第12話 魔法少女狩り その一
白音たちの住む街の近くにブルームはある。
白音は以前に少し調べたことがあるのだが、税制上の特例措置が受けられるこの街の企業誘致地区に、本社や製造ラインが構えられているのだ。
ただし、異世界関連の技術研究は隣の町でやっているらしい。
白音は今、リンクスの運転するシルバーのスポーツカーに乗せてもらい、助手席にちょこんと座ってその施設へと向かっていた。
そらたちが足繁く通っているのも、そちらの研究施設らしい。
「クッ…………」
「??」
先程勇敢に怪物に立ち向かっていた魔法少女の姿と、今隣で大人しくしている白音とのギャップがおかしくて、リンクスはつい笑ってしまった。
「いや……。怪我は平気かい?」
「はい。もうだいぶ痛みは引いてます」
「さすがだね」
白音たちの住む街は、扇状地にできた河岸段丘の上に位置している。
都市近郊のベッドタウンであり、多くの人口を抱えている。
しかしそこからしばらく車を走らせ、川沿いに上流へと向かえば雰囲気は一変する。
人家がまばらな山道となり、やがて大きなダム湖へと出る。
そしてさらにその奥、県境をまたぐところまで足を延ばせば、ゆずや養蚕業などで知られる山間の小さな田舎町がある。
途中まで有料道路があるので、それを利用すれば一時間とかからずに辿り着くことができるだろう。
そんな場所に、あまり人に知られることもなくブルームの研究施設は存在していた。
白音は初めて車窓からその研究施設を目にし、「随分小さいな」という印象を持った。
駐車場やテニスコートなどが平地部分に作られ、社屋は山肌にへばりつくようにして建てられている。
しかしやはりと言うべきか、規模の割に警備は厳重にされているようだった。
敷地への出入り口は一カ所に限られており、そこには詰め所が設置されていて複数の門衛が配置されている。
他にも車から見えるだけでも、大量の監視カメラが設置されているのが分かる。
検問所にあるようなゲートバーまで備え付けられているのだが、リンクスが愛車を近づけると誰何されることもなくバーはすんなりと上がった。
どうやらリンクスのことは顔パスで通してくれるらしい。
歩哨に立っていた門衛もどうぞと手振りで示している。
それに門衛たちは、助手席にいる白音にも笑顔で会釈をしてくれた。
多分魔法少女の出入りがよくあるから、未成年者がいても不思議はないのだろう。
ブルームの研究施設は外観のこぢんまりした印象に違わず、中の様子もシンプルなものだった。
エレベーターホールの横に受付があり、そこに男性と女性がひとりずつ座っている。
あとは応接や商談に使うのであろうブースがいくつか、パーティションで区切って作られている。
他に気がつくことと言えば、窓が大きくとってあって中が明るいことと、観葉植物がたくさん置かれていること、くらいだろうか。
何の変哲もない中小企業、失礼だがそんな印象だった。
白音も別に期待していたわけではないのだが、勝手にもっと仰々しい施設なのかと想像していた。
本来、ブルームのような規模の企業であればここはただのロビーで、上の階にもっと様々なセクションがあっても不思議はない。
しかし外から見た限りここは一階建てだった。
白音の目から見てもかなり手狭な感じがする。
本当にここで大がかりな陰謀……もとい、最先端の魔法科学技術の研究開発が行われているのだろうか。
「白音君、こちらへ」
リンクスは白音を伴ってエントランスを抜けると、真っ直ぐにエレベーターへと向かった。
そして壁に取り付けられた操作パネルに手をかざす。
やはり車の時と同じように指先に魔力を込めているのが分かる。
白音と目が合うと、リンクスがちょっと得意げな顔をした。
「この先にはこうしないと入れない決まりなんだ」
リンクスによれば、異世界事案関連の研究施設はすべて下にある、とのことだった。
山の地下部分にトンネルを掘って造られているらしい。
権限を持たない者はその中に立ち入ることができないのだが、そうやって魔力紋で認証を受ければ、エレベーターでの移動が可能になるのだと説明してくれる。
「これ、蔵間は使えないんだよ」
またクククと楽しそうにリンクスは笑う。
魔力を持たない職員はリーダーにIDカードをかざせば通れるらしいが、魔法使いでないのなら普通はそうだろう。
エレベーターで地階に降りると、そこに研究施設の本性があった。
地上で見た印象とは打って変わってかなりの広さがある。
上階の建物はほぼダミーなのかもしれない。
「うわ、本物の秘密基地だ……。わたしこんなところに入っちゃっていいんですか?」
「ミッターマイヤー君の魔力紋はもう登録されてるさ。それに、まあそこが問題なんだが、君たちがその気になったらこんなセキュリティ、意味ないだろう?」
