第13話 魔法少女のお泊まり会(パジャマパーティ) その三
お泊まり会の初日、食事と会議をすませた白音たちは、順に風呂へと入ることにした。
白音たちのアジトにはシャワールームがある。
しかし残念ながら、湯船までは備えられていない。
このアジトは昔、莉美の父親がカーマニア(?)たちの集会場として使っていた場所だった。
当時彼らは毎日のようにここに集まり、夜通し騒いでいたのだという。
そして帰りたくなければそのままここで寝てしまう。
中には家出同然に、半分ここで生活するような者もあったと聞く。
そんな彼らには多分、シャワーがあれば十分だったのだろう。
もちろんうら若き魔法少女たちも、一日や二日ならそれで問題ない。
しかし一週間の長丁場となると、いずれ湯船にたっぷりと張ったお湯が恋しくなるのではないかと、白音は思う。
「みんなシャワーだけじゃ物足りないでしょ。わたしのマンションのお風呂使ってね」
いつの間に作ったのか、一恵が転移ゲートから出てきた。
昼間見せてもらった部屋と再び繋がれているらしい。
白音の思考を見透かしたかのように、自宅の風呂に湯を張ってくれていたのだ。
一恵はやはり策士である。
一恵がにこっと笑って「どうぞ」と言うと、莉美がわーいと喜んで、真っ先にゲートに突っ込んで消えた。
「莉美ったらほんとにもう…………。一恵ちゃん、ありがとう。わたしもお風呂使わせてね。湯船に浸からないと入った気がしなくて」
白音はそう言いながら、ふたり分の着替えとタオルを持ってゲートをくぐろうとする。
しかし白音のその手をそらが掴んで、ぐっと強く引き留めた。
「莉美ちゃんと一緒に入るの?」
「え、ええ。まとめて入らないともったいないし、順番に入ってたら時間かかるよ?」
「じゃあ私と一緒でも問題ないと思うの」
「そ、そうね」
横で見ていた佳奈が、白音から莉美の分の着替えを預かる。
「んじゃあ、一番風呂は莉美とアタシね。使わせてもらうよ、一恵」
一恵が佳奈の配慮に感謝して親指を立てる。
そしてさらに、自分もそこに乗じることにした。
「白音ちゃん。うちのお風呂結構広いから、定員は三名なんだ」
「そっか。じゃあわたしも入ろっと」
白音が特に深く考えることもなく再びゲートへと向かう。
一恵は策士である。
策士ではあるが、その目論見が外れると結構狼狽する。
白音を引き留めようとして、慌ててその綺麗な栗色の髪の毛を掴んだ。
もともと少し明るい色だったのが、魔法少女になって何故かどんどん明るい色に変化していったものだ。
「いててててて……」
「白音ちゃん! 時々馬鹿になるよねっ?! 2+3は5なんだって!!」
「ええ……? あー、この三人で一緒に入ろってことね」
「うん、正解」
「わたし学園育ちだから大勢でお風呂入るの当たり前すぎて、効率よく入ることしか考えてなくて……。怒んなくたっていいじゃないのよう」
「怒ってないの。怒ってなんかないの……。つい焦っちゃって……。ごめんね、髪の毛引っ張っちゃって」
一恵は、謝りながら白音の頭を撫で回す。
「んじゃ、三人で待ちますか」
白音が一恵に愛撫されながらそう言うと、そらが「うんうん」と二度力強く頷いた。
佳奈と莉美はそこそこ長風呂だったように思う。
白音と一恵でそらの取り合いをして遊んでいると、ようやくふたりが戻ってきた。
莉美が感動で目を輝かせている。
「ガラス張りのお風呂!! 夜景がちょーきれいなの!」
「こっち地上だから、いきなり高層マンションでびっくりしたね。どこなのあっち?」
佳奈もかなり満喫していたようだった。
一恵はほとんど自分で作った異空間の部屋で過ごしているが、擬装用と転移のターミナルとして利用するためにマンションを借りていた。
しかし風呂だけは実空間の方が便利なので、マンションのものを普段から使っている。
「都内にあるわ。莉美ちゃん、素っ裸でガラスにへばりついたりしてたら、どこかから双眼鏡とかで覗かれてるかもね」
「えっ、うそ?! やば……」
と言いつつ、莉美はさして気にする様子もない。
真っ直ぐに冷蔵庫の方へ向かうと、アイスキャンディをふたつ取り出して、ひとつを佳奈に渡す。
ソファに陣取ってまったりとし始めたふたりに見送られて、白音、そら、一恵が入れ替わりで風呂へと向かった。
脱衣所にかなり広いスペースが取られており、都内でそれは相当贅沢な作りなんだろうと白音にも分かる。
服を脱ごうとすると、そらが白音と一恵の体を観察し始めた。
