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第三百九十二話

 なお、決闘とはいうが、『魔戦士の本業は素材を集めること、そんな元気と暇があるなら素材を取りに行け』という部分が変わったわけではない。

 ただし、モンスターがいる区域の広さの問題で、すべての魔戦士がモンスターを狩りに行けるかどうかとなると話は違う。

 だがそれでも、魔法と言うものに魅せられたもの達は多く、それを職業としたい人間は多かった。


 そのため、『決闘と言う形で戦うことでファイトマネーを得る魔戦士』というものを公式化するため、決闘に対する設備が各地に設置されるようになった。

 当然、秀星たちが通う沖野宮高校にも設置されている。

 まるでコロシアムのような場所だが、名称としては『アリーナ』としている。


 比較的小さなアリーナには、秀星と男子生徒が向かう合うように立っていた。

 ちなみに、審判はいない。

 先生はこの時期忙しいし、そもそも秀星が相手なら大体の相手の結果は同じだ。

 秀星が『とても悪い笑み』を浮かべているのに教師陣も気が付いていたが、挑んでいるのが新入生なので止める理由はない。


(それにしても……)


 秀星は男子生徒を見る。

 男子生徒の名前は上月奏(こうづきかなで)

 新しく一年一組に入学してきた一年生。

 そしてその外見だが……。

 低い身長に加えて狭い肩幅に、華奢な肢体。

 一人で二年一組の教室に来て秀星に挑戦してきた割におどおどしているが、とてもかわいらしい顔立ちをしている。

 肩幅で切りそろえた黒い髪がまた、女子っぽさを醸し出している。


(これは……あれだな)


 イリーガル・ドラゴンのリーダーであるルーカスのような『弟系』ではなく。

 エインズワース王国現国王であるアースーのような『男の娘』みたいな感じだろう。


 あまりまだ鍛えてないのか、剣ではなく杖を持っているスタイルだ。

 まあそれでも問題はない。

 魔法使い系の奴が周りに少なかっただけである。


「さーてどこからでもかかってきなさい。先輩ってもんを教えてやるぜグフフフ」


 奏のルックスとスタイルで、『こいつはいじめ甲斐がある!』と判断した様子の秀星。

 その影響は語尾に思いっきり出ていた。

 啖呵を切りに来たときの勢いはどこへやら。奏はビクビクオドオドしている。


「で、では、行きます!」


 まだ声変わりしていない高い声で宣言し、杖を掲げる。

 すると、炎で作られた剣が三つ生成され、秀星めがけて一直線に飛んできた。

 秀星はもちろん簡単に回避。

 しかも両手をポケットに突っ込んだまま。


「ぐっ……えい!」


 再度杖を掲げると、また炎の短剣が十本生成される。


「お、そこそこ生成できるんだな」


 普通の剣なら三本。

 短剣ならば十本。

 初心者であることを前提にすればなかなかやる。


「行きます!」

「勝負の最中なんだから言わなくてもいいのに……」


 短剣が時間差を付けて飛んできたので回避する。

 だが、こう……時間差を付けているといっても、手に持っていない物体を動かそうとして可愛らしい予備動作が入るのでタイミングがモロバレである。

 当然のように回避する秀星。


「ぼ、僕の剣があたらない……」


 愕然としている様子の奏ちゃん。


(一人称がもう『俺』から『僕』に戻ってる。かわいい)


 とても微笑ましいものを見るような目で奏を見る秀星。

 この時点で、新入生の中でも『朝森秀星は人が悪い』と判断できるものはいるのだが、今回はギャラリーが少なすぎた。


 そして、もともと人が悪いことを知っている者に関してだが……。


「秀星君。明らかに戦う気がないね」

「遊んでいるな。あれは……」


 げんなりした様子の風香と羽計。

 秀星が終始笑顔のままで剣を回避しているので、気が付いたようだ。


「ムフフ。奏ちゃんって言うんだね。あの子かわいいなぁ」

「そうですね。こう……守ってあげたくなります」


 対照的に、というと妙かもしれないが、奏に対する評価は上がっていた。

 主に外見と性格的な意味で。


(まあ俺に対して何を考えているのかはどうでもいいとして……ギャラリーはそこそこいるが、奏をイジメているメンバーは分かった)


