第四百三十三話
「周りが更地になってきたな」
基樹はそうつぶやく。
膨大な魔力が放出されているわけだが、周りの建物の材質は普通と同じのようだ。
もちろん、一般人の場合は『魔力が溢れ出す』などという現象にはならないのだが、元魔王である基樹は別である。
「しかし……全力を出してくるにしては早くないか?」
基樹は、自分の前で竜巻を引き起こしている風香に聞いてみた。
「そうかな。全力で戦えることなんてほとんどないんだし、試してみるのもいいかなって思ったんだけど」
竜巻が発生しているにしては、風香の声がよく聞こえる。
というより、先程から周りの建物を吹き飛ばしているのは基樹の魔力であり、風香が巻き起こす竜巻は周りに影響がほとんどない。
言い換えるなら、『竜巻のように見える何か』なのだろう。
「まあそうだな。『全力』っていうのはもともと出しにくいもので、それを『試す』っていうのならなおさらだ。まあ、俺には勝てないけどな」
風香が使う『旋風刃』の『儀式版』である『儀典旋風刃』
秀星が完成させた戦闘形態であり、純粋に出力が大幅に上昇するものだ。
制御ができなければ持続時間が短い上に消費体力も膨大だが、儀式であるため、単純に体に叩き込むだけではどうにもならない。
精神すらも制御する必要がある。
が、訓練してある程度使えるようになっているので、風香が使う場合の持続時間は長い。
「ふう……『儀式旋風刃・轟丸』!」
上と斜めした二つ。
三つの方向から吹き荒れる風の太刀。
余波だけでもすごく、その風にあたっている地面や建物がガリガリと削れていくほどだ。
「よくもまあそんな制御ができるもんだ」
基樹も、肩に担いでいた黒い剣を構え直して、魔力を纏わせてから一閃。
斬撃が飛翔して、風香の方に向かってくる。
出力は……基樹の方が上。
「うぐっ!?」
刀で受ける風香だが、ギリギリで踏ん張れるほどの威力だ。
一瞬でも気を抜けば体が吹き飛ぶだろう。
長く耐えるのはまずい。
風でどうにか自分の態勢を整えて、飛んできた斬撃を砕いた。
「よく耐えたな」
素直に称賛する基樹。
もちろん本気など出していないが、それでも、調節して斬撃を放ったつもりだった。
秀星もそうだが、鑑定魔法を常時使用し、そしてそれを理解できる彼らは、基本的に図り間違えることはない。
それと同時に、格上なのかどうかの判断も基本的に間違えないのだが、たまにこういう『敵に若干の上方修正が加わる』ことがあり、押し切れない時がある。
いずれにせよ、自分の『実力』を完全にコントロールする必要があるのだが、基樹や秀星たちはそれくらいは問題ない。
「まだまだ……『儀典旋風刃・破軍鳴動』!」
一刀に乗せて放つ風の太刀。
基樹に向かって真っすぐ飛んでいくが……。
「無駄だ。俺のような奴と戦う場合、質も量も関係なく、真正面から来ても意味はない」
基樹は剣を振り下ろす。
いとも簡単に、風の太刀は消滅した。
「んな……」
「秀星が完成させたのは間違いないが、どうやら修行方法まではしっかり聞いてないみたいだな」
剣を再び肩に担ぐと、基樹はあきれたような溜息を吐いた。
「なんでわかったの?」
「まだ先入観にとらわれてるぞ。なんども集中しなおしている。まあ、儀式っていうんだから要点もそれなりに異なってくるんだろうが、逆に変な癖がついてるぞ」
「そ、そんな……」
「頼るんなら最初から最後まで頼れ、剣の精鋭っていうチームにとって、秀星はそれをしてもいい存在だ。ま、俺がどうこう言えた話じゃないがな」
「……」
「なんだ。頼るのが悪いことだと思ってんのか?一応言っておくが、俺や秀星くらいのレベルになると、『苦労してする努力』なんざ『作業』だぞ」
「え?」
「『苦労せずに努力する』のが常識だ。まあ、そろそろお前も限界だろ。外で寝てな」
基樹は剣を構えなおした。
「!!?……」
風香が刀を構えなおすと、周辺に八つの門が出現し、すべてが砕け散った。
「それが最強の技か」
「そうだよ」
「ならやっぱり、無駄だな。足りないな。俺には勝てんよ」
「私に何が足りないのかな?」
「才能と知識と経験だ」
「……それ、全部って言ってない?」
「この三つで全部なわけないだろ。他にもいっぱいある。もうちょっと視野を広くしようか。寄り道してもいいレベルには強くなってるし」
基樹は気楽な表情だ。
「基樹君って、意外とそういうこと言うんだね」
「説教くさいところか?俺はもともとこんなやつだ、あと……俺が見た中で、伸びしろが一番あるのはお前だ」
「そっか」
「あ、強くなったとしても俺に勝てるわけじゃねえぞ」
「……」
若干、『イラッ』とした風香だが、とりあえずぶち込むことにした。
「『儀典旋風刃・絶技・八王天明』!」
シンプルにして強力な『圧力』
遮断する『門』を破壊することでリミッターを外し、その圧力で叩き潰す。
もとが斬撃のため、そのまま斬ることも可能だが、ある程度の硬度が相手にない場合は押しつぶすのだ。
もっとも、それが意味をなすことはない。
基樹は一撃で太刀を砕くと、風香に一閃を叩き込む。
体力を使い果たして防御不可だった風香の装甲は、もろくも一撃で崩れ去った。
転移して退場していく風香を見ながら、基樹はつぶやく。
「……焦りか。わかいねぇ」
精神の年齢において、剣の精鋭で最年長である彼は、なんとなくそう思ったようだ。




