第12話 魔法少女狩り その二
現在異世界事案や魔法、そして魔法少女に関する情報を持っている機関は四つあるらしい。
リンクスと蔵間がこれら四者の立場をかいつまんで説明してくれる。
『魔法少女ギルド』
『ブルーム』
『政府当局』
『根来衆』
しかし三つは既に知っている組織だったが、最後のひとつ、『根来衆』は白音にとっては初耳だった。
少し古くさい響きのある名前のその組織は、異世界事案が顕在化する以前から日本政府の軍事顧問などを務めていたらしい。
立ち位置としては『PMC(Private Military Company)』――民間軍事会社――に近いだろうか。
もちろん日本国内では『軍事顧問』や『PMC』などという看板をおおっぴらに掲げて活動はできない。
人知れずその役割を担ってきたということだ。
古くは戦国の時代から、各地の大名の元でそれに近いことを生業として生き抜いてきた、歴史ある集団なのだそうだ。
「政府は国益を最優先にしている。もちろんそれも大事なことだとは思うが、魔法少女の立場を重視している我々とは対立することもある」
リンクスがそんな言い方をした。
「我々」とは『魔法少女ギルド』と『ブルーム』のことだろう。
やはりブルームとギルドはほぼ同一の組織と言ってよさそうだった。
何しろ彼が代表を務めるギルドの本部は、このブルームの研究所の中にあるらしいのだ。
彼は多分、政府のやり方に嫌悪感を持っている。
そして根来衆も政府の軍事顧問というからには、政府側に近い立場であろうことは容易に想像がつく。
白音は『対立』と聞いて、先日の人形遣いの一件を思い出していた。
狐面の巫女のやり方を責める資格は自分にはないとは思う。
しかし彼らの犯罪者への対応は、どうしても『死体の回収ありき』、だったのではないかと思えてしまうのだ。
巫女の動きを思い返せば、その主たる目的は被害の軽減でも、犯罪者の無力化でもない。
死体を持ち帰ることだったように見えた。
もし仮に、研究材料として魔法使いの死体が欲しかったのだとすれば辻褄が合う。
魔法技術の発展に寄与するのだからそれは国益に適うことだろう。
考えたくはないことだが「速やかに殺害して死体を持ち帰る」よう命令されていた可能性だってある。
「ただもちろん、この四者には利害の一致している部分も多いからね。協定を結んで相互の情報提供もしているんだよ」
白音の憤懣が顔に表れていたのだろう。
蔵間が取りなすようにそう付け足した。
政府や根来衆と自分たちとの関係が、出遭えば争いが始まるような険悪なものだと思われては困る。
蔵間が砕けた調子で柔らかいしゃべり方をするので、白音も少し冷静になることができた。
彼の年齢は初見での見立て通り、三十代半ばというところだろう。
ブルームという大規模企業の社長としては若いように思えるが、それでもリンクスよりはひと世代くらい上のはずだ。
しかしふたりの接し方を見ているとビジネスパートナーというよりは友人、それもかなり親しい旧知の仲といった感じがする。
「たとえば情報の漏洩防止、という点ではどの組織も協力的だね。特に諸外国の目に対する隠蔽工作は、みんな驚くほど団結するよ」
蔵間は少し苦笑いしながらそう言った。
もちろんその協力は、それぞれの目論見があってのものだろう。
打算という奴だ。
ただ、国外に情報が漏れても誰も得をしない、ということだけは断言できそうだった。
「名字川君」
蔵間が少し真剣な顔になって白音の目を見つめた。
タブレット端末でメモを取っていた秘書も顔を上げて、ちらっと白音の方を見る。
「君たちにも、いずれ政府や根来衆と接触する機会があると思う。リンクスから聞いているとは思うんだけど、まずは情報を集めて我々と、そして彼らをしっかりと見極めて欲しい。何者であるのかということをね。その上で信用に値すると思えれば、我々の手を取って欲しいんだ」
彼らは白音たちの自由意思を尊重してくれているのだろうと思う。
しかし実のところ、そんなに迷うことでもないと白音は感じていた。
狐面の巫女のあのやり方を見て、仲間になりたいと思う方がどうかしている。
それにそらはもうこの研究所の重要メンバーになっているではないか。
しかし彼らは、白音たちに対して慎重に彼我を見極められるようお膳立てをしてくれている。
そして同時に、是非自分たちの手を取って欲しい、向こう側につくようなことにはならないで欲しい、という気持ちも痛いほど伝わってくる。
この空気の中で即答すれば、なんだか浅慮な子供だと思われてしまいそうだった。
リンクスの方をちらりと見ると、無言のまま重々しく頷きを返してくれる。
余計応えづらい。
「…………」
もう少し後で返事をすればいいかと白音が考えていると、その時唐突に転移ゲートが開いた。
五人が集まっていた部屋の壁に音もなく、異空間から繋がれた扉が姿を現す。
蔵間以外の四人が慌てて立ち上がって身構えた。
これがもし悪意ある何者かによる魔法だったとしたら、この場の全員の命が危険にさらされていることになる。
しかし魔力を感じない蔵間には、あまり切迫した感じは伝わらないのだろう。
眼鏡の秘書が座ったままだった蔵間を無理矢理立たせて背後に庇った。
四人が息を詰めて、蜃気楼のように揺らめく事象境界面を凝視していると、ゲートから、紫のコスチュームの魔法少女、神一恵が現れた。
一恵は、そこが元々の出入り口であったかのように当たり前に、ごく普通に転移ゲートから出てくる。