 一度も奏から目線を外していない秀星だが、それでもわかっていた。

 別にそんなものを動かす必要はないのだ。

 そして、今度は剣と短剣を混ぜた攻撃を回避しながら、秀星はそう考える。


(ふーむ……技量としては悪くないな。春休みの間にたくさん練習して手に入れたみたいだ。もともと才能もある。とはいえ……高額の魔法具の中には『炎属性無効』みたいなものがあるから、イジメはなくならなかったって感じかな?)


 秀星の場合なら『無効化を無効』にするか、『炎属性攻撃ではあるが情報的に別属性なので炎属性無効の効果を受けなくする』ので、そんなガラクタに興味はない。

 別に発想そのものは珍しいものではない。

 複雑な駆け引きが必要なカードゲームをやっていれば必然と思いつく程度のことである。


(この勝負が行われている中で、奏に対して明らかに侮蔑の目線を送っている奴がいる。そいつがイジメの主犯格か)


 実際、秀星は何も高等技術を使っている訳ではない。

 ……いや、正しくは『簡単にできそうなこと』をしている。

 人間と言うのは、『精錬された上手な動作』を『自分でも簡単にできそう』と判断する生き物だ。

 守るべきポイントをしっかり踏まえて、そしてそれを体に叩きこむことで自らの動きを精錬する。

 そうした動きは『鮮やか』だ。

 ただし、動きそのものが高等技術と言えない場合、『自分にもできそう』と感じるのである。


 大体はできないのだが。


 秀星は、『奏の攻撃が誰にでもできそうな動作で回避されている』という状況を作りだして、観客の雰囲気を操作した。

 そうしてイジメの主犯格は割り出した。


(要するに……後は俺が遊ぶ時間だな)


 というわけで。


「さて、そろそろ遊ぼっか」

「え?」


 奏が首を傾げた瞬間。

 秀星はわざわざ転移魔法を使い、一瞬で奏の前に移動する。

 そして……。


「ぎゅ~~~~!」

「む、むううううう!」


 思いっきり正面から抱きしめた。

 そのまま数秒間抱きしめた後、パッと離れて黒い笑みを浮かべる。


「あっ……」


 名残惜しそうに体を震わせる奏。

 とてもかわいいです。


「こ、このおおお!」


 今度は二十本の剣が出現。

 どうやらかなり頑張ったようだ。

 だが秀星がいるエリアまできた瞬間。

 秀星は転移魔法で奏の後ろに移動すると、そのまま抱きしめた。

 ついでに頭も撫でる。


「ぎゅ~~~~~!」

「うわあああああ!」


 とても楽しそうな秀星に、悲鳴を上げる奏。

 ……一応言っておくと決闘中である。審判がいない非公式戦だが。

 そしてまたパッと離れる。


「む、むううう」

「ククククク」


 体をもじもじさせながら秀星をにらむ奏。

 だが、秀星は黒い笑い声を出すのみ。

 そして……。


「ぐすっ……うわああああああん!」

「!?!!?!??!?!?!?」


 盛大に泣きだす奏。

 それをみて動揺する秀星。

 ……どうやらイジメすぎたようだ。

 オロオロしながら秀星が奏の傍まで来る。


「ほらほら、な、大丈夫だぞ。うん」


 何がだ。


「ほら、飴ちゃんあげるから。泣きやもう。ね?」


 そう言って本当に飴をポケットから出す秀星。


「俺の負けでいいから。うん、それでいいから」

「ううぅ、うわあああああああああん!」

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!もう意地悪しないから!!」


 秀星の方も混乱し始めている。

 なんとも混沌とした空気の中、秀星が奏を持ちあげてアリーナから強制退出したことで、決闘は強引に終了となった。

 もちろん降参した秀星の負けである。

 ……二重の意味で。

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