第三百四十八話
「……なんだか、上手くいってるみたいだね」
「神器の性能に頼り切ったごり押しだけどな」
最近、秀星は外出しにくい。
答えは簡単。いつでも誰かが秀星を見ているからだ。
人気者になったものである。親が聞いたら歓喜の舞を踊るだろう。特に父親が。
そんな状況でも、普通に外に出る手段などたくさんある。
立体映像を使って机に寝かせておいて、あとは見えないところから転移である。
どうせ近づけないだろうし、この程度で十分だ。
「それはそれとして、君と関わりのある剣の精鋭メンバーや、富豪連中とは関係のない一般客に被害がないというのはどういうことなのかな?」
アトムの問いに、秀星は頷く。
考えてみれば当然の疑問だ。
ルールなど最初から守らず、ただ奪えばいいと思っている人間は一定数いる。
店の中で奪うことができなくても、店の外で奪うことは可能だろう。
そして、秀星が剣の精鋭のメンバーであることは周知の事実。
周辺のメンバーというものはときに狙われるものだが、今のところそういう被害もない。
周りを襲えばいいと考える人間はいて、そしてそれを実行する人間は確実にいる。
そう考えると、この状態は異常だろう。
「答えは至って単純だ。常に守ってるからだよ」
「……あのメイドはそこまですごいというわけか」
「単純に言えばそうだ。購入したら命を狙われる店に入りたいとは思わないだろ。だから、買ったあとも対応はするさ。普通はここまでしないだろうけど、まあ、俺は普通じゃないからな」
俺は普通じゃない。
便利な言葉である。
「ここまで理不尽な神器の投入をして営業しているところは他にないだろうね」
「まあ、いても少ないだろうなぁ」
工場だったり船だったりもする神器。
ただ前提として、神器は手に入れたからと言って使えるというわけではないのだ。
使うための条件に、先天的なものと後天的なものが存在する。
すべてがクリアされていないと使用できない。それが神器だ。
秀星の『アイテムマスター』は別で、使用中、使用後のデメリットは適用されるが、使うだけなら障壁は何もない。
しかも、大体の神器は、ダンジョンをクリアすることでしか見ることもできない。
何が手に入るのかがわからないのだ。
裏道はあるが、その裏道もかなり運に左右される。
仮に神器を使えるとなったならば、その神器に合うように自分が変わっていくもの。
『アイテムマスター』である秀星は、普通の神器使いが抱えている問題に対して意識が疎い。
「まあ、そこはいい。こちらとしても問題がないのなら助かる」
「そうか」
「ただ、私の方から君に、売る数の制限を解除するように言えって叫んでくる連中が多くてね」
「そういう電話がかかってくるから、『周辺にいる人は大丈夫なのか』が疑問に思ったわけか。まあ問題ないけどな」
売る数と商品の値段を決めたのは確かに日本の最高会議だ。
そのため、最高会議からなにか言えばすべて適用されると思っているのだろう。
もちろん、そんなものは通用しない。
秀星もアトムも、そのような意見を通すつもりはない。
そしてアトムは、秀星を敵に回したくはない。
絶対に勝てない敵というのは理性的でいてほしいものなのだ。怒らせて感情的になったら手がつけられないからである。
秀星としてもアトムを敵に回したくはないが、質が異なる。
秀星とアトムでは、秀星の方が真理に近い。
いずれにせよ、ランクの高い果実がすべて、世界樹によって秀星のもとに送られる以上、秀星がルールに厳格である限り、今の販売状態は変わらないのだ。
可能性の段階でも解決策があるとすれば、最高会議と交渉し、販売数と値段を決める際の資料をすべて引っ張り出して議論しあって、これまでに自分たちが行っているであろうシステムを再編し、秀星に調整案を提出するくらいだろう。
要するに、資料作成の原因となっている状況が変われば、今の販売数・値段であることが世界の全てと噛み合わなくなる。
『資料をもとにして作られた、現在の状況変化により発生する正しい数値の変更』
これが今のところ、秀星が首を縦にふる唯一の要素だろう。
ただし、販売数が増えて値段が下がることがあっても、それは調整案をもとに考えた適正数・値段で販売するだけで、過剰供給をするというわけではない。
「君が自分の意見を変えるとする場合の条件はなんとなくわかる。簡単に言えば、『俺は変わらない。お前たちが変われ』ということだろう」
「まあそうなるかな」
人は自分が変わりたくないから、他人に原因や責任を求める。
集団としての欠点を見るものはほとんどいない。
『自己責任』という言葉が神聖視された最悪の結果だろう。
適切な量の販売。ということだけを重点的に行っているだけなのだ。
(第一、世界樹が実らせた果実がはびこることが普通になった世界は『認められない』からな)
秀星はそんなことを考えた。
「それで、君はこれからどうなると思う?」
「さあ?まあ、俺はゆっくりやっていくよ。保守派だからな」
「君はかなり革新派だと思っていたけどね」
「革新派を唱えられるほど、俺は人間が強いとは思ってないよ」
「君はかなり技術を公開しているはずだが」
「あれでもまだゆっくりな方だ」
秀星はそう言うと、席を立った。
「他人を変えたければ自分が変われ。誰かが言っていたような気がするが……俺は結構、この言葉は好きだよ」
「君、友達増えないよ」
「心配ないさ。それに……『一匹狼』と『独りよがり』の違いを知っているからな」
秀星はそう言うと、部屋から出ていく。
部屋に一人残されたアトムは呟いた。
「君は強いというより、経験豊富だね」