ふたりを代わる代わるじっと見ている。
女の子同士だから白音は別に気にしていなかったのだが、さすがにそんな風にされると比べられているようで恥ずかしい。
「そ、そらちゃんも早く脱ごうよ。お風呂、入ろ?」
ややもするとそらは手を止めて、ふたりを凝視している。
放っておくといつまでもやっていそうなので、白音が手伝ってそらの服を脱がせてしまった。
一恵とふたりして素っ裸の覗き犯を連行する。
浴室は、脱衣所にも増して広々としていた。
三人で入ってもまだ余裕がありそうだった。
「すごい…………。莉美が言ってたとおりね。大きな窓から夜景がよく見えてすごく綺麗。でもこれ、ホントに外から覗けるんじゃ…………」
都内だけあって、周囲にもこの高層マンションと同じくらいの高さの建物が多数見える。
白音はちょっと不安になった。
「その窓ね、わたしの魔法で一方向にしかエネルギーが伝達しないから向こうからは覗けないのよ。莉美ちゃんをからかっただけ。」
隣室なども多分外からは覗きにくく造られているのだろうが、一恵の部屋は本当に完璧なマジックミラーになっているらしい。
「それにほら、こうすれば中からも見えない」
一恵が壁のスイッチに触れると、窓が不透明になって景色が見えなくなった。
液晶でそういうことができるらしい。
「!! それ、テレビで見たことある!」
と白音が感動していると、室内の明かりに反射して窓に、人の跡がうっすらと付いているのが浮かび上がった。
形から推察するに、どうやら本当に莉美がそこに張り付いていたらしい。
「お、大きいね……」
その人型を見て一恵が感想を漏らす。
「ほんと大きいよね……」
莉美がヤモリの如くにガラスに張り付いている様子を外から見たら、それはそれで面白かったかもしれないと白音は思う。
お嫁には行けなくなるが。
そらが体を洗い始めたのを見て白音が声をかける。
「髪、洗ってあげよっか?」
若葉学園での白音は年長者であり、入浴時はいつも弟妹たちの髪を洗ってやっている。
風呂桶を伏せて椅子代わりにすると、そらの背後に陣取る。
繊細なその髪の毛を静かに濡らし、慣れた手つきで洗い始めると、そらはうっとりと気持ちよさそうに吐息を漏らす。
「こ、これは常習性があるの……」
白音も髪を洗い慣れてはいるが、ブロンドの髪は初めてである。
そらの髪は一般的な日本人よりも細くその分痛みやすいのだが、多分星石の力でダメージからは完全に守られている。
すすぐと蜂蜜のようになるその髪を堪能していると、さらにその背後から一恵が白音の髪を洗い始めた。
膝立ちでシャワーヘッドを白音から受け取ると、白音の栗色の髪を濡らしていく。
「あはっ。ありがとう一恵ちゃん。なんか子供の頃思い出しちゃう。あとで一恵ちゃんも洗ったげるね」
「うん。………………あのね、白音ちゃん」
「ん?」
笑っている白音に対して、一恵の声は低く静かなトーンになっている。
白音からは見えないが、いつになく真剣な表情をしている。
少し躊躇った後、彼女はやがて訥々と語り出した。
初めからそうしようと、決めていたみたいだった。
「……わたし、隠してることあるんだ」
「うん」
「わたし、……人じゃないんだ」
「うん」
「偽物の魂を、仮初めの器に入れただけの存在」
「うん」
「もう、二十年くらい、この姿のまま」
「うん」
「自分では本物の人間との違いが分からないんだけど……、魔法少女になれた時はちょっと驚いたの。もしかして…………本物の人間になれるのかなって」
「そっか」
「……驚かないんだ?」
「だって、そらちゃんがその形の良い綺麗なおっぱいに興味ないわけないもんね。絶対触ってると思ってた。なのに一恵ちゃんの魔法とか能力とか、何も言わなかったよね。きっとそらちゃんは何かに気づいて、それでも黙ってることにしたんでしょ?」
そらが黙って頷く。
「確かに、いきなり揉まれたね。それでばれちゃった」
「だったらわたしは、言ってくれる気になるまで待ってればいいやって思ってた。打ち明けてくれて嬉しい」
一恵は背後から白音のことを抱きしめたいという衝動を抑えて、その髪を洗う事に専念する。
「それに佳奈と莉美も、あいつらいつもふざけてるけど意外と鋭いのよ。多分一恵ちゃんとそらちゃんが何かを黙ってるって事には気づいてると思う」
「ふたりにもちゃんと言わないとね」
「まあどうせ普通に受け容れるのよ、あいつらは」
