14 ローレンスさんちの夜
夜。
ローレンスさんの家の玄関でぐるぐる巻きの男達を警備兵に引き渡しました。帰り際、下手人達を引っ立てた隊長さんから『ご苦労様でした』なんて言われたけどこれは自慢してもいい事なんでしょうか? こいつら全員『強姦未遂』『脅迫』『傷害』などの罪で監獄送りになるんでしょうね。それとも伝馬町かな?
まあ、こっちは恐怖を感じたんだからそれくらい当然ですよ。まじでおっかなかったし。
ほら、今でも手が震えてるから。
自分の手を広げて上に掲げて見るとわずかにがくがくと震えている。
元が男だとしても、今の女性脳だと本能で恐怖ってやつは感じられるんだなー。すっげーなー、生物の神秘だなー。
人事の様に感心してみる。いや、自分の事なんですけどね。男の頃だったら大勢の人間に囲まれたら殴られる恐怖を感じたんだけど、女性の場合はまた別の恐怖だからなー。こればっかしは男には経験できない。
だからさたぶん、あのままつつがなく事が進んでいたら今頃は破けた服とベトベトの体液まみれになったオレが、下を向いて泣きながら夜道を歩いていたはず。
ホントに、本当に、ほんっとーに危なかったんだよ!
で、あいつらですが、じつは雷の魔法の威力でビリビリ状態にしておいただけだったんですよ。ですから威力を抑えて放った分、死人は出ませんでした。だって本気を出して全力でやったら消し炭になっていたと思うからね。
さすがにさ、人間の消し炭死体なんて見たくないからこの辺りが妥当だったんだよ。
「ミコちゃんや、もういいから夕飯にしようじゃないか?」
「あっ、はい」
パタパタと玄関から廊下へと引っ込むと、ナイスなおばちゃんボイスのエルさんに声をかけられる。そしてそのままエルさんに手を引かれて食堂へと歩き始めた。
手を引いてくれるなんてオレの事を心配……してくれてるのかな? 事情はエルさんにも話したからね。
えへへ。なんだか嬉しいな。
食堂のテーブルには肉よりも野菜の多いスープとパン。それに今日は焼き魚ですね。焼き魚はいいのですけど、たまには野菜たくさんよりも肉のスープが飲みたかったりします。
あー、その肉が牛肉なら言う事無しですよ。
三人がテーブルに着くと、まずはこの世界の神様にお祈りをします。全能の女神カルマ。この世界を作った女神様なんだって。
ハーレムメンバーの美衣さんの故郷、東方の昔の日本みたいな島国では多神教だったから全世界ってわけじゃないんだろうけど、この大陸はほとんどこの女神様一色です。いたるところにある教会には女神様の宗教画が描かれていたり、石像や青銅像なんかが彫られたりしてますから影響力は絶大なのです。
まあ、仏教徒のオレにはあんまり関係ないけどね。
あ、いえ精霊様は信じてますよ。うん。信じています。お力も借りていますしね。でもさ、オレは前世から仏教徒だからなー。どうしようもないんだよ。この部分は。
たとえこの世界でひとりだとしてもお釈迦様の教えに沿うように『南無阿弥陀仏』と声に出して……は言えないから心の中では念じていますよ。
で、手を合わせて日々の糧にありつけたことに対してお祈りをするのです。『頂きます』……と。ほかの人は女神様に対してだと思いますけどね!
このブロッコリうめえ。そしてこのスープがうめえ!
もしゃもしゃと食べ物を口に運んでは咀嚼する。
この魚……たぶん秋刀魚だとは思うけど、これも絶妙な焼き加減でうめえなー! もしゃもしゃ……。
「あらあら、この子は。いつもは天真爛漫で明るいのに食べる時だけは雑だわねぇ」
ビア樽体型の気風のいいエルフのエルさんがオレの食べっぷりに感嘆の声をあげる。これも毎度の事。
ほんのちょっと食べ方が下品かなーってオレもぼんやりとは思ってたんだけど? ダメかなー?
