第14話 さくら、散る その二
白音たちが救援要請を受けて駆けつけると、狐面の巫女が忍び装束のくノ一を襲っていた。
そして倒れたまま身動きする様子のないくノ一を守るべく、上空から『魔女』こと羽多瑠奏が応戦していた。
狐面の巫女は、まずは邪魔な瑠奏を排除すべく標的を切り替えたようだった。
大量の氷柱を作り出し、上空へ向けて発射する。
「無理無理無理…………!」
瑠奏は叫びながら、次々に飛んでくる氷柱を必死で避ける。
しかしあまりの量に裁ききれず、とうとうそのうちのひとつがほうきに当たってしまった。
バランスを大きく崩した魔女が落下する。
「無~理~!」
巫女は落ちていった瑠奏には一瞥もくれなかった。
障害さえ取り除ければ、後はあくまでくノ一に近づこうとする。
だが白音、佳奈、一恵の三人が、くノ一を守るようにして間に割って入る。
「ここはいったい、いつの時代なのよっ!」
くノ一に襲いかかる狐面の巫女という奇妙な状況。
その時代錯誤な光景に白音はつい、修学旅行で行った時代劇の撮影村のアトラクションを思い出してしまった
倒れているくノ一は、まだ辛うじて息はあるようだったが出血が酷い。
いくら魔法少女とは言え、早く医療的な処置をしなければまずい状態だろう。
「やっぱりあなただったのねっ! 許さない、本っ当に許さないっ!!」
白音が能力強化を発動した。
チーム白音全員に、そしてくノ一にも魔女にも届くようにと範囲を広げて投射する。
「咲沙さんはまだ変身が解けてないわ。星石が魔力を巡らせてくれている限り治癒の力が働く。リーパーで強化すればもってくれるかもしれない」
狐面の巫女が先程瑠奏に向けていたのと同じ魔法、大量の氷柱を発生させた。
標的の前に割って入った白音、佳奈、一恵を排除しようと、それらをすべて高速で撃ち出す。
しかし既に見せられた手の内で白音たちが慌てることはない。
白音は魔力の剣でそのすべてを叩き落とし、佳奈は拳で粉砕する。
一恵はゲートを作ってそこに呑み込ませてしまった。
三人ともその場から一歩も動くことなくやってのける。
「あなた、不意打ちが得意なのよね?」
一恵が巫女に向かってそう言った。
言葉の調子からは、やはり静かに怒っているのが伝わってくる。
巫女からは死角になる位置にゲートが開き、そこから先程呑み込まれた氷柱が飛び出した。
そのすべてが巫女の背中に命中する。
大量の氷柱を受けて巫女は前方へとよろめいた。
しかしかなりの威力で手酷いダメージを負ったはずなのだが、何故か巫女が痛がるような様子はまったくない。
「なんなの……。不気味ね………………」
白音の言葉に、佳奈と一恵も頷く。
白音たちが巫女の注意を引きつけている隙に、莉美とそらが瑠奏の方へ向かってその無事を確認した。
地面で腰を強打したようで、その辺りを手でさすって痛がっている。
「ま、ま、魔女の一撃…………」
そんなことを言っている分まだ余裕はありそうだった。
「白音ちゃんたちがきっと巫女を引き離してくれるから、その隙に莉美ちゃん、バリアお願いなの」
「オッケー!」
そらは、まずはくノ一の安全を確保し、白音たちに安心して戦ってもらえるようにと考えていた。
ふたりが手を貸すと瑠奏はなんとか立ち上がってくれたので、悪いが彼女にくノ一の救出をお願いする。
「莉美ちゃんのバリアでカバーできたら、瑠奏さんはくノ一さんを引き離して欲しい。容体が分からないけど、今は白音ちゃんのリーパーが回復にも効いてる。ここからつかず離れずの位置で安全を確保しているのが一番いいと思うの」
「分かった………………。うん、……無理じゃない、無理じゃない!!」
瑠奏が自己暗示をかけて心を奮い立たせる。
そして彼女は、手近にあった『ご迷惑をおかけしております』と書かれた工事用の看板に手を触れて浮かせた。
それを担架代わりにするつもりなのだろう。
触れた物体を浮かせて自在に飛行させるのが瑠奏の固有魔法、遊覧飛行である。
自身が飛んでいるのも、この魔法で浮かせたほうきに乗っているのだ。
人体を直接浮かせたり、飛ばしたりすることはできないらしい。
もちろん白音たちはそらに指示されるまでもなく、当たり前のようにくノ一から巫女を引き離そうと動いていた。
優秀な前衛三人のおかげで少し距離ができた隙に、莉美が防護壁の役割を果たす魔法――魔力障壁――を展開する。
この魔力障壁も、白音の魔力の剣と同様基本魔法である。
魔法少女であれば誰でもある程度は使えるのだが、そらがわざわざ莉美に頼んだのには訳があった。
いろいろ試してみて分かったのだが、莫大な体内魔素の量を誇る莉美は、魔法を『強く』『大きく』するのが得意だった。
その莉美によって作られた魔力障壁はもはや、基本魔法の域を超えて堅牢無比。
白音をして「常軌を逸している」と言わしめるほどの頑丈さを持っている。
巫女が放った氷柱程度であれば、たとえ何万発食らおうとも破られることはないのだ。
その莉美の魔力障壁に守られて瑠奏がくノ一に走り寄ると、まずは彼女の忍び装束に触れて服ごとくノ一を宙に吊り上げた。
そうやって地面と体の間に隙間を作り、そこへ即席担架を差し込んで素早く寝かせてしまう。
瑠奏が持つ遊覧飛行という固有魔法の性質上、負傷者の救助を担うことが多かったのだろう。
