第四百八十五話
便利。と言う単語の本質を『自動』だとするならば、ユニハーズの拠点の内部はとても便利にできている。
ロビーのカウンターには凛名がいるわけだが、もちろん彼女も一日中カウンターにいるわけではない。
いない場合もそれぞれでどうにかできるように拠点内部でいろいろつくられている。
……そこまで大きな何かがあるというわけではなく、ぶっちゃけ、多種多様な自動販売機があるというだけなのだが、それは置いておくとしよう。
「さーてっと。なんだか面倒なことになってきたな」
「だな。未来から来るとはオレとしても想定外だったぜ」
使われていない個室の一つ。
そこで、缶コーヒーをお互いに持ちよって、カウンターを挟んで高志と来夏が話していた。
OESとして『ギャグ補正』を持っているのではないかと思われるほど常識が通用しない彼らだが、真面目な話ができないわけではない。
そのまじめな話をする相手がそれぞれのチームのブレインではなく、双方のチームのリーダー同士で集まっている以上、最終的にどうなるのかはともかく、彼らとしても一応真面目な話をするとして集まっている。
「椿か……なんていうか、『可愛らしい騒がしさ』を持ってるやつだな」
「一度気に入ってくれたら、そこからはずっと愛されるようなキャラだぜ。ただ、土台だけしっかりしてていろんなものが乗っかってねえ感じがするけどな」
「風呂でも抱きついたりしてたんだろ?」
「ああ、特に風香にな。ただ、風香だけにこだわりがあるわけじゃねえな。『みんなに愛されてきた』から、『みんな大好き』って感じだ」
「そりゃ好かれるわな」
「だな。今頃は秀星に抱きついてご執心だ。『お父さんはいいにおいがします!』って秀星に抱きついて、そのままぐっすりだぜ」
いいにおいがするのは『宝水エリクサーブラッド』の影響である。
「我が孫ながら、将来がちょっと心配だな……まあ、何かあった時に秀星が動かないわけないから、問題はねえか」
そもそも、秀星は現在、働く必要がないほどの資金を持っている。
世界樹商品販売の独占は今も続いているため、大量の資金が日々入ってきている。
そして、必要な物理的な物資は神器で作り、必要な人材は全てセフィアで補っているので、売り上げが果てしないのに経費がほとんどかかっていない。
そのような状況なので、秀星も風香も、時間に追われることなく椿にかかわることが出来る。
両親の愛情をいっぱい注がれて育ったのだろう。
それに加えて、現代にしては珍しく、スマホばかりを触らない者たちが集まっているので、つながりが想像より深い。
子供を一人育てるために、大人が何人も集まって協力している。
人間は動物と違い、子育てが『本能』ではなく『文化』なので、大人数で集まるのが本来の形だ。さらに、メイドの神器であるセフィアがいるので子育てのやり方は問題ないだろう。
秀星がそばにいる以上、発生する『問題』や『不満』が、そのままの状態で放置されない。
空気が悪くならないので、みんなが愛してくれる。
その結果が今の椿だというのなら、それはとても尊いことだ。
「あと……椿は両親の力をしっかり受け継ぎながらも、自分の中でいろいろ育ててるみたいだぜ」
「だな。秀星が使っている神の力。風香が使っている風の力。それらの良い部分を丁度良く使って、『世界最強の男の長女』ではなく、『朝森椿』として戦っている。そして、誰もそれを否定しなかったんだろうな。そこも大きいだろ」
現在の剣の精鋭の中で、成長率が一番高いのは秀星だ。
そして、二番目は風香である。
その二人の未来だ。相当のレベルに達しているだろう。
とんでもないレベルの功績があっても不思議なことは何もない。
そんな両親を持ちながらも、自分というものを作り上げて戦っている。
「しかもそれを……たった数時間見るだけでこっちも理解できるってのはすげえな」
「ああ。良い孫だ。あと……おい、隠れてないで出てきたらどうだ?」
高志が壁の方を向いてそう言うと、一瞬、空間がブレた。
そしてそこには、フードマントを羽織った少年が立っている。
マントにはいろいろな効果があるようで、案外わからない部分が多い。
白い髪に黒いメッシュが入っているということだけが分かる程度だ。
身長や体格から察するに……。
「……お前は誰だ。なんて聞かねえさ。分かってるからな……で、お前から見て、椿はどう思う?」
「……良い娘だ。と思う」
短く答えるフードマントの少年。
その声は……秀星と全く同じものだった。
「そうかい、まあ、『器』であるお前がそう言うのなら、そうなんだろうな」
高志は微笑む。
「そういや、お前はこれからどうするか決めてるのか?」
「決めてなかったら、抜けだしたりはしない」
「ハッハッハ!そりゃそうだぜ。お前が考えている未来につながるように頑張りな」
「当然だ」
「そういや、話したのは初めてだが、お前のことは何て呼べばいいんだ?」
高志がフードマントの少年に聞いている。
この少年がいろいろと暗躍しているのはしっている。
だが、実際に話すのは初めてだった。
未来の娘の顔でも見に来たのだろうか。と高志と来夏は勝手に考えている。
「そうだな……ユイカミ。とでも呼べばいい」
「ならそう呼ばせてもらうぜ」
「ああ。じゃあな」
ユイカミがいた場所が一瞬ブレたと思ったら、次の瞬間にはいなかった。
「さてと……後は、椿がいるうちにやっておくべきことの検討だな。こりゃ面倒なことになったもんだぜ」
「まあ、オレはそう言うことも含めて考えるのは好きだけどな」
二人して、個室で笑う。
一体、どうするつもりなのだろうか。
きっと、ロクなことにはならない。




