第12話 魔法少女狩り その三
近頃、ギルドに所属している魔法少女の行方が分からなくなるという事態が立て続けに起こっているらしい。
事件の可能性を危惧して、白音たち『チーム白音』は魔法少女の警護任務を引き受けることにした。
しかし眼鏡の秘書が作成してくれた任務の依頼書を見て白音は驚愕した。
そこには、ミスリルゴーレムの売却益を軽く上回るような巨額の報酬が提示されていた。
「!? こんなにいただけません! 仲間を助けるのは当然のことです!!」
「いや、受け取ってもらうよ」
慌てて辞退しようとした白音を、蔵間が遮った。
そして彼にしては珍しく強い口調で続ける。
「もしこれが本当に魔法少女狩りなら、この任務には全魔法少女の命がかかっているんだ。彼女たちを守るためならば、ギルドは何だってするということを示さないといけないんだ。もしギルドが舐められれば、今後また君たちを危険にさらすことに繋がるからね」
それを聞いた白音は、納得する以外なかった。
「……分かりました」
「まあ、ただの取り越し苦労で終われば、これは待機するだけの退屈な任務だよ。夏休みなのに申し訳ないことになるけど、そうなるのが一番なんだよね」
「そうですね」
確かに夏休みにじっと待機しているのは退屈そうだったが、みんなと一緒ならそれも悪くはないと白音には思えた。
結局どちらにしろ、チーム白音向きの任務だった。
蔵間のおかげで、白音に少し笑顔と余裕が戻る。
「ではそろそろ帰りますね。うちのヤヌルと大空とも打ち合わせをしておかないと」
と口に出してみて白音は、ふたりがアジトにほったらかしにされていることを思い出した。
早く帰ろうと少し焦っていると蔵間が、では車を出そうと言ってくれた。
白音は一恵が転移ゲートで運んでくれると思っていたので遠慮しようとしたのだが、何故か一恵と、そしてそらもほぼ同時に声を揃えた。
「お願いします」
「え!? あれ?」
ふたりも佳奈と莉美を待たせていることは分かっているはずなのだが、知らん顔を決め込んでいるようだ。
あまりほったらかしにしておくとふたりがへそを曲げるんだけど、と白音は思う。
◇
リンクスと蔵間はこの後別件の会議があるようで先に退出した。
帰りの車の運転は眼鏡の秘書がしてくれるとのことだった。
しかし帰り支度をしていると、秘書のスマホに連絡があったらしく、帰るのは少し待って欲しいと言われた。
狐面の巫女が上階に来ており、今は行かない方がいいと秘書に止められた。
人形遣いの件を知っている蔵間たちが、わざわざ電話してきてくれたのだ。
白音たちと巫女が顔を合わせれば、何か揉めるのではないかと心配しているようだった。
巫女は政府とのパイプ役として、ここへはよく来るのだと秘書が教えてくれた。
本来は先程聞かされた根来衆と呼ばれる組織に所属しているのだが、今はそこから政府へと派遣されているらしい。
寡黙に淡々と任務のみをこなす姿から、ブルームの職員からは『お遣いのミコちゃん』と呼ばれているのだそうだ。
それを聞いた白音は「フン」と鼻を鳴らした。
そして特に気にした風もなく部屋を出ると、上階へのエレベーターに乗る。
そらと一恵は何も言わず、静かに彼女に付き従った。
一階エントランスフロアの、簡易的に仕切られた応接ブースのひとつにミコが座っている。
狐面に巫女装束という非日常的で異様な格好なのだが、ブルームの職員は誰も気に留める様子はない。
ここではそれが日常的な光景なのだろう。
白音は意図的にミコのすぐ側をゆっくりと通った。
そしてすれ違いざまに「こんにちは」と社交的なにこやかさで会釈をする。
ミコは小首をかしげて見上げると、少しの間黙って白音の方を見ていた。
そしてやや遅れて、彼女の方も軽く頭を下げる。
声を発することはなかった。
それに狐面のせいで表情もまったく分からない。
白音はそのまま何事もなくすれ違い、ゆっくりとミコの元を離れた。
そらと一恵も、その後に続いている。
「ケンカ売るのかと思ったの……」
そらは白音のTシャツの裾を後ろから掴んでいた。
ミコの体に触れて魔力紋を鑑定してやろうかと思いはしたのだが、怖くて動けなかった。
「うん、そう思ったよね」
一恵もそらの言葉に同意する。
彼女は白音の後方、三歩程の距離をとって歩いている。
完全な臨戦態勢だった。
鬼軍曹に殺気をぶつけた時のあの表情をしている。
「…………緊張させちゃったね。ごめん……、ごめんね。ミコさんがどんな人なのか興味があっただけなんだけど、何も分からないね」
ミコに対して白音も含むところがなくはない。
