14
ダイニングルームは信じられないほど広かった。
数十人は軽く食事が出来そうな大きさ。
しかし、それだけにとても寂しく感じた。
この広大な豪奢な場所の片隅で、俺とリーゼがたった二人きりで食事を摂る。
なんだか物悲しかった。
料理は既に運ばれ、すべて配膳されてあった。
出されたものを口に運ぶのは躊躇われたが、空腹には勝てなかった。
料理はどれも暖かくて素晴らしく美味だった。
この世界に来て初めての食事がよもやこのような豪華なものになろうとは。
身体も温まり、疲労もかなり回復した気がした。
「リーゼさん、本当にありがとうございました」
俺は彼女に向き直り、改めてお礼を言った。
彼女はいえいえと小さく首を振り、優雅に微笑んだ。
「旅の御方であるタナカ様のお口に合いましたかしら」
「ええ、それはもう」
「それはよかった。この料理は全てこの地方でしか食べられていないものですから」
「しかし、驚きました。リーゼさん、あなたはどこからどう見ても貴族階級のお嬢様なのに、こんな手の込んだ料理を作ることが出来るなんて」
「え?」
リーゼはきょとんとした表情を浮かべた。
「私が作った?」
「ええ。この屋敷には、リーゼさんしかいないんですよね? なら、あなたが作ったってことでしょう?」
「あ、ああ、そうですね。これはその……母方の祖母から仕込まれたんです」
リーゼは取り繕うように言い、誤魔化すように紅茶を口にした。
そうですか、と俺はにこりと笑った。
ここに至っても、俺はまだ迷っていた。
この屋敷には何かが憑りついている。
そのことを、彼女に問い質すかどうかを。
「あの、リーゼさん。ちょっといいですか」
俺は意を決して言った。
「はい。なんでしょう」
「あの、こんなによくしてもらっていて、こんなことを聞くのも気が引けるですが――ここには、なにか良からぬものが憑いていますよね?」
俺はずばり、そう聞いた。
リーゼは黙っていた。
俺は続けた。
「本当にすいません。あなたに悪意がないことは信じています。しかし、あなたはそうでも、この家に”いる”ものは、そうじゃない」
「……」
「よろしければ教えていただけませんか。なぜ、あなたはこんな辺境の場所に一人で住んでいるのか。そして、ここに”いる”ものは、一体なんなのか」
「それを聞いてどうなされるのですか」
「備えたいんです。向こうが襲ってきたら、俺も闘いたい。犬死はごめんですから」
「闘う?」
「はい。俺にも、準備がありますから」
俺はそう言い切って顎を引いた。
「リーゼさん。ここに”いる”ものは一体何者なんですか。そして、あなたとはどういう関係なんですか」
「それは……」
リーゼは言った。
「すいません。言えません」
「どうしてですか」
「それは――聞かれているから」
「聞かれている?」
「ええ。ただでさえ、あなたを招き入れて腹を立てているでしょうから。これ以上は刺激しない方が」
「どういうことです。あなたは、ここに”いる”ものに、従属しているんですか」
「従属……ある意味ではそうかもしれません。”ここ”にいる限り、私に自由はない」
パリンッ、と音がした。
振り返ると、床に大きな壺が落ちて割れていた。
「嗚呼……やはり、怒っておられるわ。これ以上は、本当にやめておきましょう」
「そんなことできませんよ」
俺は口調を強めた。
「俺はあなたに親切にしてもらったんだ」
「ええ。ですから、もうこの話は」
「やめない!」
俺はリーゼの手を取った。
「あなたは今、”自由がない”といった。それはつまり、あなたは、ここにいたくているわけじゃないってことだ!」
「そ、そんなことは」
リーゼは困惑した表情を浮かべた。
バリン!
ガタンッ!
ゴシャ!
すると、俺の背後で、ものすごい音がし始めた。
「や、やめましょう! これ以上は危険です」
「いいから、返事をしてくれ、リーゼさん! あなたは、ここに囚われているんですね?」
リーゼは俯いた。
そしてそのまま黙っていたが、やがて――
こくん、と頷いた。
俺はにやり、と笑った。
「よし。それじゃあ、一緒にここを出よう」
ドガンッ!
そのとき、ひと際大きな音がした。
俺はリーゼを庇う様に振り返った。
目の前に――悪魔のような姿の壮年の男が浮いていた。
「お……お父様」
リーゼが呟いた。
お父様、か。
なるほど、なんとなく分かってきた。
「おい、クソ親父」
と、俺は言った。
「リーゼさんはもう立派な成人だ。いい加減、子離れしろよ」
すると、悪霊はこの世の者とは思えぬ声を出しながら突っ込んで来た。
俺はにやりと笑い、ポケットから”あれ”を取り出した。
A 瓶を持っている方は、15へ
B ペンタントを持っている方は、16へ