そして周囲の緊迫した空気を気にも留めず、真っ先に白音の姿を見つけた。
「白音ちゃん!!」
全員がほっとして緊張を解く。
リンクスが白音の方を見て肩をすくめた。
「ほらね、セキュリティなんてザルだろ?」と言っているようだった。
◇
椅子の数が足りなかったので一恵は膝の上にそらを載せ、白音の隣にくっつくようにして座った。
幸せそうににこにこしている。
『一恵闖入』の動揺から皆が少し落ち着くのを待って、蔵間が白音たちに依頼があると切り出した。
そういえばリンクスもそんなことを言っていたように思う。
ショッピングモールでの怪物騒ぎですっかり失念してしまっていた。
『チーム白音』を見込んでの依頼、ということらしい
「実は……ギルドメンバーの魔法少女に、何人か連絡が取れなくなってしまっている子がいてね。念のため警戒レベルを引き上げておこうと考えているんだ」
「行方不明ということですか?」
「んー、まだそうとは言い切れないんだけど、その可能性もある、といったところだね。確認した限り連絡が取れなくなっているのは五人なんだけど、その中のひとりが『誰かに連れ去られた』という目撃証言があるらしくてね」
「誘拐ですかっ?!」
白音が驚いて、思わず大きな声を出してしまった。
しかし情報が少なすぎてギルドもまだ全体像を把握できていないようだった。
ただ、常に最悪の場合を想定しておくべきではあろう。
「魔法少女たちが何者かの襲撃を受けるか、あるいは拉致されていると仮定した警戒態勢を取っておきたいんだ。そのような事件が起こった場合に備えて、チーム白音には魔法少女たちの警護をお願いできないだろうか?」
蔵間の言葉に、白音は心がざわつくのを感じた。
連絡がつかなくなっている少女たちの間に、特に共通点や関連性は見られないらしい。
もしこれがひとつながりの大きな事件だとしたら、相手は魔法少女というだけで無差別に狙っている、ということになる。
「それではまるで、魔法少女狩りみたいじゃないですか……」
「まああまり考えたくはないんだけどね…………。あくまで万が一ということだよ?」
連絡が取れなくなっている魔法少女たちの捜索には、既にそういう能力に長けた魔法少女たちが動いているらしかった。
白音たちが依頼されているのはそれとはまた別働隊、戦闘能力を見込まれての警護任務ということだろう。
しかし守るにしても、二十四時間ずっとというのはいささか無理があるのではないだろうか。
そもそも警護対象が何人いるのかすら分からない。
白音がそう思っていると、リンクスが依頼の内容について補足をしてくれる。
「警護と言っても、ずっと張り付いていてもらう必要はない。今、この任務のためのアプリを準備しているところだ。このアプリから救援要請の信号を発信すれば、ギルト本部と俺のところに正確な発信位置が通知される。君たちにはこれを受けて現場へと向かってもらうことになるだろう。まずはギルド側で事態を把握し、それから警護チームへと指令を出す、という手筈だ。アプリは準備でき次第、ギルドメンバー全員のスマホに入れてもらう」
そしてリンクスは、一恵の方へ目をやりながらこう付け加えた。
「警護チームは、こちらから複数の班に指名依頼を出す予定だ。戦闘力も必要だが、迅速に救助に向かう必要があるため機動力を重視して選抜する」
つまり、転移ゲートで瞬時に移動できる一恵の魔法に期待しているのだろう。
なるほど、と白音は得心する。
「では救援要請に備えた待機任務、ということになるのですね?」
白音の言葉に、リンクスと蔵間がほぼ同時に肯定の相槌を打つ。
どうやらつきっきりで身辺警護をする必要はないようだった。
確かに魔法による機動力も計算に入れるのなら、より多くの魔法少女たちを守ることができるだろう。
それに、守る側の体力的な負担も少なくてすみそうだった。
「仮にもし襲撃や拉致だったなら、相手は魔法少女かそれに匹敵する能力の持ち主だと思うんだ。危険な任務になるかもしれないんだけど、やってくれないだろうか?」
蔵間は穏やかに喋るよう心がけているようだった。
しかし時折、白音たちを心配するような表情も覗かせる。
だが白音は即答した。
「もちろん引き受けさせていただきます」
チーム白音のリーダーとしての返答だったと思う。
隣で一恵とそらも力強く頷いてくれている。
赤いのと黄色いのには事後報告でも大丈夫だろう。気持ちは同じはずだ。
「そうか……。ありがとう。よろしく頼むよ」
蔵間が目配せをすると、秘書が頷いてタブレットを操作し始めた。
おそらくはこの件の依頼書を作成しているのだろう。
「でも救援に向かう時は、必ず五人揃ってから行ってね。フルメンバーが揃わない場合は、慌てなくていいから揃うまでは待つようにね」
「はい!」
「それと、警護チームの君たちだって、もちろん警護対象ではあるんだ。単独行動はなるべくしないようにね。危ないと思ったら救援要請を使うんだよ」
「はい!」
白音たち三人は、蔵間の心配を吹き飛ばすように力強く返事をする。
「特に神君、君の魔法が作戦の起点になると思うから、よろしく頼む」
リンクスが一恵にそう声をかけると、彼女はそらを膝に載せたままもう一度頷いた。
眼鏡の秘書が書類の作成を始めてから五分と経たぬうちに、この警護任務の依頼書が送られてきた。
白音は魔法少女アプリに表示されたその報酬額を見て、一瞬我が目を疑う。
襲撃犯が実際に存在していてそれを撃退した場合、ミスリルゴーレムの売却益を軽く上回るような巨額の報酬が提示されていた。




