13
俺は部屋を出て屋敷を散策してみることにした。
こんな妖しい場所にいるのだ。
じっとしていては良くない気がする。
リーゼの話も鵜呑みにすることは出来ない。
ここはモンスターが跋扈する異世界だ。
自分の身は自分で守らなければならない。
恐る恐る扉を開き、廊下に出た。
どちらに行こうかと考えたが、今来た道では無く、奥の方へと向かうことにした。
屋敷は水を打ったように静かだった。
まるで誘うかのように等間隔に瓦斯灯が灯っている。
廊下はどこまでも続いていくかと思われたが、意外と直ぐに袋小路へ辿り着いた。
裏庭に出るような勝手口のような小さな扉があった。
ノブを捻ってみたが開かなかった。
その時、把手を捻る手に違和感があった。
なんというか、"遊び"がないのだ。
普通、施錠されたドアノブを捻ると、ガチャガチャとノブが動きながら音を立てる。
しかし、この扉の把手は、全く動かないのだ。
まるで厚い鋼鉄で溶接されているかのように、いくら捻っても、押しても引いても、びくともしない。
1㎜も動かない。
まるでドアの形をした単なるモニュメントであるかのようだった。
どうしようかと思っていると、右側に、2階へと上がる階段が設えてあった。
少し躊躇したが、俺は上がることにした。
2階に階下と同じ造りになっていた。
薄暗い廊下を歩いていると、徐々に怖くなってきた。
真っ直ぐな一本道を進んでいるのに、もう2度と元の部屋には戻れないような、そんな気持ちになった。
そ、そろそろ戻ろうか。
そんな風に思い始めた、その時。
――こっちへきて
どこからともなく、声がした。
俺は背中に氷柱を突っ込まれたように硬直した。
びっくりして死ぬかと思った。
思わず足を踏み出すと、また、
――こっちへきて
と、同じく聞こえた。
女性の声だった。
リーゼの声音ではない。
もっと成熟した女性の、大人の声だ。
「だ――誰だ」
俺は辺りを見回しながら言った。
しかし、誰もいない。
どうしようかと悩んだが、俺はやはり、元の客室に戻ろうとした。
だが、そうするとまた、
――こっちへきて
と、そう聞こえた。
この声は、俺を誘っているようだった。
俺は迷ったが、踵を返して、声が導く方へと向かうことにした。
なんというか、この声に刃向かうと良くないことが起こるような気がした。
声に導かれるままに進むと、一際大仰な扉の前に辿り着いた。
俺が目の前に立つと、がちゃり、と施錠が解かれる音がした。
扉柄を引くと少し重く開いた。
中の様子を伺うと、暗くてよく見えなかった。
と、その時、急にドンッと誰かに押されるような感覚に襲われた。
俺はつんのめるようにして室内に入った。
すると扉がバタンと閉まり、室内の灯りが点いた。
何が起こったのか混乱した。
次になにか起こるのかと構えたが、それ以上は何も起こらなかった。
俺はすーはーと大きく深呼吸した。
カビの臭いがツンとした。
気持ちが落ち着くと辺りを見回した。
そこは寝室のようだった。
見たこともないほど大きな、天蓋付きのキングサイズのベッドが中央に置かれてあった。
その奥の壁には巨大な絵画が飾ってあった。
貴族のような出で立ちの壮年の男性と、王妃のような衣装をきた初老の女性が寄り添っている肖像画。
一目見て、これはこの屋敷の主の部屋なのだろうと察せられた。
――父と母は早くに亡くなって。
リーゼの言葉を思い出した。
この二人は恐らく、彼女の両親だろう。
となると。
先ほどの声はこの初老の女性。
リーゼの母親だったのだろうか。
であるならば――彼女は何故、俺をここに導いたのだろうか。
リーゼの母親は、俺に何かを頼みたかったのではないか。
そのように考えて、俺は辺りを伺った。
すると――ベッドに誰かが寝ていることに気づいた。
俺は恐る恐る近付いた。
「ひっ」
枕元を覗いたとき、俺は小さく悲鳴を上げた。
そこには、既に干からびた遺体が寝かされていた。
高級そうなシルクの寝間着のまま、ミイラ化してしまっている。
ここで、一体何があったのだろうか。
リーゼは、母親の遺体をここに置いたまま、何事もないように暮らしていたのだろうか。
様々な疑問が頭に浮かんだ。
――ペンダントを
その時、再び、声がした。
刹那、何のことだろうかと思った。
しかし、彼女の首元を視認したとき、すぐに分かった。
ミイラの首には、ロケットの付いたネックレスかけられていた。
俺は少し考えてから――
B ミイラの首からペンダントをとり、客室に戻った。
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