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「もちろん、勇者だよ」
俺はキリッとした目線でそう言い放った。
もちろん、今の俺にそんな能力はない。
しかし、女神さまから直接啓示を戴いたせいか、そのように自称することに違和感はなかった。
「やっぱり!」
リンは嬉しそうに胸の前でパンッと手を打った。
「やっぱりそうだと思ったのよね! 私、ずっと勇者さまを待ってたの!」
そう言って楽しそうに笑う。
うーん、可愛い。
妖精は想像通りに可愛い生き物だった。
「それじゃ行きましょうか! ここから東に――あの太陽が浮かんでる方角へ向かえば、旅立ちにぴったりの街があるわ!」
わかった、と俺は頷いた。
こいつはありがてえ。
ナビゲートしてくれるのか。
いきなり異世界で生きていくことになって右も左も分からない状態だったけど。
頼もしい相棒が出来たことが、単純に嬉しかった。
俺達はそこからリンの案内のまま、東に向かって歩いた。
草原を進み、丘を越え沼を抜け、さらに進んだ。
日が傾くくらい随分と歩いた。
「な、なあ、リン。まだ着かないの?」
「なーに言ってるのよ。勇者ともあろうものが!」
へとへとになり弱音を吐くと、肩に乗っていたリンにほっぺたを抓られた。
「はあ、お前は良いよな。こうして肩に乗ってるだけなんだから」
「んもう! 情けないことを言わない!」
リンにせっつかれて仕方なく歩き続けた。
やがて森に入った。
森の中は日が入りにくく酷く暗かった。
だが、リンの話ではすぐに抜けるとのことだった。
ひんやりとしていて、なんだかモンスターの気配が強くなった気がした。
つとその時、林道から外れたところに何か建物のようなものがあるのが見えた。
「おい、あそこに屋敷が見えないか」
俺は言った。
「本当ね」
リンは目を凝らしながら言った。
「疲れたからさ、あそこに寄っていかないか?」
「止めといた方がいいわ」
「なんで? 休むくらいなら家主も許してくれるだろ」
「あそこに住んでるのが"人間"ならね?」
リンは急に低い声を出した。
「ど、どういうことだよ」
「こんな人里離れたところにある屋敷なんて普通じゃないでしょ。モンスターの巣に決まってるわ」
「そ、そうなのか」
「あんなところに入ったら飛んで火に入る夏の虫。たちまち食べられちゃうわ」
リンは脅かすように言った。
俺はごくりと喉を鳴らした。
本当、やべー世界に来てしまった。
「さ、そんなことより早く森を抜けましょ。そうしたらすぐに町に辿り着くわ」
分かった、と頷いて、俺は歩き出した。
「そういえばさ」
つと思い付いて、俺は歩きながらリンに言った。
リンはなあに? と可愛らしく小首を傾げた。
「リンって、さっき勇者を探してたって言ったよな」
「うん。ずっと探してたんだから」
「けどさ、それって女神さまから遣わされたわけだろ?」
「うん」
「なら、あそこで俺と女神さまが会話してたの、聞いてたわけだ」
「き、聞いてた聞いてた」
「ならなんで、わざわざ俺が勇者かどうかを確認したんだ?」
「な、なんのこと?」
「だって変じゃん。俺はあそこで女神さまから直々に勇者だって啓示を受けたわけで、リンはそれを聞いてたわけじゃん? それなのに、わざわざ俺が勇者であるかどうかを聞いて、しかも、俺を待っていたみたいな言い方をして――うっ!」
そこまで言ったとき、首元に鋭い痛みを感じた。
「ったく、ガタガタとうるせえ野郎だ」
さっきまでの可愛らしい声音ではなく、嗄れたダミ声が耳元で響いた。
「リ……リン?」
俺は肩に乗っているリンを見た。
次の瞬間、驚いて目を見開いた。
さっきまでの可愛らしい彼女の顔は、皺だらけの恐ろしい面相に様変わりしていた。
「お、お前は――!?」
凶悪な顔つきになったリンは、尻尾を俺の首元に突き刺していた。
尾の腹がドクドクと脈打ち、俺の体内に何かを注入していた。
「ケケケ。あの草原は弱っちい人間が現れるんだ。なんでも異世界から飛ばされた野郎がやってくるとか。魔物の間じゃあ有名な話さ」
「ど、どういうことだ」
「どうもこうもねえわな。俺は、人間の脳を食べたいんだ」
「なんだと」
「人間の脳ミソを食べて、俺も人間のように賢くなるのさ」
咄嗟に肩から振り払おうと手を動かした。
しかし、上手く身体が動かなかった。
「バーカ。もう手遅れだ」
魔物はもう一度ケケケと笑った。
目の前がぐらりと揺れた。
踏ん張ろうとしたが、既に下半身に感覚が無くなっていた。
「さあて、こいつの脳はどんな味かな?」
俺は最早、呂律が回らず喋ることさえ出来なくなっていた。
首はたちまちどす黒く腫れ上がって気味悪く血管が浮き上がり、気道が圧迫されて呼吸をするとひゅーひゅーと音が漏れた。
魔物はそのままカサカサと動いて、俺の頭にしがみつき、がぶりと噛みついた。
残酷なことに頭から上の痛覚や触覚、そして意識はハッキリと残されていた。
叫び声をあげたかったが、その時には既に声帯にまで腫れの膨張が及んでおりそれも適わなかった。
ガリガリガリ。
ゴリゴリ。
ガギギギ。
グシャグシャ。
ベチャベチャ……。
そうして。
俺は頭蓋の中で響く絶望の音を聞きながら、魔物に脳ミソを食い尽くされたのだった。
Game Over