慣れた様子で非常に手際が良かった。
そして警戒しつつ浮遊する即席担架を移動させ、白音たちと巫女の対峙している最前線からできるだけ距離を取る。
そらがくノ一の体に手を当て、魔力の流れで体内の様子を診始めた。
そらは医学の道を志しているわけではないが、既に職業医師並みの知識も持ち合わせている。
「危険な状態だけど、このまま白音ちゃんのリーパーと莉美ちゃんの魔力供給があれば助かると思うの。まずは出血箇所を特定しないと」
そらは、その場から一歩も動くつもりはなかった。
不安もない。
白音たちの卓越した戦闘センスと、莉美の強力な魔力障壁を信頼している。
くノ一が助け出される間、白音、佳奈、一恵の三人は陽動に徹して巫女の様子を観察していた。
魔法少女狩りなどしているからには相当強いのだろうと警戒していた。
がしかし、実のところ少し拍子抜けをしてしまった。
巫女は決して弱くはないのだが、五人揃った白音たちが手こずるような相手ではなさそうだった。
ただ、先程の氷柱で背中にかなりの傷を負っているはずなのに、まったく気にする様子がないのが少し気にかかるくらいだ。
力の差を悟ったらしい巫女がしばし考えを巡らせた後、佳奈に向かって走り出した。
いずれどこかに突破口を見いださない限り、じり貧だと判断したのだろう。
その手に魔力が集中しているのを感じる。
今までの戦い方を見る限り、極低温によって触れた相手を凍らせるつもりだろう。
「アタシを選んだって? 上等!!」
佳奈が突き出された巫女の手刀をいなしつつ、肩口の辺りを殴りつける。
すると、巫女の肉体が殴打の衝撃で文字どおり粉砕されて、左腕が肩から丸ごと千切れ飛んでしまった。
「うわわわわっ。ごめん、やりすぎ…………」
確かに魔力を込めて殴りはしたのだが、相手がそこまで脆いとは思っていなかった。
佳奈は罪悪感を覚えて反射的に動きを止める。
だが巫女は、その隙に残された方の手で佳奈の喉元を捉えた。
「うぐっっ……!」
掴まれた喉の部分から、体の中へと冷気が忍び入ってくるのを感じる。
巫女は失った左腕のことなど気にした風もなく、右腕一本で佳奈の体を吊り上げていく。
佳奈は宙づりになったまま脚を振って、巫女の体を何度も蹴りつける。
普通なら悶絶するような衝撃だと思うのだが、それでもまったく手を放すそぶりはない。
「佳奈っ!」
白音が飛び出し、それと同時に一恵が斬撃を放つ。
巫女は多分防御をまったく気にしていないのだろう。
一恵の次元の刃に対して、何の抵抗もなく右手首がすぱっと切断されてしまった。
支えを失って放り出された佳奈の体を、白音が滑り込んで受け止める。
「あ゛ー、喉の奥凍ってる。気持ぢわるー」
「ふふっ、良かった」
まだ喉に食い込んだままくっついていた巫女の手首を、白音が丁重に引き剥がしてやる。
「よぐないよっ!!」
やはり巫女は、手首から下を失ってしまった右腕のこともまったく気に留める様子はない。
袖周りに余裕のある巫女装束に隠れて傷口は見えない。
しかし両袖とも血を吸い上げて広範囲に変色しているのが、夜目にもはっきりと分かる。
両腕が使えなくなった巫女は魔力を体中から絞り出すと、今度は大気を凍てつかせ始めた。
水分だけでなく、多分空気そのものが凍り始めている。
やがて大気が十分な量の冷気を蓄えると、それらが生き物のように、氷の津波のようになって三人に襲いかかった。
白音がちらっと隣を見る。
するとそれに呼応して、一恵が空間の断裂を作り出した。
その断裂は面積を持たず、この世界とは異なる物理法則を持つため通常の手段では干渉できない。
いわば結界のような役割を果たす。
迫り来る津波はその平面にすべて堰き止められ、そこを乗り越えることができなかった。
白音たちは巫女と少し戦ってみて、魔力はそれほど高くないと判断していた。
大きな魔力を乗せた攻撃、例えば莉美の非常識な威力のビームなら、この空間断裂も易々と破壊してしまえる。
しかし巫女のポテンシャルでは、それは無理な芸当だった。
さらに一恵は物体を空間ごと引き裂く斬撃を放って氷の津波でできた壁に穴を穿ち、トンネルを作った。
巫女の下へと続く、白音のための直通路だ。
白音はその中を一気に駆け抜け、巫女へと迫る。
「普通ならあれだけの傷、もう死んでると思う。止めるにはやっぱり……」
肉迫する白音に対し、巫女はなおも氷柱を発射して抵抗しようとする。
氷柱は弾丸並みの速度で撃ち出されるのだが、白音はその動きを簡単に読んでかわしていく。
素早いステップで巫女を惑わせると、簡単に背後を取った。
背中から巫女装束を掴み、巨大な氷塊に彼女の体を押しつける。
その背中には、先程の転移した氷柱による傷が生々しく残されている。
[白音ちゃん、ここ]
白音が見ている傷だらけの巫女の背中に、赤い点が示された。
現実の光景に重ねるようにして視界の中に、赤い点が表示されている。
そらが精神連携で、巫女の星石の位置を教えてくれているのだ。
マインドリンクがリーパーで強化されることによって、白音が触れたものの魔力紋がそらにも伝わっていた。
断片的な情報ではあるものの、それで星石の位置が読めているようだった。
口数少ななメッセージだったが、マインドリンクからは同時にそらの決意も伝わってきていた。
よしなに