しかし結局、この前の人形遣いの件は政府か警察か、そういう当局筋の判断だったのだろう。
ミコはそれに従ったに過ぎない。
そしてそういう判断になったのは、白音たちがそれ以外の選択肢を持ち合わせていなかったからだ。
白音は今でも時々、別な解決策はなかったのかと考えることがあるのだが、未だ明確な答えは出せていない。
「サンダルウッド」
「へ?」
そらが唐突にそう言った。
「あの人からサンダルウッドの香りがしたの」
「ああ、白檀……だっけ? 確かにいい香りしたね」
白音もミコが纏う香りには気づいていた。
上品で神秘的な雰囲気の香りだった。
神社や仏閣でよく焚かれている香りだったので、巫女装束によく合っていたと思う。
結局ミコについて分かったことは、そらが指摘したその香りくらいだった。
眼鏡の秘書は、一恵たちのさらに後ろをついてきていた。
彼女がせっかく忠告してくれたものを白音は無視してしまったわけだが、彼女は何も言うつもりはないようだった。
地上の駐車場へ出ると、その秘書が社用車へと案内してくれた。
後部座席の真ん中に白音を座らせ、それを挟むようにしてそらと一恵が両隣に座った。
車はそう大きくはない五人乗りのコンパクトカーだったので、三人の肩が触れ合ってぎゅっと詰まる。
すると、ふたりとも迷うことなくショートパンツから伸びた白音の素足の上に手を置いた。
(転移ではなく車を選んだのはそういうことだったのね)
ふたり揃って先読みの回転の速いことよと感嘆する。
白音は自分の手を置くところがなくなったので、ふたりの手の上に重ねる。
ふたりの顔がぱーっと明るくなった。
「フフ……。さっきは乱闘でも始めるのかと思って心配したけど、あなたたち本当に仲がいいのね」
車を発進させた秘書が、バックミラー越しに話しかけてくる。
「チームとして連携有りでSS級相当っていうのは、きっとその辺りから来てるのね」
白音たちにとってはそんな話、初耳だった。
SS級は魔法少女ギルドでも最強クラスだと白音は聞いていたのだが、いつの間に昇格したのだろうか……。
「あら、初めから個人としても名字川さんとヤヌルさんはポテンシャルはSSS級が妥当って判断よ。以前はヤヌルさんはそんなに乗り気じゃなかったからペンディングされてたんだけど、次々にすごい才能の人発掘してくるから、大騒ぎだったわ。大切に育てなきゃって」
先程までの彼女は一歩退いた立ち位置だったので、会話らしい会話はしていなかった。
しかしこうやってじっくり言葉を交わしてみると、かなり印象が変わった。
少し年上の優しいお姉さんという感じだ。
「ミッターマイヤーさんと神さん、それに大空さんも評価が低いわけじゃないのよ? クラス分けは直接的な戦闘能力だけで評価しているしね。むしろこの三人の方が伸びればどうなるのか想像もつかないくらい。しかもその五人がチームで、完璧にお互いを補完し合っているし……」
あ、この人語る人なんだ、と三人は思った。
ブルームの業務だけでなく、魔法少女ギルドのことも詳しく把握しているようだ。
「お詳しいんですね」
「蔵間の秘書なんだから当然よ?」
「秘書さんて、そこまで深く関わってお仕事されるんですね。大変そうです」
「蔵間でなくてはできない事、以外のすべてが私の仕事よ。でも大変ではないわ」
かっこいい。惚れてしまいそうだと白音は思う。
秘書がいろいろ聞かせてくれたおかげで、ほとんど時間を感じることもなく白音たちのアジトに到着した。
車外に出て三人がお礼を言っていると、佳奈と莉美が迎えに出てきた。
ふたりは多分退屈の文句を白音に言おうとしていたと思う。
しかし何故か眼鏡の秘書を見た途端、緊張が走った。
(あのふたりがビビってる…………。何があったんだろ? 優しそうな秘書さんだけど……)
きっとふたりは自分の知らないところで何か悪さをしたんだろう。
それであの優しそうな秘書さんを怒らせてしまったに違いない。
そんな風に白音は思った。
だが事実は違った。
秘書の帰りを見送ってから、佳奈と莉美からその正体は鬼軍曹だと聞かされた。
それを聞いた一恵はちょっと顔を引きつらせていたが、白音は爆笑してしまった。
確かにめちゃめちゃ厳しい人ではあるのだけれど、同一人物だと聞いてなるほどそういうことかと腑に落ちるものがあった。
訓練以外での付き合いはないし、コスチュームによってかなり性格の変わる人らしいが、なんとなくその根っこが分かった感じがしたからだ。
今度自分も一枚写真が欲しいので、一緒に六人でポーズを付けてもらえないだろうかと白音は思った。
第13話に続きます




