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第28章 消えて現れる

「二件の殺人事件が起こってしまいましたが、警察は容疑者の見当もつかず、捜査は暗中模索の状態でした。

 被害者は二人とも西根(にしね)家、時坂(ときさか)家に関係のある人物。そこで警察は再び関係者に聴取することにしました。もっともこの任務には、警察からは丸柴(まるしば)刑事ひとりが付き、私と由宇(ゆう)で行うことになったのですが。当然、友美(ともみ)ちゃんにも話を聞くことになります。

 ここまであなたはうまく犯行を重ねてきました。指紋や目撃者などの証拠も残すことなく、度重なるトラブルにも臨機応変に対応して。しかし内心不安だったでしょう。もしかしたら自分が疑われているんじゃないか、何か自分では気が付かないミスをしていたんじゃないか。あなたは警察の捜査状況や私の考えを知りたいと思った。

 そこで友美ちゃん、あなたは自分の聴取の場所に会社近くの喫茶店を指定しました。会社にいる友美ちゃんに話を聞きに行くために、近くの喫茶店で私たちと落ち合うというのは自然な流れです。何の疑いも持たれる心配はない。

 私たちが指定された喫茶店へ行ったとき、すでに友美ちゃんは到着して待っていましたね。当然、私たちも同じボックス席に座ります。ここであなたは、あることに期待していました。その日、月曜日は勝巳(かつみ)さんはお休みで家にいるはず。藍子(あいこ)ちゃんも含めて、自分以外の容疑者への聴取は終わっているだろうと。自分が最後の聴取対象者だろうと。であれば、聴取が終わり自分が先に帰れば、丸柴刑事たちはその場に残って聴取内容をまとめる会議をするのではないかと。

 用意した席は人に聞かれたくない話をするのにも都合の良い奥のボックス席です。そこでの話を聞く事が出来れば、警察の動きや私の考えが分かる。捜査の手が自分に迫っているのかどうか知ることが出来ると。あなたは先に喫茶店に来てボイスレコーダーを仕掛けていたのではないですか。恐らく、席の横にあった観葉植物の鉢の中にでも。

 友美ちゃん、あなたは聴取が終わったとき、私たちに喫茶店に残るよう水を向けましたね。カレーピラフがおすすめだと言って。私たちは友美ちゃん、その言葉通り、あなたが帰ったあと喫茶店に残り即席の捜査会議を開きました。あなたは会社が終わると再び喫茶店に寄ってボイスレコーダーを回収。(たもつ)さんの通夜に行く途中の車の中で録音を聞いたのでは。

 私たちの話の内容は、ある程度予想できていたことでしたか。それとも意外でしたか。友美ちゃん、あなたよりも、藍子ちゃんに犯人の容疑が掛けられていたということは」

「私って、バカ……よく考えたらそうなるわよね。そんなことにも気づかなかったなんて」


 友美は悲しげな顔をした。理真が推理を語り始めてから初めて、私が知っている友美の顔を見たような気がした。


「そこであなたは、予定になかった犯罪を追加で行うことにした。容疑を掛けられている藍子ちゃんと自分を被害者にしてしまうことで、二人揃って容疑の圏内から外れようと考えたのです。

 被害者といっても、襲われたが傷を負うだけで済んだ、というような手段は駄目です。藍子ちゃんにそんな痛い思いをさせるわけにはいきません。あなたの選んだ手段は誘拐でした。

 翌日の保さんの葬式。午後三時頃に、お(とき)を途中で抜けたあなたと藍子ちゃんは二人でショッピングセンターへ出掛けます。フードコーナーに寄り、藍子ちゃんがトイレに立った隙に彼女の飲み物に睡眠薬を入れる。超短時間作用型の睡眠薬は服用して一時間程度で効果が現れます。あなたは睡眠薬が効いて眠くなったと言った藍子ちゃんを車に乗せます。そこで自分も眠くなったと嘘をついたのではないですか。ここではあなたも被害者になるシナリオですからね。連日の事件と通夜、葬式で疲れていた藍子ちゃんに睡眠薬はよく効いたのではないでしょうか。藍子ちゃんが完全に眠ったら行動開始です。

 あなたは藍子ちゃんの監禁場所に自宅敷地内にあるトンネル奥の小屋を選びました。敢えてまた自分の近くで犯罪が行われる形をとることになりますが、今回の計画は藍子ちゃんと自分を容疑から外すというのが目的です。また、急な計画であり他に適当な場所が用意できなかったのでしょう。ですが、そこには全ての条件が整っていました。雨風を凌げる安全な監禁場所と、犯人の逃走経路。

