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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る
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第7話 魔法少女VS人形使い(パペットマスター) その四

 狐面の巫女が人形遣い(パペットマスター)を殺害し、遺体を持ち去ってしまった。

 それに対して気色ばむ白音たちだったが、その仲立ちをするように『外事特課 課長補佐 宮内寛次(みやうちかんじ)』と名乗る男が声を掛けてきた。


「皆さんのお気持ちは理解しているつもりです。我々も相手が通常の犯罪者でしたら、可能な限り司法の下で裁くよう動きます。ですが異世界事案、今回のような特殊な力を持つ相手の場合には、正直なところ拘留するのもままなりません」

「だから殺す、と?」


 宮内は努めて穏やかに話して、この場を収めようとしていた。

 それは分かるのだが、白音はまた意地悪な返しをしてしまった。

 やはりかなり苛立っているのだと、改めて自覚する。


 棘のある白音のその言い方に、宮内が少し眉間にしわを寄せた。

 初めて生の感情が表に出た気がする。


「彼の場合は、事前の観測からただ拘束するだけでは力を抑制できないだろうと推察されていました。仮に投降の意思を示したとしても、周囲の安全がまったく保障できません」


 宮内の言葉に建前はなかった。

 彼にしてもやはり己の無力を感じているのだろう。


「彼が昏倒した時、彼の造り出した人形(パペット)には暴走化の兆候がありました。そのままでは被害が増加した可能性が高い。死亡によって人形(パペット)がすべて消滅したことは…………、僥倖と言えるでしょう」


「殺してよかった」、宮内はそう言っている。

 決して公にしてはならないような言い方をしているのは、白音たちに共犯者意識を持たせるためなのだろう。 しかし宮内の対応はおおむね真摯だと思えた。


 佳奈が『僥倖』の意味を白音に問うた。

 それを耳打ちして教えた瞬間、佳奈が再び沸騰する。

 白音も気持ちは同じだった。

 だがしかし、それとて感情にどう整理を付けるか、という問題でしかないのだ。

 怒りが事態を好転させることはないだろう。


 宮内が再び深くお辞儀をして、スーツの男たちと共に去った。

 白音たちは結局それを見送ること以外、何もできなかった。



 ギルドの事後処理、隠蔽工作班が到着するまでの間、白音たちは少し休んでいた。

 莉美の頭の傷は思ったより軽かったようで、もう出血は止まっている。

 白音たちとリンクスを現場まで運んでくれた魔法少女が、白音に手を差し出した。

 髪をハーフアップサイドテールに結っていた少女だ。


桃澤千尋(ももさわちひろ)よ。よろしくね」


 特徴的な吊り目で、目力があるため気の強うそうな印象がある。

 しかし今は事件が解決し、幾分柔らかな表情になっている。

 その髪型がかわいいので、今度挑戦してみようと白音は密かに企んでいる。


 魔法少女に変身したそのコスチュームは、マットな黒にネオングリーンが組み合わされていてスタイリッシュなデザインになっている。SF映画に出てくる戦闘アンドロイド、みたいな雰囲気だ。

