第三百四十九話
一日では短いと感じることと、一日あれば十分なことというものが両方ある。
特に後者は『目先の利益』としては十分なもので、それが大きければ大きいほど、人は虜になるのだ。
『世界樹から今まで世の中に出なかった果実が出てくる』という要素に魅力を感じているものが多く、それらに付随する可能性と、可能性が現実になったときも利益が頭の中に浮かんでくるくらいになれば、もう離れることはできない。
動いているということは、言い換えるなら可能性に気がついていて、そしてそれを独占したいと考えているということだ。
★
(面倒なことになってきたなぁ……)
アメリカにある極秘の立食パーティー。
『イリーガル・ドラゴン』リーダーのルーカス・コープランドは、会場の隅の方でそんなことを内心つぶやいた。
途中で瓶に入れておいた薬を飲んだりしているが、それはともかく、この会議室では彼の立場は低いので、極秘のパーティーだからといって外すと面倒なランクなのでルーカスを呼んでいるが、部屋の隅に立たされているのが現状である。
要するに、ルーカス・コープランドではなく、イリーガル・ドラゴンのリーダーだからと言う理由で呼ばれているわけだ。
目が見えない彼だが、当然声は聞こえる。
話の内容は、紛れもなく怖いもの知らずといったレベルである。
「朝森秀星をどうにか懐柔できないか」「寧ろ抹殺してもいいだろう。我々に必要なのは世界樹だ」「あの余裕ぶった顔を絶望で歪めてやる」「第一、周辺メンバーがガチガチなのに、本人がノーガードというのはどういうことだ!」
なかなか雑になっている。
と言うより、単にぐちを言いに来ただけだろう。
そもそも、こうして集まっている中で、彼らもお互いに情報収集を行ったり、牽制したりしているわけだ。
こうしてパーティーに集まったからと言って、パイを均等に分け合うなどということはありえない。
ただ、人間の面白いところは『後で全力で手を洗うが、握手はする』というところである。
秀星に会ったころは純粋な少年だったルーカスも、高ランクチームのリーダーとして魔戦士社会の波に飲まれていればわかるものだ。
ただ、秀星に対するあこがれは消えていない。
ただし、ルーカスには秀星がどれほどルールに厳格なのかわからない。
さらに言えば……この会場で物騒なことを言っている時点で、すでに裏を任せる構成員を送り込んで返り討ちにあっているのだ。しかもランクに関係なく。
(もうすでに、かなりの構成員が出禁をくらって思うように動けない人もいるだろうし)
というより秀星本人を狙ったとしても、返り討ちにあって丁重に送り届けられるか、絶望しきった顔になって戻ってくるかのどちらかだ。
これではあとに行かなければならない者だって気が滅入る。
もちろん、そんな彼らに支持を出す奴らは、秀星の理不尽さなど理解していないが。
このパーティーに呼ばれないような清い者たちは、着々と収集・研究を進めている。
(正攻法で、普通にやるのが一番いいんだけどなぁ……)
施錠された扉を開くとき、バールを使ってこじ開けるのと、鍵を使うのとではどちらが楽かなど一目瞭然。
だが、彼らはバールを使ってぶち破ることに対してこだわりがあるのか、こんなパーティーに集まっている。
(なんていうかあれですね。このパーティーはトップクラスはいても、トップの人がいないのは、そういう違いか)
目的のものを手に入れるために一番手っ取り早い手段。
強奪と購入で比べれば本来強奪だが、秀星にその常識が通用しない。
一部のトップは、それがわかっている。
だからこそ、四千店舗全てに人を送り込んで、予算を投与してかき集めている。
(まあでも……僕には関係ないですね)
ルーカスはそう思う。
世界樹を研究する施設など持っていないし、店舗では加工品が売られない。
戦闘特化チームであるイリーガル・ドラゴンには遠い問題である。
(まあいいや、とりあえず、ここに集まっている人たちを覚えて報告しよっと)
『秀星と直接面識がある』ということがどういうことなのか。
理解はできないが、抱えておいて損はないと考えるトップはいる。
ルーカスも、そんな者と繋がりができているのだ。
(秀星さんに会いたいなぁ……)
顔と名前を覚える中で、ルーカスはそんなことを考えるのだった。