白音はリンクスに連れられて、応接室へと案内された。
応接室と言っても、簡素な事務机にデスクチェアを寄せ集めて作った間に合わせのものだ。
もちろん地下なので窓もない。
ただ、何かの瓶を花器にして花が生けられていたり、本棚にぬいぐるみが座っていたり、少しでも部屋を飾ろうという努力の跡が見られる。
多分ここへ来る魔法少女たちがこの部屋を使っているのだろう。
「もう少し待っていれば、ミッターマイヤー君もこっちへ来るみたいだね」
そう言ってリンクスが持ってきてくれた紙コップ入りのカフェラテは、意外に美味しかった。
談笑と言うにはややぎこちない時間をふたりきりで過ごしていると、程なくしてそらが部屋に入ってきた。
スーツ姿の男女に伴われている。
三十代半ばくらいの男性と、眼鏡をかけた女性だった。
女性の方が男性の後ろに控えるようにして立っているで、多分彼の秘書なのだろう。
そらは魔法少女に変身しているのだが、たくさん電極のついた何やら怪しい装置を頭にかぶせられている。
「そらちゃん!!」
それを見た白音は慌てて立ち上がった。
そらに駆け寄って、その両頬をむにっと引き延ばす。
「んひゃ? どしたお? ひらねひゃん」
「ああいえ、鋼鉄の体とかになってないよね?」
手を放した跡がうっすらと赤らんでいる。
ロボットではないようだ。
「自分の体を改造とか、興味深い」
「だめだめだめだめだめ。そんなことしたらおっきくなれなくなるよ?」
「それは困る。私は大きくなったら、白音ちゃんみたいにおっきくなりたいの」
「ん。…………ん? う、うん……」
そらと一緒にやって来た男性が白音に名刺を差し出して名乗った。
蔵間誠太郎。彼がリンクスの言っていたブルームの社長である。
「君がチーム白音のリーダーの名字川君だね。会えて嬉しいよ」
「や、ああ……はい。そうです。名字川白音です。リーダーの……」
名刺をもらって握手を交わす。
とうとう白音は諦めてチームリーダーとしての自覚を持つことにした。
「まずは先程のショッピングモールの件、迅速な解決ありがとう。最小限の被害で助かった」
蔵間が眼鏡の秘書に目配せをする。
「今回は依頼を出す前に解決してしまったからね」
秘書がタブレット端末を操作すると、ギルドからの正式な依頼と依頼の達成済み証、それに成功報酬の振り込み明細が白音のスマホに届く。
以前リンクスからも聞いていたが、やはりこの感じはギルドとブルームとの不可分な繋がりを感じる。
明細にはチーム名が『チーム白音』、リーダーは『名字川白音』、としっかり書いてある。
(ああ、もうリーダーとして登録されてるのね。チーム名の変更はできるのかな……)
そらが頭の電極を外そうとしていたので白音が手を貸す。
繊細な金髪か乱れていたので整えてやっていると、そらが変身を解いた。
そういえば白音も、『魔神の尖兵』に負わされた傷はもう痛まない。
そこでそらと一緒に変身を解く。
白音とそらは、お互いの私服姿を見るのは初めてだったように思う。
そらは淡いブルーのワンピースを来ていた。
高原に避暑に来たお嬢様といった出で立ちで、年相応の感じがしてとてもよく似合っている。
しかしそれを言うと年上に見られたがっているそらは多分拗ねるので、決して口には出さない。
白音はTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だった。
「魔法少女は日焼けをしても平気」と聞いてからは積極的に肌を出して夏を楽しんでいる。
ただ、リンクスと遭うと分かっていればもう少し違った格好をしていたかもしれない。
長い素足を露わにした白音は、腰の位置がそらの胸の辺りにある。やっぱりそらは拗ねた。
眼鏡の秘書が飲み物をトレーに載せて持ってきてくれた。
人数分の不揃いな椅子を寄せ集めて皆で座る。
そらにはミルクティ、リンクスと蔵間にはブラックコーヒー。白音にはカフェラテが用意されていた。
白音の飲み物は多分先に飲んでいたカップから判断したのだろう。
『できる秘書さん』という感じが伝わってくるのだが、眼鏡の奥は意外と若そうだなと白音は思った。
年齢は自分とそんなに離れていないのではないだろうか。
リンクスと蔵間が魔法少女を取り巻く現状について、かいつまんで話してくれた。
そらはその辺りの事情は既に彼らから聞かされて知っているようだった。
しかし『チーム白音のリーダーたる白音』にも、一度ちゃんと話しておかなければならないと考えていたのだろう。
蔵間の語るところによれば、現在異世界事案や魔法、そして魔法少女に関する情報を持っている機関は四つあるとのことだった。
『魔法少女ギルド』
『ブルーム』
『政府当局』
『根来衆』
三つは既に知っている組織だったが、最後のひとつ、『根来衆』は白音にとっては初耳だった。