 完全に眠った藍子ちゃんを乗せた車を運転して、あなたは自宅へ戻ります。佐枝子(さえこ)さんたちは保さんの葬式に行って帰りは遅くなるはずですが、勝巳さんは医院で仕事のため六時くらいに帰ってきます。それまでに仕事を済ませてしまわなければなりません。三時に会場を出て、睡眠薬を入れた飲み物を飲ませるまでに三十分は掛かるでしょう。睡眠薬が効いて完全に眠るまで一時間半は欲しい。藍子ちゃんを家の小屋へ運び込むまでに三十分。ここまでで五時半。何とかいけます。そして再びショッピングセンターまでとんぼ返り。車を置いて自宅まで向かいます。自宅近くに車を置くと、すぐに発見されてしまい、犯人は近くにいるのではないかと思われ、監禁場所の小屋も捜索対象となってしまう恐れがあるからです。

 ショッピングセンターから自宅までは徒歩で帰ったのですね。あの辺りにバス路線はありませんし、タクシーを使っては運転手に顔を憶えられてしまう危険があります。距離にして五キロメートルほどですが、歩くとなると相当の時間が掛かります。知り合いに会わないように気を付ける必要もあります。一時間は掛かるでしょう。家に着くのは六時半。もう勝巳さんが帰ってきている時間です。藍子ちゃんの様子を見に行っては、勝巳さんと出くわす恐れがあります。あなたは自宅近くに潜伏します。どこに潜伏していたのですか? 近くに公園と神社がありますね。そのどちらかだと思うのですが」


 友美は例によって答えない。理真の話は続く。


「そこには、犯行に使う小道具も用意してあったのでしょう。私たちの前に現れるときに着用する全身を覆う衣装、これはもちろん自分の犯行と分からせないためのものです。特に友美ちゃんは頻繁に私たちと会っていたから、体の一部でも露出することを嫌った。当然声も変える必要があります。用意したのは、ヘリウムガスを入れたビニール袋。脅迫状。犯行を終えた直後に飲む睡眠薬。あとで検査をされた場合、藍子ちゃんからしか睡眠薬が検出されなかったら変ですからね。それと、眠った藍子ちゃんから取り上げた携帯電話。これに自分の携帯電話を加えれば、必要な道具は全て揃います。携帯電話は二台とも電源を切っておきます。携帯電話は電源が入っていると、基地局に電波を拾われて場所を探知されてしまいますからね。

 午後八時、あなたは自宅へ行きチャイムを押して脅迫状を置くと、すぐに潜伏先まで戻ります。自宅近くにいたあなたは、佐枝子さんがすぐに警察に連絡したことを知ったでしょう。覆面パトカーが何台も駆けつけましたからね。

 あなたは脅迫状に差出人の名前を打ちましたね。レコーダーに録音された私たちの会話から、藍子ちゃんの他に警察が目星を付けている容疑者らしき人物の名前を聞き、その人物に全てをなすりつけようと考えたのでしょう。

 しかし、ここで問題が。音声のみのため、その人物の名前の漢字が分からない。かといって脅迫状の差出人だけを仮名で書けば、おかしいと何か勘ぐられてしまうかもしれない、そこであなたは脅迫状の全文をカタカナにすることにしたのです。ちなみに、サガミは、相模(さがみ)湾の相模。タケルは、健康の健という字です。ついでに友美ちゃん、あなたはレコーダーの会話から、私が屋上のトリックがフェイクではないかと疑っていることを知り、脅迫状にその疑いを払拭させるような文面を書きましたね。さも、犯人、すなわち相模さんと保さんとの話し合いがこじれ、毒殺に至ったのだ、というストーリーを。

 じきに警察の動きが活発になり、自宅から多くの警官が出て行きます。ショッピングセンターで友美ちゃんの車が発見されたためです。あなたはそれを待っていた。自宅近くから警官の数が少なくなれば移動しやすくなりますからね。小道具を持って自宅の門の近くまで行きます。あとは衣装を着て私たちの前に現れるタイミングを図っていたのでしょう。そこへ救急車がやってきて、樹実彦(きみひこ)さんを搬送していきました。ちょうど良い機会だと思った。あなたは二台の携帯電話の電源を入れ、自分の携帯電話から藍子ちゃんの携帯電話へ発信し通話状態にした。自分の携帯電話はスピーカーモードにします。通話内容を私たちに聞かせるためです。懐にヘリウムガス入りのビニール袋を入れ、ローブを着込む。右手には衣装越しに自分の携帯電話、ローブの下の左手には、藍子ちゃんの携帯電話を持ちます。そして、門の前に姿を現す」


 私はそのときのことを思い出す。月明かりに照らされる怪人。あれが友美だったとは。


「呆気にとられる私たちに、あなたは手にした自分の携帯電話を向け、ローブの中で藍子ちゃんの携帯電話に声を出し、手に持った携帯電話のスピーカーから自分の声を聞かせます。肉声が外に聞こえてしまわないよう、携帯電話のマイクを口にぴったりくっつけて喋ったのでしょう。

