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ちょっと離れていてくれ。
俺はそう言って、リーゼを突き放した。
止めてください、父は強いです、勝ち目はありませんと彼女は止めたが、俺は無視した。
そんなことはない。
どう見てもチャンスは今しかない。
俺は銅剣を構えてすーはーと息を吐いた。
そして、集中力を極限にまで高めてから、奴の背中に斬りかかった――
と、その直前で、俺の身体に横から何者かがぶつかってきた。
訳が分からず蹌踉めいて転んでしまう。
振りかえると、そこにはリーゼの姿があった。
「無理だって言ってんでしょ!」
リーゼは急に口調が変わり、俺の胸倉を掴んだ。
「あの人はもう理性もなにもないモンスターになってるんだから! あんたみたいな痩せっぽちの僕ちゃんが勝てる相手じゃないの! 現実を見なさい!」
俺は目をぱちくりと瞬かせた。
リーゼのキャラクターが完全に変わっていた。
これが――彼女の本当の性格?
「えと……あ……いや……けど」
「けどじゃない!」
いいだけ戸惑っていると、パチンッ、といきなりビンタされた。
「急がないと殺させるって言ってるのよ! ほら、行くわよ! 早くしなさい!」
リーゼは強引に俺を立ち上がらせた。
それから腕を引っ張り、ダイニングを出て行った。
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それから俺はリーゼに手を引かれて廊下を走った。
彼女は先ほどまでの可憐で儚い性格が一変し、力強く俺を先導してくれた。
いくつかの角を曲がり、それからエントランスホールから2階に上がるとさらに廊下を走った。
「グオオオオ」
気味の悪い雄叫びがして背後を見ると、悪霊が追いかけて来ているのが見えた。
「や、ヤバいよ! 追ってきてる!」
「五月蝿い! もう少しだから、黙って走りなさい!」
そうして、俺とリーゼは1番奥にある大きな扉の前で立ち止まった。
「ここがリーゼの部屋よ」
リーゼは短く言うと、重そうな扉を開いた。
リーゼの部屋?
どういう意味だ?
自分の部屋を呼ぶのに、どうしてそんな言い方を?
それに、よく聞くと声音も変わっている。
よく似てはいるが、リーゼの声よりちょっとだけ低い。
質問する間もなく、さあ入りなさい、とお尻を叩かれて、押し込められるように中に入った。
雪崩れ込むように室内に入る。
すると直ぐに、リーゼは扉を閉めた。
そして、2人で息を潜めた。
当分は廊下から悪霊の声がしていたが、それもやがて消えた。
「ふう、これで一安心」
リーゼは大きく息を吐いた。
それに倣うように、俺もふうと一息吐いた。
それから、ゆっくりと室内を見回した。
その部屋は、まさしく"お姫様のような"という枕詞がピッタリな部屋だった。
装飾も家具も絵画も、これまで見たどの部屋よりも豪華で華やかだった。
一際目を惹いたのが、大きな鏡台だった。
そこには目に染みるような宝石箱が上蓋を開いたまま置かれてあって、中身が見えていた。
「あらあら、あの子、だらしないわね」
リーゼはそう言うと、小言を言いながらその箱を閉めた。
その様子を見ながら、俺は小首を傾げた。
先ほどから、どうにも様子がおかしい。
彼女は彼女でないように見えた。
まるで――中身だけ変わったみたいに。
「あ、あの、リーゼさん……ですよね?」
俺は恐る恐る聞いた。
「ううん、違うわよ」
しかし、リーゼはあっけらかんとそう応じて首を振った。
「あの子は今、眠ってる。今は"私"がこの子の代わりにこの子の肉体を動かしてる」
「代わりにって……どういうことです?」
「あんたたちじゃ、あの人は退治出来ない。だから、私が力を貸してあげる」
リーゼ――の身体を使っているらしい"誰か"は、そう言って胸を張った。
「あ、あの、あなたは一体」
俺は聞いた。
すると彼女は、「母です」と即答した。
「私はリーゼの母、ケリーです」
「は、母親?」
「そう。あなたは先ほど、私の部屋にいらっしゃったわよね?」
「あなたの部屋?」
「そう。そして、私の首から、ペンダントを持っていった」
俺は少し考えてから、「ああ!」と声をあげた。
「あ、ああ、あなたは、あのミイラの」
「そんな言い方、やめて頂戴」