「ま、まあ、素直で可愛いじゃないか? なあお袋?」
「可愛いのは確かなんだけどねぇ」
ローレンスさんの何とも言えない困った様な言葉にエルさんも苦笑しながら答える。
う、うーむ、頭を掻いて笑って誤魔化すしかないとはこう言う場面を指すんだろうね。あははは……。
「あは……あははは……」
◇
食事後、熱い紅茶をいっぱい入れて貰い、ちょびちょびと口を付けているオレ。熱いのは苦手なんです。猫舌だからね。牛乳でも入れて冷ましたいなー。
テーブルからふたりを見ると、今は今日の売り上げやら小麦の相場の話に終始しているみたい。まるでさっきの事なんて無かったかの様に。しかし、この家族は優しいなぁ。本当はオレの放った魔法の事とか聞きたいんでしょ? でもオレが気にしているみたいだからわざと別の話をしているんだよね。
はぁー、こんないい人達……じゃなくてエルフ達に隠し事をするのも嫌だしなー。
だからこちらから話をふってみた。本当は隠しているのが一番いいんだとは思うけど。
「あのー、エルさん? ローレンスさん? 私の事は聞かないのですか?」
そう言うとふたりは話を止めてこちらを伺ってくる。無理しなくてもいいのにとふたりの表情からはそれが読み取れる。
「ミコちゃんや、私達に教えてくれるのかい?」
「無理しなくてもいいんだぞ。ミコちゃん」
「あはは。無理なんてしていませんよ。やっぱりおふたりには知らせておきたいなーって思ったので」
まあ、秘密にしてたって程じゃないですし、知られたからってどうなるものでもないんですけどねー。悪く見積もって、面倒事に巻き込まれない為にオレをやんわりと家から追い出すくらいかな?
「あのですねー。ちょっと恥ずかしいのですけど、私は遂一ヶ月くらい前に勇者に追い出された眷属のひとりだったりするんですよ。あはははー」
「んまっ、それじゃあ、あの時噂になっていた娘と言うのはミコちゃんの事だったのかえ!?」
エルさんが両手で口を押さえて言葉を紡ぎだす。顔を見るとやっぱり驚きを隠せないみたいです。
「ああ、まあ、そう言う事になりますね……。あははは……」
先程と同じ様に苦笑しながら頭を掻いてしまう。気付いてなかったんだけど、後ろめたさを表現する時に頭を掻いて苦笑いするのはオレの癖なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、あのさっきのやつらをやっつけた魔法はミコちゃんの……」
「はい。じつを言いますと私って自分で言うのも恥ずかしいのですけど精霊魔法のエキスパートクラスだったりするんですよねー。ですからあれでも威力はだいぶ抑えているんですよー」
おちゃらけた笑いで言ってみた。
エキスパートクラスと言うのは、この人がその方面では最高の能力だと判るランクなのです。ですから、世に精霊魔法使いはたくさんいれどオレに匹敵する人材は現世にはいないとこう言うわけなのですよ。
ちなみに勇者パーティーにはエキスパートクラスが勇者を入れて九人。ユニークカテゴリーがふたり。それと大軍師がひとりだったりします。
「ミコちゃんってそんなに凄い人だったのかー。あの時俺なんかが来なきゃ君を窮地に立たせる事も無かったとこう言うわけか……」
ローレンスさんが力無く答える。表情はとてもしょんぼりしていて、あの時迎えになんて行かなきゃよかったなんて後悔を胸に刻んでいるみたいだ。
でも、違うんだよ。いや……その認識は間違ってはいないけど、オレはそんなに嫌じゃなかったんだよ。だって帰りが遅くて心配だったから迎えに来てくれたんだろう?
それを喜ばなかったり、無下にする様な女じゃないぞオレは!
「ローレンスさん。それは違うよ。私の帰りが遅かったから迎えに来てくれたんでしょ? それに対して私が嫌だなんて思うはずがないです。しかも、最後はローレンスさんが決死の思いで私を助けてくれたじゃないですか。アレが無かったら私も魔法が使えませんでしたしね」
「そ、そうかい。はははは。いや良かったよ。アレでちょっと嫌われたかなって思ったからな」
ローレンスさんが半分笑いながらそんな事を言う。
あはは、お互い気にしてたんだね。それじゃあこれで仲直りだね。でも……やっぱりここを出て行かなきゃならないよなぁ。勇者から追い出された面倒なお荷物なオレは、立場的にローレンスさんやエルさんに迷惑を掛けてしまうかもしれないから。
仕方ないか。うん、仕方ないか…………。
「お互い様って事ですね。あははは……じゃあ、私は今日明日中には出て行きますね……あーあ、やっとここの暮らしにも慣れてきたのになぁ。ぐすっ。あれ? なんでかな? うっく……あはっ、涙が止まらなく……」
待て待て待て待てー! こんなところでなんで泣くんだよ! オレってば、格好悪いじゃないかー! くそっ! くそっ! なんでオレってこんなに涙もろいんだよー! 前は違っただろう!
