第三百三十七話
「まさか。ここまでするとはな」
エルフたちがいる場所のまたその上。
ハルヴェインは浮遊魔法を使って彼らを見下ろしていた。
「ん?そこまですごいことになってるの?」
そして、そんなハルヴェインの隣に、影葉が出現。
不思議そうな表情でハルヴェインを見ている。
「影葉か……まあそうだな。私なら確かに、この状況になっても問題はない。魔法を使って様々な創造魔法を構築し、そしてそれをもとに、生活基盤を生み出せばいいわけだ」
「彼らも同じことができるはず」
「出来ない。いや……出来ていたが、今の彼らにはできないだろう。無限に湧いてくると確信している物に対して研究など進めないのは、人もエルフも変わらない」
「ふーん……でも、このまま出来なかったら?」
「餓死するだけだろう。内側に圧倒的な生産存在がいるのなら、壁はそのまま単なる防壁となるが、内側の生産存在がなくなれば、それは監獄になる」
影葉は頷く。
「秀星は、なんでこの手段を選んだのかな」
「彼らが中途半端に強いからだ。一度世界樹を失った彼らは、すぐさま運よく発見し、残っていた魔力を使って準備を進め、そして持っていた船で日本に行き、また彼らは世界樹のそばで住み始めた」
「ふむふむ」
「空気中の魔力を密度と言うレベルで変えてしまうほどの生産存在である世界樹は、いなくなっても影響は皆無ではない。大地が、海がつながる限り、彼らは永久に、自らのものだと信じている世界樹を求め続ける」
だからこそ、その手段を奪った。
大地に存在する世界樹を奪ったところで、彼らは止まらないのだ。
世界樹の影響は、そんなレベルで途絶えたりはしない。
何ともつながることはできない空にある監獄。
それを、秀星は簡単に作り上げてしまった。
「もう、無条件で何かを与えてくれる存在はいない。何かを育てなければ、自分たちで生み出さなければ、生きていくことすらできない」
もう世界樹は、彼らの手には届かない。
「でも、それを達成すれば、生きていくことはできる」
「荒療治。といえるものなのか私には判断できないが、仮にここまでやって治らなかったとしたら、その時は見限るだけなんだろう」
「ふむ……助けると考えていた」
「それは、秀星たちが彼らを、ということかい?」
「うん。呪いがかけられているのは気が付いていたはず」
「……おそらく、私が言う助けるという意味と、彼らが考える助けるという意味が異なるということがあるということだろう。彼は、『犠牲』と言う言葉を嫌悪しない」
秀星ならば、確かに呪いを解くことが可能なのかもしれない。
万全の準備を整えてれば、例え神々がかけた呪いだろうと解除するだろう。
だが、秀星は時に、それをしない。
文字通り、万全の準備を整えて何かに取り組めば、誰だって成功する。
しかし、それでは『最善』に近い方は分かっても、『最悪』に近い方が分からない。
要するに、秀星は彼らを、『最悪』を知るためにサンプルだと判断したのだ。
神器を十個持ち、そして真理に近い秀星にとって、『助ける』と言う言葉は、良い意味でも悪い意味でも安すぎる。
「彼らがこれから何を作り上げていくのだろうか……いずれにせよ。与えてくれるものはいないのだから、協力して生きるために『社会』というものができなければならないだろう。一体何を選択するのだろうか……」
「あまり解決策は見えてこなさそうだし、多数決が無難だと思う。となると民主主義?」
「……」
ハルヴェインは一度だけ影葉をチラッと見たが、すぐに視線を戻した。
「……?」
「影葉、『多数決至上主義』は『民主主義』ではないよ」
「そうなの?」
「『民主主義』というのは『少数意見の尊重』であり、『独裁政治』は『大勢の追従』だ」
「民主主義ってちゃんと少数を尊重できてるの?」
「出来ていなかったら世界はもっとひどいことになっているだろうね」
「ふむ……『独裁政治』が『大勢の追従』って言ったけど、独裁政治って支配されることの強制じゃないの?」
「そうだね……」
ハルヴェインはエルフたちがいる島を見る。
「あのような監獄があれば話は変わるが、あんなもの、誰にでも作れるものじゃないから考えなくてもいいかな……人と言うのはね。支配されることと、支配から逃げることを、実はいつでも選べるんだ。誰もやらないだけでね」
「いつでも選べる」
「そうだ。だから、集団から見放されたら、独裁政治を行うための国民がいなくなるといっていい」
「でも、それだと殺されるよ?」
「それもそうだ。個人であれば、それが嫌だから人は逃げようとしない。だが……集団が持つ力と言うのはね。解放と言う言葉の価値を上げるんだ。時に、命よりもね」
「……わかった」
影葉はそういうと、一瞬で消えて行った。
「……私も彼らを助けることはできるんだが、どうしたものかな」
ハルヴェインは、そんなことを呟くのだった。




