第三百七十五話
「……」
秀星はフフッと微笑む。
ぬいぐるみ見たいだな。と思って、ちょっと引っ張ってみたのが始まり。
なんだかすごく『にょーん』と伸びるので、面白くなっていじりまくっていた。
「なあ秀星。それってなんだ?」
ビールピッチャーで七回くらいイッキして満足した様子の来夏が、マスコットセフィアを見てそんなことを呟く。
「ん?ああ、俺のメイドたちのマスコットバージョンだ」
「へぇ……」
マスコットはたくさんいる。
来夏はその中の一つの襟をつまんで持ちあげる。
足がテーブルにつかなくなったのでじたばたするマスコット。
来夏は左手でつまんでいたそれを、右の手の平に置いた。
マスコットは『ん?』と言う雰囲気とともに立ち上がる。
あくまでもマスコットなので表情に違いは出ない。
そして、来夏はマスコットをギュウウウと握った。
マスコットは『!?!?!!!?』と言った雰囲気になった後、その短い手で来夏の手をペシペシと叩くが、来夏は面白そうな目でマスコットを見ている。
……マスコットではあるが、端末でもある。
要するにしっかりとAIがあるわけだ。
……なんだかとてもいやな予感がする。
「おもしれえな」
「……巨人が攻めてくるアニメを連想してしまうのはなぜだろうね……」
同じテーブルでワインを飲むアトムがそんなことを呟く。
来夏の顔は若干酔っている様で赤い。
その状態で右手でマスコットをギュウウウと握っていると、なんだかとてもやばい気がする。
「まっ、とりあえず放置しておくとして」
秀星がそう言うとマスコットが『え?』と言った雰囲気を醸し出してきたが、秀星はスルー。
「世界樹はあと二つか……秀星、神獣は出そうなのかい?」
「俺にもわからないけど、全部がそろった時、一番やばいのが出てくるのは間違いない」
「そうか。それで、それをどうにかする手段はあるんだね」
「ある……まあ、あまり好きな手段じゃないんだけどな」
「どういうことかな?」
「ここで言っても仕方ないから伏せておくよ……ただ、重要なことがあってな」
「何かな?」
「その手段を使うとき、セフィアを同時に使うことはできない」
「……なるほど」
現在、秀星が販売する世界樹商品の販売だが、全てセフィアがいることに依って成り立っている。
「セフィアがいない状態で持つとすれば、まあ半日ってところだろうな」
「半日?……ひょっとして、全ての神器が使えなくなるのかい?」
秀星が持つ手段を考慮したうえで、アトムはそう考える。
「……よくわかったな」
「神器なしで、神の力とも言えるプライオリウムを扱うとなれば、それくらいが限界だろうと考えただけだよ。ついでに言えば……その手段を使うとき、君は神器を使うことはできないわけだ」
アトムの言う通りだ。
神器を一時的に使用不能にする代わりに、その手段を使うことが出来る。
「まっ、いいじゃねえか、勝てるんだからよ。どっちかって言うと、その後も問題が山積みだぜ?」
来夏はマスコットを弄りながらそういった。
確かにそれは間違いない。
全ての世界樹がそろえば、それだけで何かが起こる。
それに因ってもたらされる恩恵はすさまじいものだろう。
だがそれと同時に、厄介なものでもある。
秀星が主である以上、『誰かの所有物』でしかない。
人と言うのは、自らが持っていないものを独占されることを極端に嫌うものだ。
特に富裕層はなおさら黙っていないだろう。
第一、秀星が使いきることなど不可能なのだから。
「フフフ。婚約を結びにこようと世界中から人が集まるのが目に浮かぶよ」
「……」
秀星は実際にそうなりそうでげんなりした。
「……なあ、来夏」
「何だ?」
「俺、十六歳だけどさ。十八歳までは無理だっていって押しとおせるかな」
「それが通るやつが相手だと思うか?」
「……やっぱり世の中金なんだなぁ」
力でどうにかしなければ解決しないことがあるのに、その先に待っているのは金の魔力である。
……どうしろと。と言う話だ。
「単純に強いだけならともかく、様々なものを持っているからね。まあ、こうなるだろうと神器を見た瞬間から思っていたよ」
「逃げ道を作り忘れたころにそういうこと言うのやめてくれない?」
秀星は切実にそう思った。
いずれにせよ。まずは神獣が相手だ。
ただ、アトムも来夏もわかっていることを言うならば、
半日は大丈夫と言いながらも秀星が考えこんでいるということは、短時間では終わらないやつが相手だということ。
それだけである。
ただ、敵が強いということだけを認識するしかない。
敵の正確な情報もないのに、最悪の事態の想定などできないからだ。