「ミコちゃん!! なんで泣くんだよ! それになんで出て行こうとなんかするんだよ! 君はここにいればいいじゃないか! 何に遠慮してるんだよ!」
「だってだって……私がいるときっと迷惑になるよ……。色々な……ひっく、色々な面倒ごとに巻き込まれるかもしれないんだよ。だから……ひぅ、ぐす……だからぁ」
オレの泣き声だけがこの食堂を覆う。悲痛なヒロインの声の様に。
それからしばらくの間、椅子に座ってテーブルに突っ伏して泣き続けたオレを何かが包み込んだ。
何かと思って顔を上げるとその正体はローレンスさんの大きな太い腕と更に大きなお腹だったんだ。そしてもう片方の手でオレの頭を優しく撫でてくれている。それはくすぐったい様な、気持ちいいようなそんな感覚。
ずっとこうされてるのも悪くないなんて思える程に。
「バカだなー。俺やお袋がそんな事で君を追い出したりするわけないだろう? なあお袋?」
「そうだよミコちゃん。ミコちゃんが居たいのなら、ずーっとここに居てもいいんだよ」
ああ、オレってやっぱり世間知らずでバカだったんだなー。こんなにいいエルフ達のそばにいたのに、自分は早とちりばっかり……。
この時のオレはいっぱいいっぱいでエルさんが一瞬、にやりとしたのを見逃していたんだ。後日彼女のにやりが効いてくるんだけど、今はそのお話じゃない。
「あのー、ちょっと苦しいですローレンスさん」
「おおっと、悪い悪い」
そう言うと回していた腕とかを離してくれた。そのうえでローレンスさんを見る。ローレンスさんは女の子に対してこんなに関わった事なんてないんだろう、照れた表情になって頭を掻きながら自分の椅子まで戻ってどっかりと座りなおした。
うーん、照れ笑いってやつなのかな?
「ぐしっ……判りましたよ、もう」
腫れぼったい目を拭いて、ちょっぴり怒った様に口を尖らせてからローレンスさんを優しく睨んだ。
「これ見てください!」
そして睨んだままスカートのポケットから身分証明カードを取り出すとふたりに見せる。まあ、門外不出ってわけじゃあないし、誰に見せようが関係ないんだけど相手への信用の証としてオレは見せることにしたんだ。
「へぇー……これがミコちゃんの……って! ミコちゃん! 准二等勲爵士だったのかい!?」
カードを見ていたエルさんが驚いてオレの顔をまじまじと見る。そりゃあ驚くよね。准二等って言えばもう騎士様のすぐ下だもんね。王様にもお目見えできる身分だから。
「なんだって!? そんなに身分が上だったのか!?」
ローレンスさんも同じく顔色を変える。なんだか泣きそうな顔をしてるんだけど……なんで?
「はい。魔王を倒した功績で国から頂いたのですよー」
まあ、オレだけ准二等だったけどな!!
ほかのみんなはもっと上だけどな!!
二階級は違うけどな!! あう、泣けてくるなぁ。
「エルさん。ローレンスさん。これを見ても私を今迄通りここへ置いてくれますか? こんな面倒な私を?」
後ろ盾も無いのに身分だけは高く、そして勇者に追い出された元眷属と言う重荷。更にその勇者には大いに嫌われているって言う本当に面倒くさいジョーカーなオレ。そんなオレがべそをかいたそのままの顔に無理やりな笑顔を作ると、おふたりの前で思った事を言ってみた。
これで断られたら明日には出て行こう。こんな覚悟だったんだ。
でも……。
「水臭いぞミコちゃん! ここは君の居場所なんだから居付いてくれて構わないんだ! だから俺達は君を歓迎するよ!」
「そうだよ。ミコちゃんや、私もローレンスもミコちゃんの味方だからね!」
「あはっ! 本当に……本当にありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね!」
その言葉を聞いて心の底から笑顔になってしまう。勇者には認めてもらえなかったけど、今この瞬間が一番嬉しく思えたんだ。
こうして一連の事柄は終わり三人で抱き合ったのだった。たださ、巨体ふたりと抱き合うのは流石にたいへんだ! 息が、息が出来ないんだよー!!
◇
「そう言えば、ミコちゃんや? とっても身分が高くて偉いんだからミコ様って呼んだ方がいいんじゃないかえ?」
「ああ、そうだな。ミコ様かー。うむ、この響きはいいかもしれんぞ!」
「…………。絶対やめてください! 様付けとか勘弁してください!!」
歯痛いけど頑張った!




