第四百十九話
「ただいま母さあああああグホアグベホッ!」
母親のところにダイブしようとして制裁されている父親。
子供の教育に悪い気がしなくもないが、この男を相手にしていると一定の時期からスルースキルが鍛えられるのであまり問題はなくなってくる。
言い換えるならば『世の中にはこういうバカは一定数いる』という価値観を取得する必要があるのだが、なかなか難しい。
ちなみに、その価値観を獲得しながらも比較的純粋に育ったのが妹の美奈である。
「秀ちゃん。なんで埋めてこなかったの?」
そう秀星に聞くのは、緑色の髪を伸ばした女性だ。
まだまだ大学生と言ってもいい容姿とスタイルであり、とても三人の子供がいるとは思えない外見だが、歴とした母親である。
ただ、娘二人が『母親に似ている』と言われるくらい顔立ちは似ているのだが、髪の方は全く反映されなかった。
緑色の髪を持つ母親の割に、子供には緑色の部分が全く継承されなかった。
年齢の割に若々しいのは父親も同様だが……遺伝子の強い男である。
母親の名前は朝森沙羅だ。
「まあいいわ」
ポイッと高志を放り投げる沙羅。
高志はそのままゴミ箱に頭から墜落する。
「秀ちゃん。パンは焼き終わってるわよ」
そう言って、テーブルの上においていた布をバサッととる。
そこには、焼いたパンがあった。
「おお〜」
秀星はこのパンが好きのようだ。
ちなみの『カツカレーライスパン』というものがどういう物体なのかというと、文字通り、『カツカレーライス』をパンの中に入れて焼き上げたものだ。
非常に作るのがめんどくさそうである。秀星は沙羅がいたときは毎日おやつで食べていたが。
「いただきまーす」
「ちゃんと手を洗ってからよ」
「……はい。そうですね」
一応言っておくと、エリクサーブラッドによって分泌液もそれ相応の性能を持っているので、風呂に入らなかったとしても手はいつもきれいである。
そもそも、蛇口から出てくる水のほうが汚い場合もあるくらいだ。
が、そういう問題ではないらしい。
シンクまで歩いて手を洗う。
で、リビングに戻ってくると、高志が何故か正座していた。
「父さん。なにしてんの?」
「フフフ。父さんが持っていたスマホはいろいろな技術が使われた特注品なのよ。だから説教中よ」
「……あっそう」
「いったい何度砂鉄にすれば気が済むのかしら」
「マジであの砂鉄スマホだったの!?」
「そうよ。まあいいわ。秀ちゃんは部屋の外でパンを食べてなさい」
「わかった」
「え、秀星。助けてくれないのか?」
高志が最後にそんなことをつぶやく。
秀星はちらっと沙羅を見る。
ニコニコしていた。
「じゃあごゆっくり」
秀星はパンを持って避難した。
「薄情者!」
「無理!怒ったときの母さん怖いんだもん!」
世界最強と言われる秀星であっても、キレた母親はだめらしい。
なんとも人間らしいものである。異世界に行こうとそれが変わらないところをみると、どうやら親の躾が良かったということだろう。悪い意味でも、という前提付きだが。
秀星は庭に避難し、高志の悲鳴をBGMにしながらパンを食べるのだった。
案外普通に食べているあたり、秀星もかなり毒されている。