白音には佳奈と莉美が平然として、「へー」と言っている姿が目に浮かんだ。
質問攻めにすることはあっても、黙っていたのを責めることはないと断言できる。
そらが一恵の方を振り向いて、両手で何かを掴むようなポーズをしてみせる。
「一恵ちゃんの髪は私が洗う。これでウロボロスの円環完成」
「呪いの儀式みたいに言わないでよ。何か出てきそうじゃないの」
白音が苦笑する。
『悪の天才科学者』だけではすまなくなりそうだ。
「呪いじゃない。永遠に仲間っていう契りの儀式なの」
「そらちゃん、私の育て方間違ってなかったわ!!」
そう言って白音は、洗い終わったそらの髪をシャワーですすぐ。
いたずらに下から水流を当てると、繊細な金糸がさわさわっと舞い上がってちょっと面白い。
「ただし、契りが破られたら、何か出てくる」
「出てくるんならかわいい魔法少女にして下さいっ! 化け物は嫌ですっ!」
くすくすと笑い合う白音とそら。
一恵はここがお風呂で良かったと思う。
二度も泣いているところを見られるのは嫌だった。
「まだ全部は話してないって、分かっててもそんな風に言ってくれるのね。白音ちゃん、お礼に体も洗っちゃう!!」
「ふああぁぁぁぁ! や、やめっ……、んあっ…………」
結局一恵は、衝動を抑えきれなかった。
◇
風呂から上がると、順番に一恵の部屋の洗面台を借りて髪を乾かしていく。
白音は佳奈と莉美のふたりが長風呂だったなと思っていたのだが、自分たちの方こそつい楽しくてめちゃくちゃ時間をかけてしまった。
最後になった白音が転移ゲートをくぐると、既に布団が敷かれていた。
誰がどれを使うのか、場所も決めてあるらしい。
布団は四組用意してある。
しかし寝る時は帰宅する約束のはずのそらも、そのうちのひとつに陣取っているので空きがない。
「さて、誰と同衾する?」
莉美がにやりとそう言った。
「莉美、同衾って言葉、今教えてもらったでしょ」
「な、なんのことかなぁ?」
白音はぐるっと見回すと、そらに目標を定めてその布団に潜り込んだ。
「首謀者はこいつか!」
そらと同衾して体をくすぐる。
「あ、あははは。く、くすぐったい。やめて、やめて、やめてなの……」
あれ、これなんか楽しいな、と白音は加速しそうになった。
しかしそこはやむなく、ぐっと堪える。
そろそろいい時間になってしまっている。
白音はリーダーとしてそらに帰るように促さなければならない。
「ゲートは繋ぎっぱなしにしてもらうから、通報があったらこっちに来てね」
「大人の階段は飛び級なしなの」
そらはかなり渋ったが、それ以上粘ると白音に怒られそうだと察知して帰ることにした。
一恵がアジトとそらの部屋を転移ゲートで繋いでくれる。
当たり前のように一恵はそらの部屋にゲートを出せるようになっていた。
既に何度も訪問したことがあるらしい。
手慣れた感じでゲートを設置すると、繋ぎっぱなしにしたまま戻ってきてくれた。
白音は、そらのいた布団でそのまま眠ることにする。
両隣には一恵と莉美がいる。
ひとつ向こうの佳奈はとっくに寝息を立てているらしい。
全員一番リラックスできる格好になっていた。
非常時には変身するから特に問題は無いだろう。
白音と莉美はパジャマを着ている。
別に意識したつもりは無かったのだが、しっかりピンクと黄色のパジャマになっている。
結局そういうことだったのだろうと納得せざるを得ない。
佳奈は確認していないがいつものTシャツにショートパンツだろう。
飾り気が一切無いのになんだか妙に色気のある奴だ。
一恵は下着だけで寝ている。
いつもそうだと言っていた。
白音は一恵の布団に手を伸ばし、そして彼女の手を取る。
白音より少し大きいがほっそりとした手だ。
「温かい手」
白音がそう呟く。
すると反対側から莉美が脚を伸ばしてきて白音の脚に絡める。
「あったかい足」
莉美は白音の方を向いている。
顔は笑っているが、それ以上は言葉を発しない。
まだ一恵は先程のことを打ち明けてはいないはずだが、一恵に何か変化があったのを感じ取っているのだろう。
じっと見つめていているだけだ。
相変わらずの莉美っぷりだと思う。
一恵がぼそっと呟いた。
「楽しい……」
「でしょっ? 解決したら、またみんなでお泊まり会しようね」
一恵が白音の手を握り返す。
「独りが寂しいって思うようになったら…………責任取ってね」
お風呂でウロボロス、です。
次回14話に続きます。




