第三百三十九話
「zzz」
エリクサーブラッドを持つ秀星は、寝る必要は本来ない。
ベストパフォーマンスを維持する。というエリクサーブラッドの基本性能により、基本的に睡眠すら必要ないからだ。
そもそも、睡魔だとか空腹だとか便意だとか、そう言ったものがベストパフォーマンスという観点からすると邪魔と考えるのがエリクサーブラッドであり、秀星は『なんだか欠落だよなぁ』というのが正直な感想だ。
しかし、嗜好として寝ることはもちろんある。
その寝る場所がかなりアレなことになった。
世界樹は圧倒的な生産存在。
主人が自分たちの中で寝るのであれば、気温だって調節できるし、枝をうねうね動かして寝床を作ったりする。
秀星はそこで寝るわけだ。
そして化身たちは秀星に抱きつくのである。
こうして今も、白と黒と緑と赤が抱きついている訳だ。
(……増えてる)
秀星を見に来たセフィアはそう思った。
小さい子は可愛い。
小さい子は笑っているところも可愛いが、寝ているところはもっとかわいい。
というわけなので、セフィアは見に来たわけだが、一人増えていた。
赤の長い髪に、赤のワンピースの幼女が抱きついて寝ている。
……かなり寝相が悪いが。
この島とは関係のない場所に本体がいるからなのか、他の化身たちとくらべると光沢が落ちる。
とはいえ、見る限り悪い状態と言うわけではなさそうだ。
(私も抱きしめてほしいのですが……)
そんなことを考えるセフィア。
ちなみに寝ることを必要としない秀星と異なり、そもそもセフィアは寝るということそのものがない。
そもそも、今こうして秀星たちを見ているセフィアはあくまでも端末であり、休憩を必要としないタイプなのだ。
神器にもなれば、どのような形であったとしても、不眠不休が普通である。
意思がある神器も中にはあるが、それでも同様だ。
(とはいえ、あそこまでされて起きる様子がないというのはどういうことなのでしょうか……)
確かに、化身には実態など存在しない。
抱きついているが、それらはなんか薄くまとわりついているようなものであり、本人に気付かせるためにやっているわけではないのだ。
だが、それでもこれは羨ましすぎる。
幼女が四人である。
幼女が四人だ。
(どうにかしてあれを私に向けられないものでしょうかね)
世界樹の化身を見ていてとても思うのは、『めちゃくちゃパーソナルスペースが狭い』ということである。
人には『人からこれより近くにいてほしくはない』みたいな境界線が誰にでもある。
その距離が『パーソナルスペース』というものだが、それがものすごく狭いのだ。
秀星に向けられる興味が少しでもセフィアに向けば、こちらに自分からよちよちやってくるだろう。
(まあ、いずれその日は来るでしょう)
秀星からは体液が出ると同時にエリクサーブラッドが出ているので、抱きしめて何とか手に入れたいと考えている部分があるはず。
だが、島の中で巡回するエリクサーブラッドの量は膨大なので、それを考えれば抱きついただけで手に入る量など少なすぎるだろう。
そうなれば、抱きつくのも終わってうろうろし始めるはずだ。
その時にそーっと近づけばいい。
というわけで、セフィアは一時退散である。
(フフフ。誘うのではなく、自分から寄って来てもらう。そこに本物はあるのですよ。秀星様)
そんなことを考えるセフィアだったが……実際、化身たちが自分で選んで秀星のところに来た。言いかえるなら、化身達の方から寄ってきてもらっているのだ。ということを、あえて考えないようにしていることも明白であった。