 白音たちも順に名乗って握手を交わしていく。

 そして疲労困憊の様子で地面にへたり込んだままだった『ほうきの魔女』も名乗った。


羽多瑠奏(はたるかな)って言います。皆さん助かりました」


 千尋もそうなのだが、実は結構この魔女の人のことも白音は気になっていた。

 家ではきっと黒猫を飼っているに違いないと思うのだが。


 そらが瑠奏(るかな)の側にしゃがんで手を差し出した。


「ほうきで飛んだの、興味深かった。運んでくれてありがとう」


 魔女が辛うじて笑顔を作った。

 ふたりで空を飛んでいればきっと雰囲気がありすぎて、そのままブロッケン山まで(ヴァルプルギス)飛んで(ナハト)行ってしまうのではないかと思う。


「すごい能力の方たちばかりですね。おかげで戦いやすかったです。それに巻き込まれた人たちの避難も完璧。皆さんがいなければどうなっていたことか」


 白音は、個性豊かな魔法少女たちに出会えてちょっと感動していた。

 こんなに様々な能力を持った人がいるとは知らなかった。

 協力し合えれば、きっともっとすごい事だってできるのだろう。


「いえいえ、一番の功労者はあなたたちよ。ねえ千尋」


瑠奏(るかな)千尋(ちひろ)に声をかけた。ふたりは旧知の仲みたいだった。


「ええ。前線で戦う人はみんなすごいわ。私たち後方支援担当は尊敬してる。ねっ?」


 千尋は「ねっ?」と言いながら勢いよく背後を振り向いた。

 サイドテールの髪が元気よく跳ねる。

 千尋の後ろに、いつの間にかリンクスがいた。

 事後処理の目処が立ったのだろう。


「あ、ああ。もちろんだとも」


 リンクスも、しっかり後方支援要員に数えられているようだった。

 白音はギルドマスターの大変さを垣間見た気がした。



 リンクスから任務終了の宣言が出たので、千尋がアジトまで転移で送ってくれることになった。


「瑠奏は飛んで帰るんだよね?」

「無理無理。あたしも送って……もう飛べない」


 魔女はまだ、地面に座り込んだままだった。

 莉美が魔女の背中にそっと回り込んで、魔力を流し込む。


「ん、んんっ……? んっ!!」


 白音は今気がついた。

 莉美はこの声が聞きたくてやっているのだ。

 そしてお礼まで言ってもらえる。


「! 全快!? すっご…………ありがとう、でも体の方ももう限界なのよね……」


 瑠奏がちらっと千尋の方を見る。


「おっけー、おっけー、みんなお疲れ様。順番に送っていくね」



 千尋が転移でアジト近くの廃工場まで送ってくれると、別れ際白音たちはもう一度握手を交わした。

 莉美は、当然ながら千尋のことも狙っていた。

 握手の時に「お疲れ様。お礼に上げるね」と言って大量の魔力を流し込んだ。

 本当に莉美はどれだけの魔力を蓄えているのだろうと、白音はちょっと怖くなる。


「くぅ……。ありがと、助かるわ」


 しかし残念ながら千尋は予期していたらしく、なんとか耐えて見せた。


「リンクスはよくGPS切ってるんだけど、一応任務中はGPS入れといてね。あたしの転移は地図上で位置が確認できれば向かえるから、非常時の救出にも使える。まあプライバシーもあるから切りたい時があるのは分かるんだけどね」


 千尋は多分ギルドの裏方として中核メンバーなのだろう。

 働きぶりを見ていればよく分かる。


「あっ、そだ。この魔力紋(エーテルパターン)認証ね、この次のバージョンから、電源が入ってない状態で魔力を供給すると、救難信号が出るのよ。信号と言っても魔力だから、魔法が使える人にしか感じ取れないけどね。電源が切れたり、スマホが壊れたりした時でも、位置を特定できるわ」


 千尋が自分のスマホを取り出してその裏側、非接触通信のロゴがある辺りをこつこつと指先ではじく。


「この辺りに入ってるチップがそう。あたしはそれをキャッチして助けに行く側だから、試験的に先に使ってるの。これがあれば、リンクスがどこにいても捕まえられる時が来るかもしれない」


 裏方として、千尋もなかなか苦労が絶えないようだった。



 アジトに着くと、ようやく落ち着いた気分になった。

 家に帰るとほっとする、という奴だ。

 ようやく思い出したかのように佳奈と莉美が魔法少女の変身を解く。

 白音とそらはリンクスから任務終了の宣言が出た時に律儀に変身を解いていたのだが、ふたりはそのままここまで帰ってきてしまっていた。

 目立つことこの上ないので白音は気が気ではないのだが、このふたりにとってはもはや気に留めるようなことでもないらしい。


 変身したままだったおかげですっかり傷が塞がってしまった莉美が頭を洗っている間に、白音がみんなに熱い緑茶を淹れる。

 白音がお湯を沸かしていると、その横で佳奈がうろうろと歩いている。

 彼女だけはまだ少しイライラしている様子だった。

 やはり人形遣い(パペットマスター)の事が悔しかったのだろう。

 白音はそんな佳奈を捕まえて優しく頭を撫でてやる。

 佳奈も自分より少し背の低い白音に合わせて、やや屈んで頭を差し出すようにする。


 シャワーから戻った莉美がその様子を目撃した。

 小さい頃からたまに見る光景だ。

 それは白音にしかできない芸当だと莉美は思う。

『猛獣使い』の称号を謹んで進呈する。


 白音はお茶を運んで、佳奈にも座るように促す。

 少しゆったりとする時間が自分たちには必要だと思えた。


「みんないい人たちだったわ。やっぱり魔法少女って素敵だって実感できた。佳奈はそうじゃない?」

「そうだな。でもだから余計、みんな協力してくれたのにって思うなぁ…………。ああもう! スッキリしない!」


 白音が淹れてくれたお茶が、少し冷めるのを待っている。佳奈は猫舌だ。


「ごめんね。あたしが油断したせいであんなことになっちゃった」


 やはり莉美は責任を感じているようだった。


「いえ、莉美は何も悪くないわ。でも、んーー……」

「ん? どした?」


 少し考え込んだ白音の顔を、佳奈が覗き込むようにする。

 莉美には自分を責めて欲しくはないのだ。

 だから必要以上にこのことを引きずるべきではないのかもしれない。

 ただやっぱり白音にも、佳奈と同じようにすっきりしない部分はある。


「あいつらの言うことは間違ってない。それが余計もやもやさせてると思うの」


 白音の鬱々とした気持ちに、答えをくれたのはそらだった。


「そうね、そうだわ。わたしたちの方が正しいって、言えないから悔しいのね」



 男を気絶させただけではパペットは消えなかった。

 星石が凍り付くことによって、魔力供給が完全に絶たれて初めて無力化できた。

 あの男を殺さずに解決する方法は、もしかしたらあったのかもしれない。

 しかしあの状況で、不確実なそれを探す試みは許されることではないだろう。

 被害の拡大阻止が最優先なのだ。

 人、とりわけ人智を越えた力を持つ者と戦うということは、そういうことなのだ。


(私たち自身も、法の外側へはみ出してしまっているんだわ)


 白音たちにもあの狐面の巫女がしたような決断を、迫られることがあるのかもしれない。

 もしもその時が来たなら、それに答えを出すのは自分の役目なのだと、白音は密かに決意した。

第8話に続きます

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― 新着の感想 ―
実務上、そうするしかないですよね。市民的な立場からすれば、やはり怖いので死んでくれて良かったのかもしれませんね。主人公たちには抵抗があるのでしょうが。皆のやりとりがフランクで読みやすく。今回もとても面…
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