憶無いんじゃあ…………」
「確かに記憶を失ったこと自体を覚えていない可能性もあるかも。でも近いうちにそれが戻ってくるかもしれないの」
修復されているというのなら、治った時に何を失ったのか、どうやって失ったのか、すべての謎が解ける! という話になりそうだと思った。
「なんだろう、わたしを捨てた人の記憶? いやいや。保護された時〇歳児だったって聞いてるし、戻ってくる記憶なんて無いよね。うーん…………。アレ?」
白音はふと、ひとつだけ心当たりがあることに気づいた。
「わたし学んだこともないのに戦い方とかが分かるのって、それ?」
「でもそれだと、小さい頃に戦闘訓練してたってことになるの」
「ま、確かにそうよね。最近の事ならどこかで時間的な欠落ができてるはずだし、有り得ないもんね…………。分かんないね、何か思い出してから考えるかなぁ」
そしてもうひとつ、白音は聞いておかなければならない重要な事を思い出した。
「ああ、それと!! さっき言ってた一恵さんて、誰? もしかして魔法少女が、もうひとりいるの?」
「!! 誰も言ってないのね。ごめんね」
明らかにそらの落ち度ではないと思う。
どうせあいつらだろう。
そらがちらっとスマホで時刻を確認する。
「下校して佳奈さん、莉美さんたちと合流しよ? そろそろ校門まで来てると思う。それから話すね。私たちは、どうも情報の共有が課題みたい」
「特に赤い奴ね」
さすがそらだと思う。
白音がずっとずーっと抱いていた気持ちを一瞬で共有してくれた。
ふたりは変身を解いて元の制服姿に戻る。
実は白音にとっては、魔法少女に変身するよりも変身を解く方が難しかった。
初めての時は体が勝手に動いて変身できたものの、どうやって元に戻ればいいのかがよく分からなくて困ったのだ。
さすがに魔法少女の格好のままでは表を歩けなくなる。
今は白音も、必死で練習してなんとかコツを掴んでいた。
そらを前にして恥を掻かないように、内心ちょっとドキドキしながらスマートに変身を解いてみせる。
白音とそらが連れ立って正門に向かうと、まだ下校中の生徒たちが大勢いた。
しかしこのふたりを見ると皆が道を譲り、自然と人が割れてふたりだけの花道ができてしまった。
なるほどこれが天才少女の見る景色か、と白音は思った。
自分もずっとそらを遠巻きに見ていた。
だからこんなこと思うのは筋違いだろうが、あまり幸せな景色ではなかった。
そらが唇を堅く引き結ぶ横顔が見えた。
この小さな少女は入学してから一ヶ月、いやもっとそれ以前からずっと、こんな道を歩き続けてきたのだろう。
白音はそらの手をとってきゅっと握った。
そうすると、そらも少し緊張を解いてその手を握り返してくれる。
校門に辿り着くまで、花道の沿道からはひそひそと話す声が聞こえてきた。
「あのふたりが一緒とかヤバくない?」
「手つないでる。ちょっとスマホっ! 撮ってっ!!」
「私、名字川さん」
「私はミッターマイヤーさんですわ」
白音は遅まきながら、彼女たちの視線の先には自分も含まれていることに気づいた。
そこには悪気など無い。ただ『憧れ』という名の隔たりがあるだけなのだ。
「そらちゃん、ちょっといい?」
「ん?」
それならばといっそ、白音はそらの腕を取り、楽しそうに密着してみせる。
周囲からは黄色い歓声が巻き起こり、スマホカメラのシャッターがそこかしこで切られる。
思っていたよりも大きな騒ぎになってしまった。
そらには迷惑だっただろうか?
白音は少し心配になった。
けれど女生徒たちのスマホには、独りではない、白音とそらのふたりの楽しげな笑顔がしっかりと収められていた。