ケリーは嫌そうな顔をした。
俺はすいませんと頭を下げた。
確かに、女性に対して不躾な物言いだった。
「では、あの悪霊の正体は」
俺が問うと、ケリーは「夫です」と答えた。
「夫のグスタフ。この屋敷の前当主」
やはりそうか、と思った。
「し、しかし、どうして悪霊なんかに」
俺が聞くと、ケリーは目を伏せた。
「夫は娘を愛しすぎている」
ケリーは呟くように話し始めた。
「私たち夫婦はリーゼを何不自由なく育てました。けれど、少し、いいえ、過剰に甘やかし過ぎた。あの子は私達の一粒種だった。本当に可愛くて仕方がなかったの。それ故、夫はリーゼは外の世界では生きていけないと思ってる。幸か不幸か、リーゼは容姿にとても恵まれています。あの子を狙う獣のような男は山ほど現れるでしょう」
なるほど、と思わず頷いた。
だから、あの悪霊は俺を襲ってきたのか。
俺をリーゼから引き離そうとした。
「けれどあの子はもう子供じゃないし、いつまでもここに閉じ込めておくことは、あの子にとって不幸なことなのに、ここにずっと留めておくことが、あの子の幸福だと勘違いしてるの」
俺はそうでしたかと呟いた。
「あのペンダントは私たち家族の形見なんです。それを依り代にして、私は今、あの子の中に入り込んでいる」
と、ケリーは言った。
「リーゼは、私のことを受けて入れてくれた。とても嬉しいわ」
ケリーは微笑んだ。
母性を感じる表情だった。
「あなたは、どうしてリーゼの人格に入り込んだんですか」
俺は聞いた。
正直な話、まだ俺は彼女を信じていなかった。
父親が悪霊になっているのだ。
母親がそうではないとは言い切れない。
極端な話、ケリーがリーゼを乗っ取ろうとしてる可能性だってある。
ケリーはうふふと目を細めた。
「そんなに警戒することはないわ」
ケリーは俺の心の中を読んだかのように言った。
「言ったでしょう? あなたたちでは、夫のグスタフには勝てないって」
「勝て……ませんか」
「ええ。あの人は生前からとても有能な魔導師でしたから。国王軍の将校まで上り詰めたエリート軍人でしたのよ」
道理でオーラがえげつないはずだ。
「だから、夫と同じく魔導師だった私が、あなたたちに力を貸してあげようとしているの。あなたたちが勝つには、私がリーゼの身体を使い、共に闘うしかない。けれどそれには、1つ、問題があって」
「問題?」
「そう。実は今のままでは、私は間もなくリーゼの中から追い出されてしまう」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。まだしっかりと現世に馴染んでないの」
「それは――どうすれば」
「そこで、あなたの力を借りたいの」
ケリーはそのように言うと、俺の近くに歩み寄った。
そして、俺の身体に密着すると、よよよと艶めかしく撓垂れかかってくる。
「な……なにを!?」
「古来より、魂と肉体を繋ぎ止める儀式があるの」
「儀式?」
「魂を肉体に紐付けるには、身体と精神の結び付きが最も有効的なの」
「身体と精神の結び付きって――」
「性行為です」
ケリーはハッキリと言った。
「は、はあ?」
突拍子もない言葉に、俺は目を見開いた。
しかし、ケリーは至極真面目な顔をしている。
どうやら冗談で言っているわけではないと判じて、思わずごくりと唾を呑んだ。
「い、いや、いやいや、ケリーさん、それはいくらなんでも」
「平気でしょう? 中身はちょっとだけおばさんだけど、外見はリーゼそのものなんだから」
「い、いや、けど、肉体はリーゼのものなんですよね? それなら、リーゼの許可が」
「分かってる。けど、背に腹はかえられないわ。私だって、こんなことはしたくない。けれど、娘の命がかかっているんですもの」
ケリーは言い、俺の胸に自らの胸を押し付けてきた。
女性経験のない俺は、それだけで目の前がクラクラした。
「ねえ、お願い。1度だけ――リーゼの身体を抱いて」
俺は――
A そんなことは出来ません。俺とリーゼで、グスタフさんを倒します。と、リーゼと共に闘うと宣言した。
B そういうことならやむを得ない。分かりました。と、ケリーを抱く。
Aを選んだ方は 19へ
Bを選んだ方は ノクターンの短編 「ケリーとの一夜」へ (この選択肢は18歳以上の方のみ選べます)




