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第九十一話

「……なんだあれは」


 秀星は久しぶりにそう思った。

 コリドー・コネクターのドアに近づくにつれて、何かが外にいるような気がした。

 コネクター内部の空間は安全だ。

 外界との遮断性能がドアを境にして高い。

 配置しておくだけで、避難場所としても最適なのだ。


 そう言った使い道があるというだけで燃費は悪いのだが、それはそれとしよう。


「ぐすっ……えぐっ……なんだよ。何で誰も来ないんだよ。おかしいだろ。試しに空港に確認しても帰ったっていう情報はなかったのに、誰もいないなんておかしいじゃないか。探索範囲を広げてみてもいる様子はないし、土産を買いに行っているわけではないはずなのに、本当にマジでどこにもいなかった……一体どうすればいいんだよ……」


 地面に『の』の字を書き、いっそ惨めと言えるほど涙を流すローガン。


「おい、ローガン」

「!――朝森秀星!今まで貴様はどこにいたのだ!どれほどさがしたと思っている!ぎったぎたのめったメタにしてやるからな!」


 水を得た魚のようにガバッと体を起こしてこちらを指さすローガン。

 そんなに寂しかったのだろうか。

 秀星の場合、別に一人で何十時間でも生きていけるので特に気にしないのだが、ローガンの場合は違うようだ。


「……一応聞いておこう。お前、何時からここにいたんだ?」

「朝の八時ごろだ」


 英里はスマホのスイッチを入れた。


『18:42』


 どうやら十時間以上放置していたようだ。

 ローガンの性格はまだよくわかっていないのだが、あの様子だと相当むなしい思いをしていたのだろう。


(まあ、だから何だという話か)


 秀星は気にしない。

 その程度またされただけで号泣するようなメンタルの奴をいちいち気に掛けたりしない。


「で、お前が俺をボコボコにするって?……冗談だろ」


 そういって、秀星はマシニクルを構える。

 ローガンは自信にあふれているのだろう。構えなおして突撃してきた。


「フハハハハハハ!僕は悪魔になったことで強大な力を手に入れたんだ!今なら、お前にだって負けないんだよ!」


 誰からもらったのか知らないが、黒い細身の剣を振りおろしてくる。

 マシニクルからブレードを出して受け止める。


(……ちょっと強くなってるな)


 秀星はそう思った。

 とはいえ、秀星の判断基準を用いた物差しで測っているので、感じたのは『誤差の範囲』といったものだが。


「……妙だな」

「何がだ?」


 つばぜり合いをしている最中に、ローガンを鑑定して状態を探った。

 何かしらの技術に寄って悪魔になっているようだが、そのデメリットは『精神汚染』である。

 しかもかなり強固なものだ。

 エリクサーブラッドを持つ秀星からすれば悪影響は皆無だが、すこし客観的に判断すれば、普通の人間なら発狂していてもおかしくはないし、そうでなくとも、汚染によって大きく性格がゆがみ始めるだろう。

 だが、ローガンはそのような状態になっている訳ではない。

 さらに言えば、ローガンの姿を見る限り、技術に失敗の痕は見られない。

 デメリットの『精神汚染』はしっかり機能しているはず。


(……可能性としては、デメリットの『精神汚染』その物に種類があって、偶然にも、ローガンにとって意味をなさないデメリットが適用されている。と言う点だが……)


 秀星は少し、ローガンに興味がわいた。

 秀星のようにエリクサーブラッドを持つわけでもなく、魔法的なもので防御しているわけでもないし、魔法具を使って防いでいる可能性もゼロ。


(解析できた。デメリットは『悪魔のささやき』か……ローガンには効かない理由がなんとなく分かっ……いやちょっと待て、これは……)


 解析していて思う。

 これは、呪いに近い分類に入るものだ。


「……」

「どうした。急に苦い顔をして。僕の急激なパワーアップに驚いているのか?」


 それはない。

 その程度で驚くような場所で戦っていない。


「はあ……なんていうか。やりきれんな」

「何が――グホアッ!」


 ローガンの腹にまわし蹴りをぶち込んで距離をとらせる。


「雫。お前は『バカさ加減』と言う点においてこいつに負けてるんだな……」


 解析して、秀星はそう思った。

 それ以上は何を言えばいいのかわからなくなってきている秀星だが、これだけは言える。


「一体何を言っている」

「いや、お前。使い道があるなって思っただけだ」

「え?」


 秀星は呆れたような表情をした後、嗜虐的な表情でローガンを見る。

 それを見たローガンは一瞬で恐怖した。

 何をされるのか予測できない。そんな恐怖。

 絶対的強者が、自らを逃がす可能性をカケラすら残さないことを確信させる絶望。


 挑み始めたのがローガンであることはまぎれもない事実だ。

 だが、どこかのタイミングで彼は逃げていたかもしれない。無論、その時逃げきれるかどうかは別として。

 だが、この時をもって、彼はもう、秀星から逃げるということは不可能になった。


「これでも、少し驚いているんだ。単純に『バカ』であるというだけで、まさか『悪魔のささやき』という精神汚染を無力化してしまうなんてな」

「ひ、人をバカにするのもいい加減にしろ!」

「そりゃ無理だな。まあ、世の中には良いバカと悪いバカがいる。今のお前は悪いバカだが……ちょっといじれば、いろいろと実験も出来そうだ」

「な……何をするつもりだ!」

「何をするのか……そうだな。あえて言うならば……」


 秀星は少し考えた後、いった。


「ローガン。君の『悪性消去手術』を開始する」


 秀星とローガンの戦闘力の差を考えると、『戦闘』に発展することはない。

 一方的なものになるだろう。ただのワンサイドゲームだろう。


 だからこそ、秀星は『戦闘』とは言わない。



 存在し、生きる人間の『悪性』を『消去』するための『手術』


 人のあり方を否定し、割り当てられた『役割(ロール)』すらも無視し、壊す。


 非人道的?そう表現できる彼らは、人を『物』だと思っているだけ。欲求を満たすための『おもちゃ』だと思っているだけ。


 秀星はこの時、ローガンを……『ただの記号』としか、見ていなかった。

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