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第四百三十四話

 このイベントを利用して、『試す』と言う選択をした風香だが、もちろん、彼女以外の全員がその選択をするというわけではない。

 遭遇戦だが、何もあってしまったからと言って戦わなければならないというルールはないのだ。

 戦っているメンバーの攻撃がそこそこ苛烈なので、逆に戦っていないメンバーの動きはとても静かであり、その情報共有をするのも一つの手である。

 忘れてはならないのは、これがチーム戦であるということ。


 しかしそんな中でも、『まあとりあえず戦っておこう』と思う場面があることも事実。

 剣の精鋭のメンバーのなかで序列が決まっていない。という事情もあるので、『誰が誰よりも上』という明確な指標が存在するわけではない。

 一対一ではなく、チーム戦かつ遭遇戦という状態では、どのようにマッチングするのかが定まらないため、二対一も普通にあるだろう。


「シッ!」


 二対一があるとはいったが、一対多数も十分ありえる。

 状況によっては単なるいじめだが、剣の精鋭メンバーが絡んでいるとこれがイジメではなく重鎮に変わることがあるのだから、差というものは残酷である。


「……ふむ、次は向こうか」


 羽計(はばり)は剣を振りながらそうつぶやく。

 視線をわずかに向けるだけで、実際に視認しているわけではないが、彼女がつぶやいたとおり、その先には敵校の生徒がいる。


「さっさと片付けるか。あまり神経をいじりたくはない」


 付与魔法を使って体を強化し、出力を強化するというのが羽計の戦闘方法だ。

 ただし、それでは頭打ちになってきたので、最近は魔力の『制御』に集中し、『神経』に付与をかけている。

 無論、要求される制御レベルは高い上に、できたとしても効果が薄い場合が多いのだが、使いこなすことができれば大きいものだ。

 ちなみに、発案は羽計なのだが、技術の構築は秀星である。

 羽計は風香とは違い、頼ることができるのだ。


「あのビルだな」


 羽計は窓をぶち割りながら、ビルへと直行する。

 なかなかアグレッシブな娘である。

 当然、敵校生徒は驚愕した。

 彼らの内心としては『お前は漫画の住人か!』というものだろう。

 窓をぶち割りながらビルから飛び出し、そして違うビルに飛び込むバカがいてたまるか!と思うのだ。


 とはいえ、秀星とか基樹とか来夏とか、なんだかできそうなメンバーが剣の精鋭には多いので、なんだかそうでもないように羽計としては思うのである。


「さて、三人か」


 全体が三十人しかいないことを考えると、その十分の一だ。

 チームで組むことを前提にした構成は悪くはないのだが、羽計としてはそう強くは映らないようだ。


「ふむ、驚いていた割に反応は速いな」


 すでに三人とも剣と盾を構えている。

 重心の位置も悪くなく、とりあえず普通にモンスターを相手にするのなら最善といえるだろう。

 魔戦士として悪い部分はない。

 が、それでは羽計には通用しない。


「すううぅぅぅ……ふううぅぅぅ……」


 深呼吸をする羽計。

 それと同時に、自分の神経に魔力を流し込み、付与をかけていく。

 秀星が構築したシステムは、『付与呼吸』

 体外の空気を取り込むのが『呼吸』という行動だが、魔力的な部分を混ぜた呼吸の場合、その影響は通常より大きい。

 そしてそれと同時に、息を『吸って』『吐く』ので、そのはくときに余分なものをすべて出すことができれば、より付与状態が安定する。

 秀星は『まあ、俺が考えたんじゃないんだけどな』と言っていたが、羽計としては別にきにすることはない。秀星が羽計に教えたということは、羽計に適していると考えたゆえだと判断できるからだ。


「かかってこないのか?ならこちらからだ。そして、それで終わる」

「「「!?」」」


 羽計は突撃する。

 が、左右にフェイントを混ぜてから跳躍した。

 天井を蹴って初速をあげて、そのまま一人を斬る。

 驚いている隙に、そのまま剣で吹っ飛ばした。

 というか最後の一人に至っては壁からけり落とした。

 かなり高層なので、落下だけで装甲は砕け散るだろう。


「ふうう……」


 当然、付与を抜くときも呼吸だ。


「さて、このあたりの敵校生徒は倒せたな。しかし、付与を抜くと体が重いな……」


 体の動きのすべてを支配しているのは『神経』である。

 そのため、神経に付与を行うと『運動神経が良い』とか『反射神経が高い』とかそういう状態になるのだ。

 もちろん、普段から羽計は素振りを欠かさないし、純粋なパワーを生み出す『大きな筋肉』だけではなく、バランス感覚を生み出す『小さな筋肉』も鍛えている。

 しかし、神経そのものを鍛えるなどという芸当は羽計にもできないので、強化された神経は確かに抜群の『思考の反映能力』と『抜群の体幹』を発揮するが、その付与を抜けば、それらを自分で処理する必要があるので、体が若干重くなったように感じる。


「まあいい。注意点さえ守っていれば有用だからな」


 剣を背中に吊って、羽計は窓からきょろきょろと見渡す。

 爆発音が響いたので、羽計はそれを目指すことにした。






 ……ちなみにその『注意点』だが、呼吸という『あまりにも簡単ゆえに、緊張して安定してできないときはうまくいかないので、自分が緊張状態であるということを認識するための知識と知恵、そして安定させるためのスキルを磨くこと』だそうだ。

 羽計はもちろんこれにはうなずいた。

 そして『ついでに言うと……触覚がすごいことになるから、自慰したらやばいことになるからな』という注意点についてだが、羽計は何も言わずに秀星をぶん殴った。

 その日の夜、羽計の実家である御剣家で『人間が出しているとは思えない喘ぎ声』が響いたそうだが、追及はしないほうがいいだろう。

 ようするに、羽計だって十七歳の女の子なのである。

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