第三百四十二話
秀星の家の庭は常にセフィアが手入れしている。
言うほど大きくなかった時の世界樹でも、とりあえず最低限の距離を保てる程度に秀星の敷地は広いわけだ。
そこにセフィアがいろいろ手を加えているので、朝起きるたびに様子が若干異なる。
それを楽しみにするからこそ、朝起きたときにめんどくさがらずにカーテンを開けて外を確認するのだ。
世界樹の上で寝ることがある秀星だが、たまには自宅で寝るのである。
「あー……なんかおるで」
思わずそんな言葉が口から漏れる秀星。
その目線の先には、真っ赤な葉をつけた木があった。
いうほど大きくはないし、葉っぱが赤いというだけでは大した印象はない。
だが、秀星は当然確信している。
「赤の世界樹か。もう四本目が来るとはなぁ」
「どうしますか?」
「とりあえず、あの島に行くのか、ここでいいのか化身に聞かないとどうにもならんな」
というわけでキョロキョロ見渡していると、建物の角で四人が話し合っていた。
そして、赤い化身が来た。
他の三人とは違って活発そうな感じの雰囲気がある。
そして、上をびしっと指さした。
「島に行きたいわけだな」
秀星は当然理解した。
それはいいのだが、世界樹が大地を自分好みに組み替えるときの作業はマジな話地殻変動である。
一般人(空中にある島にわざわざ乗り込んでこれるようなやつが一般人に値するのかは別として)が到底入り込めるような領域ではない。
周辺の種族に注意しておく必要がある。
赤の世界樹がいる場所から一番遠いエリアは黒だが、それでも多少、地面は揺れる。
たった一枚のプレートでしかない浮遊島で唯一地震が起こるときである。
「上に行くのはいいとして、いろいろ報告が必要だな……」
「すでに、緑の世界樹のそばには精霊や妖精が集まっています。小さなものですが住処を作っているので、地震が起こったら倒れますね。積み木のように」
「それってなんの固定もしてないってことなのか?」
妖精たちの住居事情に唖然とする秀星だが、そのあたりの問題もしっかり考えないと苦情が来る。
別に来たところで怖くはないが。
「……そういえば、赤の世界樹が影響する種族ってなんだ?」
「簡単に行ってしまえば炎属性ですね」
「へぇ……」
「文明種で、あの島まで行けるとなると……『不死鳥族』でしょうか」
「フェニックスがいるの!?」
「それくらいいますよ」
「なんかインフレしてきてないか?」
「神器を十個も持っている秀星様が何を今更」
正論である。反論の余地はない。
「……白って今、文明種いたっけ?」
「今のところはいませんが、来るとすれば天使でしょうね」
セフィアの返答に秀星は考えることを放棄した。
とりあえず、竜人族の執事であるシュレイオと、精霊たちの王に話しておけば問題はないはずだ。
「しかし、炎属性か……来夏が荒ぶったりするのかな」
「可能性はありますよ」
「あるの!?」
「はい。来夏様は規格外なので、それくらいは当然かと」
「……セフィアも感覚が麻痺してないか?」
「バールで空間跳躍できる人を常識の範囲でとらえても心が平穏になることはありません」
確かに。
「てことは、赤の世界樹がずっとベストコンディションだったら、来夏がさらに暴走する可能性もあるってわけか」
「バールを振り下ろして異世界に行けるかもしれませんね」
「地獄まで行けるかもな。そのまま閻魔殴り倒しそう」
「……」
「……」
「……本当にそうなったら神が介入してきそうなので、このあたりでやめておきましょうか」
「俺もそれには賛成だ」
冗談のはずだ。
冗談のはずなのだが、どこか不安になる。
来夏に関してはめんどくさいフラグを立てたくないのだ。
「ところで、実際に会って通達するのですか?」
「面倒」
秀星は近くの紙に『赤の世界樹が出現。今日の夕方から一週間、地震注意。朝森秀星』と書いて、それを折る。
それを二通作る。
「よし」
「紙飛行機ですか?」
「見てのとおりだ。とりゃあああああ!」
魔力をまとわせて全力投擲。
二つの紙飛行機は、途中で別々の方向に飛んでいった。
どんどん上に上がっていって、やがて浮遊島の影に隠れて見えなくなった。
「よし。これで大丈夫だな。肩が脱臼するかと思ったけど」
「しても治りますよね」
「もちろんだ。さて、学校行くか」
秀星はそう言うと、学生服を引っ張り出して着替えるのだった。