『誰かいるの』そう言っていましたね。そしてすぐにヘリウムガスを吸って、今度は肉声で声を発します。『動くな』と。あたかも監禁場所に友美ちゃんがいて、携帯電話越しに声を聞かせたように思わせます。人質と犯人の一人二役というわけです。あのあと、私はもう一度電話に友美ちゃんを出してくれるか、藍子ちゃんの声を聞かせてくれと頼みましたが、断られました。それはそうです。出来るわけがありません。ヘリウムガスを吸ってしまったのだから効果が切れるまでもうしばらくは友美ちゃんの地声は出せませんからね。藍子ちゃんの声を聞かせることだって出来ません。

 私たちとそんなやりとりをしている間に、あなたはおもむろに門をくぐり庭に続く砂利道へ移動しましたね。逃走経路を確保するために。あのときにおかしいとは思っていたんです。あの犯人は、丸姉(まるねえ)を見て『刑事』と、私を見て『素人探偵』と言った。丸姉はおよそ刑事に見えないし、私が探偵だと、どうして分かったのか。後から駆けつけた城島(じょうしま)警部のことも、『警部さん』と呼びましたよね。捜査状況を逐一観察していたのだとしたら、私たちの素性を全て分かっていたと考えてもおかしくありませんが、そんなに近くに犯人、相模健がいたのなら、織田(おだ)刑事たちの捜索で尻尾も掴ませないというのは、やはりおかしい。でもそんな私の推測で動くわけにはいきません。人質の命がかかっていますから。

 あなたは監禁場所にも仲間がいると思わせ、自分の携帯電話をその場に置いて逃走します。藍子ちゃんがいる小屋へ向かって。人質の身を案じ、私たちがすぐに動けないと分かっていたでしょうが、あなたは逃走中に保険を掛けました。藍子ちゃんの携帯電話で、一言『動くな』と言って牽制します。それは私たちにとっては監禁場所にいる犯人の仲間からの声として聞こえます。人質、犯人に続いて、その仲間という一人三役をこなしましたね。もちろんあなたに図れるはずはありませんが、あの牽制のタイミングは絶妙でした。私たちはさらに追うことを躊躇しましたよ。

 それからの計画はこうです。あなたはトンネルを抜けた空き地でローブを脱ぎ捨て小屋へ入ります。藍子ちゃんの携帯電話とヘリウムガスを入れていた袋は中に投げておき、睡眠薬を飲み込み自分も藍子ちゃんの隣に横になる。追ってきた警察は小屋で二人を発見する。そうすると、この状況をどう見るでしょう。犯人はローブを脱ぎ捨て、小屋にいた仲間と共に逃走。逃走経路は勝巳さんが山菜を採りに入山するのに使っていた梯子です。二人は無事保護され、警察による山狩りが行われる。しかし、犯人は発見できない。かくして犯人は消え、一連の事件は迷宮入り。

 しかし……あのとき、夜とはいえ、月明かりで分かりましたよね。友美ちゃん、どう思いましたか。梯子がないことに気付いて。夕方に眠らせた藍子ちゃんを運び込んだときには、確かにあった梯子がなくなっていたのを見て」


 友美が、この日何度目かの苦悶の表情を見せた。その瞬間のことを思い出しているのだろうか。


「その前日の夕食の席、友美ちゃんはいなかったので知らなかったんですね。テレビの映りが悪くなったため、勝巳さんが医院から帰ってきたらアンテナを見る予定でいたことを。あなたが藍子ちゃんを小屋へ運び込んだあとに、屋根の上に上がるため勝巳さんが梯子を母屋まで持って行ってしまったことを。その翌朝も友美ちゃんは寝坊して慌てて出社して、佐枝子さんと顔を合わせなかったそうですから、その事を耳にする機会はなかったんですね。

 梯子がないことに驚いたでしょう。しかし、今更何をどうこう出来る状況ではない。後ろからは城島警部たちが迫ってきていますからね。あなたは当初の計画通り、ローブを脱ぎ捨てて小屋へ入る他なかった。本来であれば、ローブは犯人の逃走経路としてでっちあげる梯子の下にでも捨てる予定だったのでしょうが、梯子がないため、友美ちゃん、あなたは小屋に入るぎりぎりまでローブを着て、小屋の陰に投げ捨てた。そのため、ここでもまた異様な状況が確認されることになってしまいました。犯人とその仲間が袋小路から消え失せてしまったのです。

 これが、友美ちゃん、あなたが行った犯行の全てです。途中、私の想像を含めるしかない箇所もありましたが、どうですか。どこか違っているところはありましたか」


 理真の推理を否定するのなら、友美は二つのことについて迫るはずだ。物的証拠の有無と、もうひとつは……。

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